blanc -10 for lovers

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blanc No.3-04      【 鳴らない携帯 】


 ショッピングセンターの外れの喫茶店の前。

 一人で入って待っててな、といわれていたのに、外の景色があまり気持ちよいのと、
こんな格好でこうやって人待ちしている時間がとても新鮮で。

 (時間になったら携帯入れるから)

そう言った恋人あいてからは、連絡がない。

鳴らない携帯――。
普通なら不安になるはずだろう恋人からの連絡だけれど、普段あまりにも緊張した日々を
送っている彼女には、それもまた恋人からのゆったりしたプレゼントのような気もして。
風に吹かれながらショウウィンドウなど覗くのがとても心地よく。
ふわふわとその小さな商店街を歩いている葉子である。
 その姿にはふだんの印象はない。
 年頃の――見栄えも悪くない女性…ただ頬にある大きな傷さえ気にしなければ。
銃創とわかる額の細い傷は近づいてみなければそれが職業柄だとは想像できまい。
防衛軍の戦闘士官――制服とともに身についたオーラと雰囲気は消え、今はどこか
ら見ても柔らかな空気をまとった若い女性である。

 氷の人形アイスドール、と呼ばれている無表情さもどこへやら、ウィンドウを 覗き込みながら時々
目を細める表情もかわいい……少し前に遠くからその姿を見つけた加藤四郎は、その
戦闘機乗り特有の抜群の視力で、遠くからそれを微笑みながら見守っていた。

 少しだけ。見つめていたい。
 柔らかい――優しい、恋人の姿。

 それにふい、と近づく姿がある。2人連れの、男。背はわりあい高く、洒落た格好を
していて、女の子なら少しぽおっとしそうな連中かもしれない。
え、と肩越しに振り返って、2人を見た、のだろう。
ふいと横向いて。そうだろうそうだろう、彼女はそんな男には興味ないよな。
その肩を掴まれて、無視されたのが気に入らなかったのか、言葉のやり取りが聞こ
えた。
 すぅっと。
 彼女の雰囲気が変わり、男たちが少し引いたのがわかった。
正対し、まっすぐにそれを見れば――彼女が手を出さなくても、まずはその顔の傷
に驚き。次にたいていの相手は察知する。……一般人じゃないな、と。
そのあまりのギャップに普通の人は驚くのだ。
それでも鈍いのか、一方の男が彼女の手を掴んだ……と振りほどかれてスルりとす
り抜けられ、宙を掴む。もう一方の男はそれほど鈍くはなかったのか、謝って連れ
て去ろうとするのに、頭に来たのかそいつはなおも葉子に何事か迫ろうとしていた。
(あぁぁ。本気にさせる前に引けよ――)
どうしよっか。
――こうい時、助けに行ってやらなくても心配ない恋人おんなってのもどうかと。
四郎はそう思った。

 「そこまでだ」
すっと横から強い力で腕を捩り上げられて、佐々葉子にしつこく話しかけていた男
は「いててて」と言って手を離さざるを得なかった。
「この女性ひとは俺の連れでね――構わないでおいていただこうか」
葉子が本気になって投げ飛ばす前に、四郎が近づいて間に入った。
「ち、ちくしょう…」手を取られ、放り出された男がそう言った。
「だからやめろって言ったろう…野暮だよ」
もう一人が「すみませんね、無骨な連れで」と四郎と葉子を等分に見て謝った。
「おい、ほら行くぞ」
 腕を放された方は、ちくしょうといいながら2人を睨んでいる。
「この女性ひとは見かけによらず、怒らせたら怖いからさ――行ってくれた方が 俺として
もありがたいんだけどね」
 立ち回りさせた後、デートするのもなんだかね。
 せっかくの休日で……普段の仕事を忘れたいところだというのに。

 2人が去ったあと、め、という顔をして上から覗き込むと、葉子さんはふっと笑った。
「ご、めん」
うふふとまた、笑う。
「早く来てくれないんだもん――」それって、俺のせい?
「もう1分遅かったら、得意の技が出てたかな?」四郎もやられたことある…というか、
戦闘機隊に居た男たち、ほとんどやられてんじゃないのか。
「ばかね……スカートはいてそんなことするわけないでしょ」
「その下に持ってるブツ、突きつけるつもり?」
「あら……いやぁね。休みの日は持ってませんて」
…だな、と思う。だけど持っていなければいないで、それは不安なもの、職業病と
でもいえるか。だからナイフくらいは携帯しているだろうきっと。



