有明の月

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3.
 「え〜っ! 子どもぉ?」
ひときわ大きな叫び声に、座敷のあちこちで勝手に盛り上がってた連中が一
斉に振り返った。その中心に居た相原はニヤリとしながら、向かいに座ってい
た酒井亮輔に言い返した。
「ちっちっち。鈍いっすよ、酒井さん。今、司令部で一番の話題っていえばコレ
です」

 数人、だったはずがいつの間にか膨れ上がって20人近い面容。
居酒屋の座敷の個室を借り切って、元ヤマトの面々――考えてみれば凄い
メンバーだったが――がひとしきり盛り上がっていた。
今日は艦長・古代も参加、とあって、相原と南部が張り切って連絡を入れたと
ころ、思いのほか大勢の人間が地上にいた、というわけだ。
 「参ったなぁ……」
どっかりと力抜けた、という様子でそこに座り込む酒井に、溝田が話しかけた。
「――今までなかったって方がおかしいでしょ。まぁ自棄酒飲むなら付き合い
ますよ」
「やぁ……参ったなぁ」
溝田の軽口に付き合わず、酒井は座ったまま、呆然としていた。
 「やっぱりショックすか?」相原が容赦なく突っ込むのに「お前に言われた
くないわ」と顔あげて。
古代は苦笑しつつその様子を眺め、
「おい、加藤。今、近付かない方がいいぞ」 と、隣で淡々と飲んでいた加藤
四郎にそう言った。四郎は「頼まれてもご免です」とそれでも嬉しそうである。
「なぁんだ、それで佐々さん、今回“降り”なんすねー」
戦闘機隊溜まりで誰かが声を上げ、「せっかくご一緒できると思ってたのにな
ぁ」これは若いやつ。
「たいっちょー、酷いっす」そう言われてもなぁの加藤四郎である。
 冬月のメンバーも何人か参加していた。通信士の高木は相原と仲がよく、
またその戦闘機隊長・酒井亮輔は古代や溝田と行き来がある。
「まぁ、加藤もやっと年貢の納め時ってわけだ。幸せで結構じゃないか」
太田がそう言って、そうだそうだと皆が頷いた。
「よっ、色男!」ぼん、と背中を叩いていくやつもいれば、「まぁ一杯」など言
われたりもする、それを受けながら、どうにもやっぱり幸せになってしまうの
は抑えられなかった。

 「幸せで心配で、ってとこだろ」
南部が寄ってきて前に座った。相原も一緒。
「相原さんとこも南部さんとこも同じじゃないですか」加藤がそう言うと、2人
はまたニヤリと笑って、「うちはもう2人目だからな」と相原が言った。
「どうやら同級生になりそうだな、よろしく〜」と南部も実はかなりデキアガッ
ているのである。
「南部んとこは自分の子どもってのは初めてなんだろ」という声がして、“帰
還の頃、父親になるはずの”トリオが首を伸ばした。
あ、しっ! と誰かが言って
「気を遣わなくてもいいですよ。実子も連れ子も関係ありませんから」
南部の方が何枚も上手うわて。――子どもって良いもんですよ、と言う。
でも、佐々さんとじゃ育てるの大変だろ、と心配するようなことを言うやつも
いるが、なに、単にからかっているだけなのだ。
 ぼんぼん、と叩かれたり酒を注がれたり、あちこちから手荒い祝福を受けて
いる四郎は、それでも楽しそうに笑っている。
 喜んではいるが意気上がらずにいるのが一団の艦載機隊組――まぁ佐々
ファンクラブとでもいおうか。男にとってみれば、やっぱり憧れの女性が、
特定の男の子どもの母親になる、というのは、わかっていてもショックが強い
のであろう。
「あ〜ん…佐々さぁん!」と酔っ払って叫んでいるのは小此木で、
「おめー、反抗ばっかしてたじゃないか」と功刀に突っ込まれ、
「いいんだ。これでも憧れてたんだよっ」とその場に転がり、
ちくそーとわめいていた。

