−My Lady−

(1) (2) (3)
    
   


 

 なんとなく誤魔化されたような気はしないでもない葉子だったが、その日は
そのままやっぱり官舎いえまでついてきてしまった彼を、追い出すことは
しなかった。
甘いかしら、自分。……会いたかったのは確かで。また1週間もすれば
しまう恋人。
それで腕の中に抱きとめられて、「愛してる」を連発され、「会いたかった」
「僕の葉子さん」と囁かれ続ければ、さすがの彼女も腰砕けになっても仕方
ないといえた。
甘い声――耳元をくすぐる優しい声と、しなやかな指の、感触。
 それはもう。2人とも。3週間も禁欲生活していたんだから――。
なんとなくなだれ込む感じになって。
心も体も癒されたと思った翌日――。
 ちょっと、会わせたい女性ひとがいるんだ――。
そう言われて、内心はブリザード再び、の佐々である。

 
 「詩織さ〜ん! こっち!!」
四郎が手を振ると、道の向こうから手を伸ばして、なるほど。確かに相当な
美女――ただし佐々より若干年上だろう――が手を振り返した。
「四郎さん、お帰り」
はぁ、と軽い息をつきながら、信号を駆け渡ってくる。
 だけど。誤解だっていわれても。――いきなり「姉のこと?」といわれまし
ても。
 四郎に義姉さんがいるのは知っている――世話になってるし。
桂さんなら私だって間違えっこない。加藤家には何度か遊びに行っている
葉子だが、あとはお母さんと姪っ子のほかに女性はいないはず、でしょ。
――で、紹介するから。と引っ張ってこられた。
「それでは――この方が?」
「うん。義姉ねえさん、僕の、恋人の、葉子です」
優しく、本当にキレイに笑うこの人を、四郎はまぶしそうな目で見つめてい
た。わかってはいても――やきもきさせられた分、ちょっぴり妬ける葉子で
ある。

 「お姉さんならお姉さんって最初から言ってくれればいいのに」
不機嫌な様子を見せてしまって、気まずい葉子はそう、四郎に抗議した。
「連中が何言ってたか知らないけどね。−−この人は最初から姉で、今も
ずっと姉だ」
二郎兄さんの嫁さんだったんだよ、と四郎はまた繰り返した。
 くす、と本当にキレイに可愛く笑ってみせる、詩織しおり。その様子は、
葉子にはわからなかったが、あの時代の、楚々とした風情とは随分変化し
ていて。彼女にも、その逞しさが表面から見えるようになっていた。
「今はね、中川、詩織というの」
「――いつまでも未亡人ってわけにはいかないものね。中川さんも良い人
だよね」
「えぇ、そう」
「姉さん、今、幸せ?」
にっこりと返した笑みは、幸せであることを証拠づけている。
 「この人はね――最初の公約どおり、この間、うちから嫁いでって結婚し
たのさ」
え、と葉子は驚いた。――だってね。私の家は加藤の家しかない。悠太は
加藤の家の子だし。だから、そこからお嫁に行くのも、当然でしょう?
そう嫣然と微笑む彼女は、とても魅力的だった。

 要するにね。
 二郎兄さんと結婚して、悠太が生まれた途端、ガミラスに艦隊ごとやら
れちゃって未亡人になっちまったのこの女性ひと。それで、何故かそのまま
家にいて、桂義姉さんと一緒に子どもたちを育てていた。――そしてその、
地球復興の再就職先で知り合った今の旦那さんと結婚して家を出ていっ
たんだけど……。
やっと平和になったし、僕らの仕事も一段落しただろう? 古代も相原さん
も太田さんも――何故だか南部さんも――結婚しちゃったしさ。それで、姉
さんたちも結婚式くらい加藤一族でやろうってことになってさ。此処のところ
地球に帰るたびにいろいろ、手伝ってたんだ。
――そ、そうなの。葉子は言葉を無くして、少し上目遣いに目の前の女性
を見つめた。
いいなぁ……綺麗だし。――めったに他人を羨むことなどない彼女だが、
目の前の女性は、本当に女性の美点を沢山持っている、というような感じ
の人だった。
で。一見四郎が付き合ったり、仲良い女性たちとタイプは違うんだけどね。
実は“とっても好み”のタイプなのよね。
――こういうことに関しては、四郎自身よりも葉子の方がよくわかっている。
ふ〜ん。四郎ってブラコンだとばかり思っていたら、シスコンでもあったの
か、ふーん。
 その女性に見つめ返されて、思わず赤くなる葉子である。
「どうしたの? 葉子さん、赤くなって」四郎がきょとんと問うのに、
「……だって」まさか見惚れてましたとは言えない。
 詩織が言った。
「でも――貴方の元先生で歴戦の戦士だっていうし、三郎くんの恋人だっ
たなんてお聞きしていたから。想像していたよりずっとお可愛いらしくて。
綺麗な方ね」本気でそう言われてますます赤くなる葉子。
「――本当にかわいらしい方。心配させたらばちが当たるわよ、貴方」
姉らしく、そう言う詩織は、とても楽しそうだった。

