有明の月

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2.
 「だそうだ」
食事をして、家まで送り届けて。
――妊婦に酒はだめだろ? と問うと、「あら、もう4か月過ぎたから大丈夫」
と明るく言われて、軽く付き合ったりなんかもした昨日である。
佐々と2人で話すのも実は相当久しぶりだったので――弾む話もあった。
翌日はそのダンナが戻ってきて、本部で長征の打ち合わせ。
で、やっぱりなんとなく問い詰められてしまっている上官殿である。

「そーですか。今朝、戻ったら家にいましたけどね。なんだか御機嫌だったで
すよ」
――相変わらず佐々ん家から通ってんだよな、それも何とかしてやんないと
な、と思う古代。
 でも。何話したか、とかどんな様子だったかまで聞きたそうな四郎に、彼は
苦笑を禁じえない。自分で訊けばいいのに。
だが、四郎に言わせると。
「彼女と一緒にいる時に、そんな話をするのは時間が勿体無い」んだそうで。
ベタ惚れもそこまでいけばたいしたものだという気もする。
――ユキに対する古代の態度もけっして人のことは言えないのであるが、加
藤四郎のこの臆面の無さは、南部と良い勝負であって。まぁ接する機会が多
い分、古代は、なぜここまで開き直っていられるのか、四郎の頭の中でもの
ぞいてみたい気がした。

 「兄さん、ね――」
そういやそうだな、と四郎は仕事の終わったオフィスで、机にもたれて、その
上官を見返す。
「確かに、甥か姪ですもんね――そうか。三郎兄さんの血も引いてるんだ」
仕方ないだろう、お前ら兄弟なんだからさ。そう思う古代だが理屈で割り切れ
れば人間、こんな楽なことはない。


 「そうだ。喜べよ、加藤」
なんですか、と憮然と返す。「官舎、家族用に住めるぞ」
「え、本当ですか?」
古代の場合は、時期は長かったにせよ“婚約者”ということで、デザリウム戦
後にその住まいを得た。だが、加藤と佐々の場合は、その、“書類的ゴール”
に当たる“結婚”そのものをする意志が双方にない。
いや、加藤の方はもはや最初の頃に何十回とプロポーズした、というのだが、
佐々がどうしてもウンといわないのだそうだ。
――そんなこというのなら、そうしたい女と暮らせば。
そこまで言われてしまって、加藤としても“結婚”は諦めざるを得なかった。
 子どもが生まれれば一緒に暮らしてもいい。
それは実質、そうしないと双方の負担は膨大なものだろう。体調も気になる。
――佐々が初めてその気になったところから、申請を出していたのだった。
何故だか月には、2人の共有で使うための家を昨年購入してあって、地球外
で暮らす場合は問題がない――というよりもチェックは厳しくない。同棲や、
その時期だけの同居も、本人たちが納得していれば許可は比較的早く出た。
安全性や精神衛生上、ということを考えてだそうだが、人は1人で星の海に
暮らすようにはできていないのかもしれない。
「子育てのため――2人に共通の子どもがいるから、という理由だ」
「そうですか」加藤の顔が嬉しそうにほころぶ。
「実質、“新婚さん”だな。帰ってくるのも楽しみだろう」
「本当ですね」――晴れやかな笑顔に、そういやぁこいつはまだ23だったな
と思い直す。
 まぁ、親父になるんだから、しっかり働いてもらうぞ。
そう言うと、
「はい、わかりました」というきりっとした敬礼が返り、早速佐々にメールを
入れている。どこまで嫁さん中心男なんだろう、こいつはもう。

 今日は、どうする?
 古代は携帯から目を上げた部下を見た。
予定変更して、帰るか? と問うと。
やですよ。そこまで言いませんて。予定どおり行きましょうか。
――ヤマトの仲間たち数人が集まる約束になっている。
「ユキさんにも久しぶりに逢いたいですしね」
佐々が来れないのは残念だな、というと。
「仕方ないですよ、いろいろ準備もあるし。今夜は家にいなければならない
んだそうで――ネットで最後の口頭試問があるんだそうです」
佐々は大学に学士入学することに決まっている。
そのクラス振り分けとゼミの選択のため、だそうで。来学の必要はないが、
自宅にいる必要があるのだとかで。――それに、行けば皆の酒の肴になる
のは分かりきっているのだ。
 まぁそれに。
そんな酒盛りの場に妊娠中の愛妻を引っ張り出したい男はいない。


 
このページの背景は「Silverry moon light」様です

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