 風が心地よい。
 人がそれを心地よいと思う以上に、2人には格別の想いがある。
地球の健康が回復しつつあるのがわかるから――そういう理由もある。
その影響を与えたアクエリアス……そこに想い至ると、その海に消えた男たちをま
た思うのも仕方ないことだろう。
ことにこの風は――佐々にとっては島大介の声のような気もして。
心地よく響く深い声と漆黒の瞳。古代と話したことがあるけど、彼もまた同じこと
を言っていたのが不思議だった。
そんなこと考えていたのがわかったわけはないのだろうけれども。
ふっと、手を取られて、その指を絡ませて。
2人、歩いている距離が少し縮まった。

 どこに、行きたい?
 どこでも――。
ふだん来る場所ではない。郊外の、小さな町。
若い人たちが休日に行き交う山間の新しい町だけれども……昔あった軽井沢という
高原都市を模倣しているのだといった。
緑の葉陰があちこちに光を落とし――なるほどデートにも良いだろうし、先ほどの
ようなナンパ男が出没するのもわかろうというものだ。

 四郎はふだんでもあまり一般人には見えない。角刈りの頭もあってよく見て“ガ
テン系”? という感じだ。背が高く張りのある筋肉ときびきびした動作は、どう
みても普通のサラリーマンではないから。ただ動作には無骨なところがなく、しな
やかで優しいのは、本人の資質によるものだろう。
少し強い日差しもあって、帽子を被っているからその角刈りの頭が直接目に入るわ
けではないけれども。
かたや柔らかくしなやかな印象を与える女性。レースとコットンのTブラウスにパ
ステルグリーンのボトムを着込んだ葉子とは、とても似合いのカップルに見えた。
手をつなぎ、仲睦まじく歩く。時折ショウウインドを覗き込むように――。

 え?
 とその女性の素晴らしい視力が向こう側のアイスクリームショップに居たご家族
連れを見つけた。“ご家族連れ”といっても若い夫婦と赤ん坊。
不思議に空気に溶け込んではいるが、居るだけで人目を引きそうな美男美女――。
なにも休みの日にまで逢わなくても――と思うのは、その男の下士官である
葉子ゆえ。
傍らの恋人に目で指し示すと、
「古代さん――」と四郎が声を発した。
古代とユキが気づき、目を上げてこちらを見た。
「おう、加藤か……」
 「デートか、いいな」とソフトクリーム片手に道を横切ってくる様子は、明るい
目をした普通の青年――。この何処に、あの峻厳な若獅子に変貌する“ヤマトの古
代”の姿があるのだろう――。
ベビーカーを押しながらゆったりと微笑むユキの日傘を避けて午後の陽がまぶしい。
 「休み、といったって行くところなんてあんまりないんだな――」
苦笑いしながらそれでも古代夫妻に久しぶりに逢えたことが嬉しそうな四郎が言う。
それを葉子は見上げて
「古代と私の休みは同じだもの――仕方ないよ」と言った。
 ユキのベビーカーを覗き込んで
「守ちゃん――ユキにそっくりね」「かわいいな〜」と2人してあやす様子を、古代
夫妻は顔を見合わせた。
 地上に居ても何かと雑務の多い古代進は、2人(息子付き)で出かけるの自体が
本当に久しぶりなのだそうだ。
「じゃぁ、あまり邪魔しても何だから」と四郎が言って、古代はクスリとまたユキ
の顔を見る。悪戯っぽい目になり「邪魔されたくないのはそっちじゃない?」ユキ
のからかう口調に、四郎は図星だったのか少し顔を朱くした。
 なぁんだ。
 せっかく逢えたんだからランチでも、と思ってのにと葉子がユキに言った。この
親友同士もユキの地上勤務の忙しさや地上に居る時の葉子の出張の頻繁、などで
逢えない。
……でも。
そうよね、何か呼び出した用があったのよね、と思い返して。
幸せそうな3人を見送った。

 「なんかいいな――あぁいうの」
 ん? と四郎が葉子を見る。「子ども欲しいの?」
「そうじゃなくて――」
休日の一日。
言葉を交わさなくても、時間がゆっくりと経って、満たされた空間。
陽の光、柔らかな風。行き交う人々の中、確かに自分の居る場所がある――。
 すっと彼女が再び四郎に指を絡ませて、くる、と見上げた。
「ありがとう――ね」
え? と彼は意味がわからず。
私にも、居る場所がある――。温かい、このひとの隣。

またゆっくり、商店街の石畳を、2人は並んで歩き始める。
休日の、一日。

Fin


――宙駆ける魚 Original より「完結編」後 A.D.2205年頃
古代進&ユキ、加藤四郎&佐々葉子
count-024 10 July,2006

PS もし、この後のシーンにご興味があれば。
お話としてはまったく別ですが「組合わせた指」はこちら

 
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