airアイコン 余裕なんて…河口

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 真っ直ぐな目をした――そっくりな顔。
だけれども少しずつ違ったそれは、いつの間に私と、あの人の想いまでを包める
ようになっていたのだろう。
体ごと、魂ごと包まれて、いつか安寧にその腕で眠るようになった時――ようや
く。宇宙の果ての、あの魂が、安らいだ気がした。

 愛してもらい、愛されていたから今があるって。私にもわかっているけれど。
今、愛しているのは私――貴方が失われたら、去ってしまったら…。
やはり私は朽ちるまで、宇宙そら飛び続けるだろうけれども。
それでも――魂の半分は失われ、私は、今の私ではいられないだろう。


 「また派手に書かれたな」
 くっくと可笑しそうに笑いを堪えて、ひととおりの業務連絡とチェックを終え、
次の議題を片付けながら上官・結城一意が言った。
「なんのことでしょう」
佐々が返すと、
「ほら、これだよ――お前さんも見ただろ」と、デスクの一つに投げ出して
あった雑誌の当該ページを指した。横田からひったくったものと同じである。
「……コメントしようがありませんが」
不機嫌なんだから、つっつかないで欲しい。
 ふだん無表情で淡々と勤める佐々の表情が変わるのを見るのは面白い。
その程度にはこの部下に対し親しみを持っている結城一意は、古代守や真田
志朗の同期で、人が悪いので有名だ。そのためか、藤堂長官の許、クセのある
ヤマト乗組員連中の上官など勤めている。
「それとも何ですか? 真相究明のために、お休みでもいただける、とでも?」
 佐々としても気にならないわけではない。
ちょっと言ってみた。結城は、ほぉ、と感心した表情になって。
「中尉でもそんなこと言うことがあるんだな」と言う。
「放っておいてくださいっ」
ぷん、とするのは心を許している証拠だろう。
彼女はめったに自分の感情を仕事場で表に出さない。
 現在はプロジェクトも端境期にあり、少し時間がないわけではない。もちろん
あとからあとから仕事は沸いてくるので、ヒマだ、ということはない特務企画室
である。
「――いただけるんですか? 休暇」
「火星か……3日、だな」
ふふん、と結城は言って、次に厳しい顔になった。
「ダメだな」
え、と絶句する佐々。
かっと顔が熱くなった。公私混同したと思われただろうか。
「明日から北支部へ行け――支援が必要だと要請がきている」
「はい」
内心、またですか、という葉子である。
以前のロシア――極東地域。ひところそこに出張していた時期、そして住んでい
た時期があり、なにかといえば葉子の処へその仕事は回ってくる。
人の良い温かい気質は好きだったが――あそこの部隊の雰囲気は。けっして好
ましいとは思っていなかった。
 「了解しました――」
ふん、と思いながら敬礼する。まぁいい……心中穏やかでないにしても。
私は今なら――諦められる、かしら? あの優しいひとを? 
私だけを愛していると、言い続け、命掛けで追っかけてきたあの人を?


出張先の仕事自体はたいした所作でもなく、行って調整したらすぐに終わる程度
の内容のもの。だけれど、慣れた有能な人間が行けばまたこき使われるのはいつ
ものことで、懐かしい同僚たちすら、こういう時は小憎らしくなる。
だからこそ、のあっという間の時間の経過−−。
 そして3日の後、彼女はまた本部にいる。
 あれからまだ。
恋人――四郎からは連絡が、ない。
こんなに連絡が来なかったことはないというほどに――。

新タイガーの実験機とかに乗り、テスパイ――新機体に乗るのは緊張するが、
楽しい。戦闘機乗りでこれが嫌いな人間はいないだろう。

 あ。――と思ったら撃ち損じていた。
目の前を流れるように飛んでいく光を、追いながら。一瞬の判断の後。
『佐々隊員、被弾――撤回せよ』
耳に金属的な機械の声が響いて、悔やむ間もあらばこそ。自動的に回頭の動
作をとっている自分。自分の体と同じくらいに馴染んだ機体に…いくら新バー
ジョンだからといって。だからこそ、私の感情まで、乗ってしまうのだろうか
……コスモタイガーに?
 「どうしました。珍しいですね」
ほぉとため息をついて格納庫にタイガーを送り込み、とんと通路に出ると、副座の
後部座席に乗ってナビゲータ件オペレータを務めてデータを取っていた整備官が
言った。時々相棒を組む相手。優秀で物静かで、仕事のしやすい技官である。
あれ……。
その彼が、ぎょっとして佐々を見返した。
え?
 自分で気づかないうちに。
 ほろほろ、と涙が流れていた。
どうしちゃったんだ――仕事の最中に。こんなこと、今まで無かったのに?
「体調、悪いですか……」本当に心配そうに、顔が曇る。
「な、なんでも、ない。……失敗して、済まなかった」そう言うと。
「いえ。中尉はもともと完璧すぎるんですから。少しぐらいミスしていただかな
いと、データが取れませんから、良いんです」と笑ってみせて。
「…あまり、お気になさらない方が良いですよ。世間なんて……いい加減です
からね」
そう言われて、はっと思った。
 そうなのか――あんなこと、私。気にしてたんだ。
そしてそれが、外にわかるほど、皆が知っているんだ。
そう思ったとたんに、カッと顔が赤くなるのがわかった。
「あ、気にしないでください――余計なことを申しました」
実直な技官に気を遣わせてしまった。――尉官失格だ。
 穴があったら入りたいとか思いながら仕事を辞して、
一人でエアカーを宙港のある河口まで飛ばし、海を見に来た。

太陽膨張で干上がった海や川は、少しずつ回復に向かい、まだ河川は完全とは
いえなかったが、この西宙港に続く川は(あまりきれいとはいえなかったが)
航宙機隊には馴染みの場所だ。発着場があり――1人でよく来ることもある。
 風はまだ妙な匂いを含んではいたが――季節は戻ってきていた。
心地よい……。
車を降り、そんな場所に立って。
食欲なんかなくて。つい、来てしまったけど。

 
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