airアイコン 余裕なんて…河口

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 風が、河口から吹き上がってきた−−。


 泣く、なんてことなかったのに。
涙がはらはらと伝った。それを拭おうともせず、まだ背の低い木に寄りかかって、
濃紺の空を見る。
――自然、涙が流れてきて、哀しい、という感情が身内に満ちる。
そう思えることって…もしかしたら、幸せなのかもしれない。あの頃よりも少し
だけ。
 山本が死んだときすら――泣けなかったのだ。
 戦場で、感情が麻痺したまま…何年? そしてヤマトでも。大切な仲間たちと、
戦い続けて。心通わせる相手がいて――。今。
(四郎――)
ふとそう名前をつぶやくと、哀しみと一緒に、愛しい気持も満ちてくる。
……振られてもいいから、逢いたい、な。
そのまま、風に、煽られていた。


 「風邪引いちゃうよ――」
突然。
信じられない声がして、夢かと思った。
 えっ、と慌てて振り返ったら、そこに。
今、思い出していたばかりの相手が立っていた。
はにかんだような笑顔で。
「どうしたの?」――少し困ったように首をかしげて、両手を拡げた。
 悔しいけど。
 いつの間にか体が動いて、その中に飛び込んで来いって、悔しいけどその
まんま。
ぱふ、と飛びついて「ばかばかばかばか」と、言った。
泣いてる処を見られてしまったからか、あったかい腕の中に包まれると、その温
かさがますます涙を誘った。
そのまま泣き続けて、よしよし、と髪を撫でられて――。
しばらくの時が過ぎた。
いつの間にか頬に手が添えられて、懐かしいキスをして。
 濡れたまま、目を上げると、少し意地悪な目が見ていた。
「逢えなくて、寂しかった?」――生意気な口が言う。
「――そんなんじゃ、ない」
 逢った途端に飛び込んでしまったから、何を言おうとしても、言い訳。
逢いたかった、って激白したようなものだ。
「なんで、泣いてたの――それって、僕のせいだよね?」
柔らかな、しあわせそうな声で。でもちょっと困った声で、四郎は頭の上でそう
言った。
 「連絡くらい、寄越せ――」
小さな小さな声でそうつぶやいたのを、またぱふ、と抱き取られて。
「ごめん……できなかったんだ」
機密任務だったから。
隔離されて、皆、家族と連絡も禁じられてたんだよ――1週間。
誤解を解かなくっちゃ、って、どれだけ焦ったか。気が気じゃなかった……君が
哀しんだらどうしようとか、誤解されたらいやだって――。
 「誤解、なの?」
今はもう、わかっているけれど。――悩んだ分、言い募りたくなって。
「当たり前じゃないか……あんなの、マスコミと相手のでっち上げだよ」
強い口調でそう言うと。
「あんな大騒ぎになっているなんて、僕らは知らなかったんだ」と言った。
 任務が解けた途端にその騒ぎを知って、上官に。
「恋人に振られたらどうすんですかっ」と啖呵切って、一番早い便で地球へ戻っ
てきてしまった四郎である。――任務中は沈着で、誰よりも優秀。人柄も良い。
なのに、恋人のことになるとそんな男だ、というのは、もう身近な誰もが知って
いて。誰も止めなかった。――コスモタイガーで緊急発進されても困るからな。

 「余裕なんて、ないさ−−だから君も。無理して見せないで」
 四郎がそう、言った。
僕だっていつも不安だ。
――君が僕のことを本当に信じてくれるのか、愛してくれるのかって。
「わかっているでしょうに――」
あぁ、そうだね。
 離れている不安が、嘘のように消えていった。

 自分が、このひとのために泣いていたことが、新鮮で。
泣けるようになったのだ、と、思った。
愛している、ということはそういうことなんだ――そうも思う。
「葉子さん――」「ん?」
「好きだよ……離したくない」
「しろう……」
温かい腕に包まれて――かなり、幸せ。
 今泣いたカラスがもう笑った、なんていわれたけれども、何となく心楽しくて。
自分の心が――人を愛することができるってことが。
信じる、ということが。
河口から吹き上げてくる風か、心地良かった。

「帰ろうよ――」
うん。
とにこやかに頷いて、四郎のエアカーを自動追尾操縦にする。葉子の方に2人で
乗り込む。
帰ろう――どちらかの官舎いえに。温かい私たちを包んでくれる処へ。
「明日は?」
「さすがに休暇呉れた――関係修復してこいってさ」
「なにそれ」
どうせあいつらの差し金だ。
 車はスムーズにメガロポリスへのルートに乗る。

 「ねぇ四郎」「ん?」
何故、私のいる場所がわかったの?
――それが愛の力さ、なんて言いかねないからな、この男。
ぷ、と彼は吹き出した。「あのね……」
運転している横に耳寄せる。
「君さ、忘れてるだろ――今日、テスパイに行った?」
「うん。行ったけど」
タグ、付けっぱなしだよ。
 あ−−。
 生体認識タグ――軍人の認識票で生命線。
この生命反応が消えた時、死亡とされる――戦場に行く時は。そしてヤマトに
乗っている時は24時間装着しているもの。ただし、非番の時はつけないことも、
最近は許されてもいたのだ。
場合によっては遺体の代わりに回収されることすらある、残酷な認識票。
細かい解析データはそれぞれの管轄コンピュータで管理されるけれども。
「微弱な電波くらいなら、キャッチできるから」
人の少ないこの地域で――貴女の行きそうな処くらい、だいたいわかった
し、ね。
そうだったっけ。
 いいや。迎えに来てくれた――。

 愛してるよ。

 今日は、ゆっくりとお風呂を沸かして、温まったら、心まで包まれて、ゆりか
ごの底のようなシーツにくるまり、ゆっくり眠ろう。
離れていた間のあれやこれやを、寝物語につぶやきながら。
夜の底に、2人して沈んで――やさしい水底をたゆたうのだ。
 ふと隣を見ると、四郎も見つめ返して微笑んだ。
 車はメガロポリスの外れに吸い込まれていく。

Fin



綾乃
−−30 Oct, 2006
   
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