butterfly clip そらで見た夢


・・お母さん・・



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 『――西暦2200年4月5日。……今日の日記は、第一艦橋の自分の席で書いている。
もうすぐ夜明けだ。窓の外には、真っ赤な朝焼けが少しずつ、少しずつ拡がろうとしている。
 歴史的な、偉大な瞬間は、確実にヤマトの前にある。
 俺たちは手を伸ばしてそいつを掴みさえすればいい――。
 興奮して、夕べから誰も眠っていない。用がなくても第一艦橋をウロつき、 いつもの3倍もおしゃべりになって、あの惑星ほしの噂をする…。
 だめだ! やることが一杯ある。日記なんかとても、書いてはいられない。』

 息子が覗き込む前で、古代はそこまで読んで、日記を閉じた。


 その先には、走り書きのようにメモが並んでいるだけだ。あとから書き加えたもの だった。それからは興奮し、忙しくもあり、そんなヒマはなかったのだから。


 『――14万8千光年の宇宙の旅を乗り切って、 ヤマトはイスカンダルへ着いた。イスカンダルは、白銀のように輝いていた
 島が高度500キロにまでヤマトを降ろし、水平飛行で着地点を視認で探す
 太田が惑星環境の解析。大陸組成××、温度、湿度……』
あとは観測結果らしい数字が書き付けてある。
『相原がスターシアさんからの打診を確認。マザータウンの海へ着水』
『ギリシャのエーゲ海を思わせる海。陽の光を浴びた時の感激。甘い葡萄の香りがした。』
『マザータウンは、まるで宝石細工の都市。中心、クリスタルパレス、 スターシアさんの居住地でもある。そこで僕は、最大級に驚くことに出会った。』
 そうして、まもる兄さんに会ったんだ――。


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 この後は彼にとって、極めて重要な事件や事柄が続くのだし、さらに帰路は戦闘行為が減った分、 時間は増えたはずなのに、日記の記述は極端に減っている。
……そこまでの頻度に比べればほぼ白紙といっても良かった。
 イスカンダルからの出発の記述は詳細に書かれていた。さらには父母に対し
「どうしよう。どうしたらいいんだろう。僕はこれまで、こんなに狼狽したことはありませんでした」 と、ユキへの恋――いやそれを越えて将来を誓ってもよいのだろうかという 迷いを吐露した文章もあった。
 だがそれだけで、それに続く一連のこと、艦内で起こった喜びや悲しみについても 一切記録されていない。


 何故なのか――現在いまはわかる。
 独りだと思っていた――ただそれが思い込みであったことを艦長代理になり、 幸せを得てイスカンダルに残った兄と別れて思い知ったからだった。語るべき友、 生死を越えて結ばれた仲間。そうして共に戦い、生きる恋人あいて
 日記に語らずとも多くの人に支えられていたことを自分は知りつつあった。部屋で独り その日を思い返す時、向かうべき相手が日記でなく――艦長代理として。艦の行方を、班の内情を、 そうして地球へ帰ってからのことを……そうなっていったに過ぎない。 自由な時間を語って過ごすことも増えた。
 そのユキを失ったと思った時に――1行だけ、記されたページがあった。


 『俺は 生きなければ ならないのか』


 ――前後は、白紙。
 その時の自分の絶望が、いかほどであったか。そうしてそれを支えてくれた仲間や 沖田の温かい目に、どれほど気づかずにいた自分だったことか。 そうしてユキが生還した時に、俺自身もまた生まれ変わったのだ。


 古代はまた改めてその幸せを思い、急に降ってきた、差し込むような切なさに慟哭した。
「ぱ……お父さん。どうしたの?」
突然ギュ、と胸に抱き込まれて強く包まれた守は、びっくりしてそう小さく叫んだが、 にこ、と笑うとその温かい腕にきゅ、と頬を寄せた。嬉しくて。
 「ね。お父さん――僕。こうするの好きだよ。気持ちいいね」
「あぁ……守。お前はいい子だな――守」
「…どうしたの? へんなお父さん」お父さん、泣いてる? 父親の 顔は見えなかったが。
 守は幸せな気持ちになって、笑った。――今日は、お父さんもお母さんも一緒だ。 学校はお休みしてもいいって先生が言った。だから一緒にお出かけするんだ。


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 「守! あなた!――進さんっ! そろそろ時間よぉ」
階下からユキの声が聞こえた。古代は時計に目をやった。
「――そろそろ出かけなければな。用意は出来てるか?」
「うん、ばっちりだよ」
 少しおめかしした守は、我が息子ながらやっぱりかわいいなと思う進である。
そうしているとユキの声がさらに追いかけた。大きいわけではないが、よく通る。 ――さすが戦艦の怒号と爆音飛び交う艦内で生活班リーダーを統べていただけあるな。 いまも秘書室で睨みを利かせているわけだし……。


 「古代艦長っ! 定刻です、ご出動願います!!」
ユキの口調が変わって、父子は顔を見合わせた。
「お父さん? お母さん怒ってるよ、たぶん」
「あぁ、そうだな」くすりと肩をすくめる。
「――あぁ。用意はできてるよ、今行く」部屋の外に向かって声をかける。
日記はまた机の引き出しに仕舞われた。


 パタンと部屋の扉を閉めるとアルコーブ状になっている階段から玄関のユキの姿が見えた。 白い制服に身を包み、スラリとした美しい姿――襟元のスカーフがなんと似合うんだろう。 何年経っても、目の中に納めるたびに胸の中から何か溢れてくるような思い。
 ユキは美しい目を少し吊り上げて睨んでいる。
「もうっ。早くしてよね。艦長が遅れたら示しがつかないじゃないっ」
「はいはい、わかりました――奥様……とと。今日は、生活班長さま、だ」
「生活、はんちょう?」守がきょとんとした目を上げた。
ユキの表情が綻んだ。
「まぁ。いやね、古代くんたら」2人は顔を見合すとくすりと笑い合った。


 3人は並んで扉を出ていく。外には黒塗りの車が迎えに出ていた。
――今日は特別な日だ。
 (お母さん。お父さん――)古代は心の中で呼びかけた。(そして、兄さん)
あと多くの人たちに。
今日は一日、彼らの名を呼んで過ごすのだ。


 宇宙戦艦ヤマト――それが没して5年。そうしてあの旅から10年が経ったのだ。
 陽光がまぶしかった。良い天気になりそうだ。


【Fin】


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――19 July, 2007/改訂May 2010→07 July, 2010
 
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背景画像 by「Silverry moon light」様

このお話は、Anime『宇宙戦艦ヤマト』の創作二次小説です



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