 
 そうそう。
式の手伝いには麻衣も来てくれるっていってるんだけど、1度打ち合わせ
したいっていうので今日呼んだわ。
その途端にびくっとして、気まずい風情になる四郎。
 葉子にはピン、とくるものがあった。
――あ。その女性ひと
「ね、姉さん――浅野さんは。……当日と、メールでいいだろ」
「今は“大門さん”よ。あらぁ? 四郎さん、会いたくないの? あれだけ親
しかったのに」
「姉さん――」
「言っちゃうわよ、葉子さんに」焦る四郎というのを葉子は久しぶりに見た。
 私が知らないとでも思っていたのかしら? 麻衣のこと――。
「麻衣さん――大門さんが何か言ったの?」
身を乗り出して本気で訊ねる四郎に、くすり、と詩織は笑って。
「いいえ、何も。でもね――」なんとなくわかるものなの、そういうことは。
あの頃は麻衣も私も、辛かったしね――それに。四郎さんも、辛かった
時代だったわね。

 
 「いつごろのことですか――」
唐突な葉子の問いは、一見、今のやり取りに無関係に思える。だが。
「……貴女がたが。ヤマトで最初の航海に旅立った頃だ」
ふと真面目な顔になって、四郎が傍らの恋人にそう返した。
私が19の時だから……四郎はまだ、15だわ。
「だから。めたんだ――僕だって、その戦士の端くれだったから」
こくり、と詩織は頷いて、からかい気味の表情が真面目なものに変わる。
でもね。
「想い出は想い出――否定するのはやめてあげて。それは、彼女のため
にも、貴方自身のためにも」
ね? と葉子の方を向いて微笑まれて、何となく2人の――その麻衣さん
という人と四郎の間にあったものを察した葉子は、やはり黙って頷いた。
――昔のことよ。
あの頃は皆、辛かった。絶望的な戦いに出て行った者も、残された者も。
若かった者も、歳を経てそれぞれの事情を抱えた者も。男も、女もね。
「それがあっての今の四郎でしょ。それも大切な一部だし――」
そう言って傍らの青年を見上げると、四郎は「葉子さん……」と言葉をなく
して。義姉あねの目の前だというのに、抱きしめたくなって困った。
 だから、肩を抱き寄せて髪を撫でるだけにしておいた。
 くすりと姉は笑った。
「仲が良い仲が良いってお義姉さんから聞いてたけど、本当に仲良しなの
ね。羨ましいくらいだわ――」
「新婚の妻が何言ってるんだよ――」
ふふ、そうね。と言って。
 麻衣には私から言っておくわ――そうね。当日にはまた会えるでしょう
から。

 「葉子さんもご出席くださいね――加藤と中川の親族ばっかりですけれ
ども」
「え、えぇ……私なんかでよければ」
「四郎さんがエスコートする人間が必要でしょう?」
四郎さんは人気があるんですよ。この際、ちゃんと見ておいていただかない
と、貴女を。
少し頬を染めて、こっくりと頷いた葉子である。

 
このページの背景は「十五夜」様です

Copyright ©  Neumond,2005-07./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←2005 indexへ  ←2006-TALES index  ↑前へ  ↓次へ  →三日月MENU
inserted by FC2 system