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 荷物をまとめ下艦しはじめる。
 外の喧騒は収まるどころか、家族や知人の出迎えなども始まり、ますます大きく
なるようだった。
 その様子を上から眺めていた加藤四郎は、ぽんと背を叩かれてわれに返った。
「隊長、お先に」
「おう、土門か。ご苦労でした――ゆっくり休めよ」
「はい、加藤さんも」
 蘇生し、リハビリを済ませ、火星勤務を終えてから最初の大きな仕事だった。
体調はどうか、身体は大丈夫かと気にしつつも立派に勤め上げた土門である。
大きくなったものだ――と加藤は思う。
 ふと見ると、艦を下りる古代に、レポーターが近づく合間を、一直線に駆けて
くる姿。もう27歳にはなるはずでしかも一児を成しているというのに、それを
感じさせない初々しく、細くて美しい姿が、マスコミの存在も構わず、その胸に
飛び込んだ。――古代艦名物。艦長・古代進と妻・ユキの再会。一斉にフラッシュ
が炊かれ、カメラが回るのを気にする二人ではない。
 人垣の前にはユキの両親に伴われた子ども。
「おい、空けてやれよ」カメラクルーたちが言う合間を、小さな姿が両親の方へ
行く。息子の古代守。両親が寄り添って手招きするのをおずおずと、人の多さに。
大またでその父は歩み寄り、肩に抱き上げた。またもやフラッシュとカメラ――。
 ふっとそれを見て微笑むのは、加藤ばかりではない。いつの間にか徳川や、北野
も傍に来て、甲板からその姿を眺めていた。
「これ見ると、地球に帰ってきたなぁって気がしますね」と徳川が言うのに
「そうですね」と加藤も答えて。
「古代さんは、古代さんだよな」と相原までがそこにいる。
 その相原は下で手を振るもう一人を見つけ――「晶子!」と叫んでいた。
「お疲れさま、急いで転ばないでくださいよ」という声も背後にすっとばし、甲板
を駆けるように下りていった。再び回るカメラとフラッシュ……。

 加藤四郎は、ところが、その古代夫妻が自分を待っていたのを見て、驚いた。
「どうしました? 艦長」と。
 むしろユキが近づいて
「加藤くん、急いで! クルマを回すから」と手を引っ張るように。
古代はにこにこと息子を抱えて後に続く。
 何かと驚くのに、「病院に、急いで」
「病院?」――何かあったのかと蒼くなる横で。
「何を呆けているんだ、加藤――生まれたんだって、2日前に」
 一瞬、何を言われているかわからなかった……だが。ひと時も忘れたことの
ない女性ひと――え、もしかして。本当に!?
 頭では、わかっているものの。実感はまったくなくて。
ほ、本当に?
 先に立って歩きながら、ユキが。「男の子だそうよ」と。
 ほとんど、気絶するかと、思った。


(2)

 いきなり、入り口のところに3人(と半分)が立って、部屋に影ができた。
「葉子さんっ!」
見慣れた、しかし半年振りに見る、懐かしい男の姿がある。
「――やぁ、お帰り」
と半身を起こして、まだ白い衣服を身に着けたまま、ベッドの上で。
「無事だったのね」と、少しやつれた白い頬で、少し微笑んで。
 消毒やら何やらを通り抜けて来なければならなかったので、病院へ来てから
ここまでたどり着くまでにえらく時間がかかってしまった。看護師さんが、
ポッドに入ったものをゆっくりと抱えてくるのに、佐々は少し微笑んで
「四郎――こっち」と言った。
 恐る恐る近づくと。
「まだあまり長い時間は抱かせてもらえないんだ」と言いつつ、その幼いものを
腕にそっと抱きかかえて、一緒に四郎を見上げる。
「――坊や、、、お父さん。パパだよ」
と言うので。その姿を見、声を聞いて、まだ正体もつかめない小さな生き物が
動くのを見た時に、不覚にも、涙が沸いてきた四郎だった。
 葉子さん――と言って、両方を抱きかかえるようにして。
ありがとう、と言って。良かった、無事に生まれて。元気な男の子だね、と。
「加藤、大輔――古代にも礼を言わないとな」
 うしろで立つ親子3人も、本当に嬉しそうにその姿を見守っていた。

 どうぞと言われて椅子に腰掛け、赤ん坊はまた新生児室へ戻されてしまった
けれど。
「迎えに行けなくて済まなかったな」
と、佐々は四郎ではなく古代夫妻に言った。
 忙しいのにこんな処へ来てていいのか、と佐々がいうので。古代も今日は
もう帰るだけだから、と言う。
「テレビで中継見てたんだけど。凄い成果があったんだね」と。
送った報告用のビデオをつないだようだな――まだ発表できないことも含める
と、画期的な旅だったさ、と艦長は言った。
 「デスラー総統はお元気だったか」と佐々は訊いて。
「あぁ――ずいぶん帝国も大きくなり、安定してきたようだった。デスラーも
随分変わられたよ」
敬語など使う相手ではなかった――好敵手ではあったが、宿敵だった。
異なった理想と、異なった目的を持った、互いの星の運命を背負った男同士。
「正妃にお会いした」
えぇ、と佐々は驚くに。
「ご子息も生まれてね――ご長子が守と同い歳だ。縁があるんだな」
と古代は言う。だがガミラス人は実質子ども時代というのがないから。もう
3歳だと見かけ上は17歳くらいで、教練に出ておられたよ。賢くて穏やかな
若者だった。と古代は。
 アネッサと仰るのね、とユキが言って。
 ドメルの妹御だそうだ、という科白に、佐々と同時にユキも驚いて。
「あの、ドメル将軍の?」と問い返し。あぁ。遠くイスカンダルの血も継いで
いるそうだ、と感慨深げに古代は返した。
 四郎には知識としてしかないこと――だが、あの宇宙の狼と呼ばれたドメル
将軍と実際に七色星団で合間見えた三人は……。
「恐ろしい男だったな」と佐々が言い
「とても信頼していた武将だったんだそうだ」と古代が引き継いだ。

 成果はさまざまあったのだという。
だがさすがにそれは、
「あまり沢山の時間はね、進さん。まだ葉子はそんなに長く話すと疲れてしま
うから。私たちはこれで失礼しましょう――」と促す。
 ユキ、いろいろありがとうね、と葉子は言って。
 古代も。帰ったその日に会えて嬉しかったよ、と。
どうしようかと四郎が所在なげに迷うのに、もう少し居たら、といわれて。
看護師さんもどこかへ行ってしまったので、またパイプ椅子を引き出して枕元
に座る。


 
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