 そんな様子を古代と山崎たちは笑いながら眺めていた。
山崎にしてみれば、少年少年していたイカルスでの彼を知っているだけに、な
んと大人になったものだ、と自分の子どもを眺めるような心境である。
「生まれたら孫のような気分になるだろうな」
など言いながらしっとりと飲んでいる。
「そういや、ユキは?」と古代に言い、「守がちょっと風邪気味らしくて。今日は
留守番です」そうか、残念だなと皆が言う。
「真田さんが来られないのは残念でしたね」古代が酒を注ぎながら山崎に。
「――今回は船団長兼地球使節みたいなものだからな、あの人は。なにかと
政府関係筋も含めいろいろ忙しいらしい。相変わらず寝る暇もないよ」
現在その下で補佐を務めながら技術方面のとりまとめをしている山崎。現在
の身分は次世代エンジン開発室長で、戦艦の現場からは降り、地位として
非常に高い処に就いていた。今回はそこから特別に希望して大船団の機関
部長を務める予定になっている。
「うちの引継ぎだけでもけっこうアレだ――半年遅れる、と泣きつかれたのを、
それでも先行き価値があるんだからって説得するのは大変だったよ」
「山崎さん無しの星系間航行なんて考えられないですよ――良かった」
照れたような笑いは、この人らしい。

 宴は夜中まで続いた。
少しずつ人は引けて行き、「またでは、搭乗の日に」
「ご一緒できて嬉しいですよ」
久々の大遠征に、共に働くことを喜んでいる者たちばかり。
――結局、未明まで飲み続けたのはいつものメンバーだったりもする。


 星が残り、空が白みかけていた。
ぶるっと誰かが首をすくめるほど、朝方の気温は低い。
――古代さん、あれを。
加藤の指す方を見ると、白く、微かに月が出ていた。
あれ以来、見たことのないような淡い月だ。
「有明の、月。――か」
え? と相原や南部が首をかしげる。
「 『いまむと、言ひしばかりに 長月の……』か」
と山崎がつぶやくように言った。
「何ですか、それ」と加藤が言い、
「――有明の月を、待ちでつるかな」と南部が続けた。
「新古今和歌集ですね」と相原が言い、「僕。国語得意だったんです」
と続けると。
「違うな……たぶん、『古今』の方」と南部がまた言った。
 よく何でも知ってる人たちだな、と加藤は思い、またその白い月を見上げる。
「何でも良いじゃないか……どういう意味ですか、山崎さん」
「そうだな――女の人が、すぐ行くと言って来ない恋人を待っているうちに
朝になってしまった、というようなことだったかな」
博学ですねぇ、と感心した声がして、また、ゆっくりと皆は歩く。
 「――まるで俺たちみたいだな」
相原がぼそりとそう言った。
「そうじゃないですか。宇宙屋なんて、皆そんなもんです」
「でも、戻ってくりゃいいんじゃないの」南部が言う。
「そうだな――戻ってくるために行くんだ」古代が続けた。
 きれいだな…朝の光も。
加藤がまたそうつぶやいて、皆はまた立ち止まってそれを眺めた。

 陽光が、少しずつ強くなって明けてくるような気がする。
こんな光の中で飛び立ったことがあったね、と誰かが言って
そうだなと誰かが答えた。
誰が言ったわけでもなかったが、光の中を大空へ向かって飛び立ったヤマト
の艦橋を思い出した。――あの時、居たはずの人はもういない。
元気でいる者もいるが、二度と逢えない者も。
 朝の光が、二日酔いの頭に染み渡るような気がした。




 西暦2207年、夏。
 地球防衛軍の大船団は、真田志朗を使節団長、古代進を艦隊司令として、
銀河系中央−−新ガルマン=ガミラスへ向け飛び立っていった。

Fin

綾乃
−− 20-23 Mar, 2007

 
このページの背景は「空色地図」様です

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