−My Lady−

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 「なぁんだ、そういうことだったんですか」
面白くないな、という表情で戦闘機隊連中の溜まりで小此木が言い
「お前らも早く結婚しろよ」と溝田に突っ込まれた加藤四郎である。
「うるさいなぁ――俺たちはこれでいいんだよ」
「そうですよ。佐々さん放っておくと、皆、承知しませんからね」「なんだとっ」
 「結婚がどうしたって?」自分の名前が聞こえたからか、ひょこっと佐々が
顔を出し。
「ひょえっ」「何でもありまっせん」「いや、今日も良い天気ですね」
何言ってんだか。
――こいつらいったい。俺なら平気でこいつだとマズいのか? そういう話。
「小此木が佐々さんと結婚したいんだってさ」
「み、溝田先輩っ! そんなこと一言も」
「おう、俺と決闘するか?」と隊長が凄み、「とと、とんでもないっす。嘘で
すって!!」
慌てるのに、室内には爆笑の渦が沸いた。


 

 中川総司と詩織の、子連れ結婚式。
思わぬ規模に驚いた佐々がふとみると南部康雄の姿があった。
「どうしたんだ、南部、こんなところへ」「南部さんにはこういう処でばかりお
会いしますね」
四郎の皮肉も葉子の驚きも意に介さず。
 「ご無沙汰しています――」
しゃなりと膝を折ったすらりとした女性は、南部康雄の妻・亜矢子である。
財閥とはまったく関係のない事務官だが、場慣れしているのは秘書室や大企
業OLを勤めたキャリア故であろう。佐々よりも年上で、その所為もあってか
とても落ち着いている。
「今日は叔父貴の代理でね――君の親族だということだから。ご挨拶も兼ねて
だ」
飄々とそう言う南部。
「え? 中川の義兄あにと、ですか?」四郎が言うのに南部は頷いた。
「食品関係ではな――大事な取引先だから」
会社の規模はまったく大きくはないが、独自の製法と数々の特許で、特に非常
時の生存食糧や宇宙飛行の際の食べ物に独自のノウハウを持つメーカー系の
企業だという。代々の社長が経営の手を広げることを好まず、今でも貴重な研
究が続けられ、その存在を抜きではいられないという個性的な企業である。
――詩織の夫・総司はその次男坊だった。
 「四郎くん――」今日の花嫁花婿――少し歳を食ってはいたが――が近付い
てきた。
「初めまして。加藤がいつもお世話になっています」
南部がそう中川に挨拶するのも、考えてみれば不思議な光景なのだが。
「それ、逆ですよ、南部さん」と気づいた四郎も笑っていたが。
「そうか?」――ヤマトのブリッジクルーで戦闘班の先任たちにとってみれば、
四郎らイカルス参戦組は、弟のようなものだ。ヤマトのクルーは家族みたいだ
な。以前、誰かにも言われたっけ。「こちらこそですよ」中川も手を差し出して
――年齢は相当上。詩織とは一回りほど離れているということだった――「南
部参謀も四郎くんの同類でしたな」穏やかな口調。その計算されたのではない
話かけに、彼らはいっぺんで好感を持った。
「これからも、よろしくお願いします」頭を下げるのに、
「こちらこそですよ。仕事だけでなくね、個人的にも」
では。笑って、亜矢子と2人、腕を組んで去っていく。
 さすが南部だな――その立ち居振る舞いの見事さは一朝一夕に身に付く
ものでもない。
再びあちらで人の輪に囲まれていた。

 それにしても。
「貴方の恋人は――見違えるようですね」
心から、手放しの賞賛、という目で中川と詩織は葉子を見た。「軍服姿もお美
しかったが−−近衛に行かれても良いくらいだ」と言って。
 モスグリーンのするりとしたドレスは光の加減で銀にも光る。肩を張ったス
タイルの良さは、小柄だというのを割り引いても十分に引き立つ。髪を珍しく
アップに上げ、首筋のラインの美しさもひと目を引いた。――もちろん、右頬
から首にかけての薄く残る火傷の痣には、今日は薄いマスクをかけていて、
その隻眼がよけいに神秘的だ。
 四郎は今日は制服での正装。尉官であることを示す上着の線と、司令補
−−基地責任者の1人であることを示す濃い色の上着と精悍な顔立ちは、
いやでも人目を引いた。
 双雛のような一対。
 その四郎はにっこりと微笑むと。
「如何です、義兄にいさん。――僕の女神は綺麗でしょう?」
こういうことを臆面もなく言えてしまうから、四郎なのであるが。
「もちろんだ。――葉子さん、これからも四郎くんをよろしくお願いしますよ」
微かに微笑んで――マスクのせいで表情がわかりにくいのだ――葉子は優
雅に頭を下げた。
彼女はこの、裏表のなさそうな中川と、優しくたおやかな詩織夫妻をとても好
きだと思った。
四郎の家族は…なんてまぁ。それに此処に集まった人たちも、もちろん仕事
関係者はいるとしても、温かく、さすがに彼らの周りにいる人たちだな、って。
 軍関係の続いた仲間たちの結婚はもちろん地球の今の平和と幸せを象徴
するようで、感動の祝典だった。だけれど――こんなのも、いいな。

 「葉子さん! 今日はありがとう」
桂と、四郎の両親が近付いてきて言った。それにおめでとうございますと声を
かけながら――こんな人たちとなら。私も、幸せでいられるのかもしれない。

 葉子は傍らの恋人の指先をその手で取った。
ん? という表情で見下ろす四郎に彼女が返した笑顔は、そのまま彼がこの
場から、攫って持って帰りたいような、きれいな笑顔だった。

Fin


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綾乃
−−26 Apr, 2007

 
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