butterfly clip新たなる…




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 真田が乗っていた――そのことに古代守はどれだけ救われたかわからなかった。


 最初のヤマトの旅での僅か数日間の邂逅――実際にあいつに逢えて話ができたのは何時間も無い。 コスモクリーナーDという最大級の使命を背負っていたあいつは多忙も極みだったし、 帰路の艦内や地球へ帰ってからでも十分時間がある――どちらもどこか本気でそうは 思っていなかったとしても、だ――と考えていたからだった。
 あのまま二度と会えぬと思っていた。
 だがまさかヤマトが来てくれるとは――地球が救いの手を伸べてくれるとは 思わなかったのだ。だが、ヤマトが来た――そうしてヤマトにはあいつ=真田が乗っている。


 進や、その婚約者(らしい…まだ正式におにーさんは紹介してもらってないぞ、おい、 進、お兄様を何だと思ってんだっ!)ユキとの再会に増してそれは、喜びを越えた何かだった。 イスカンダルで目覚めて最初に言った言葉が、ここはどこだ? の次に
「――皆は? ××は!? 部下たちはっ」
だったとあとからスターシアに聞いて苦笑した。 それほどまでに、俺と共に生きて死んだ仲間たちは大切な存在だったのだ。
 この旅の帰路は、イスカンダルとガミラスを滅してしまった謎の敵の存在で危急の旅となったが ――その危惧を感じていたのは恐らく俺と……真田くらいだったのではないか。 もちろん進はじめ幾人かはさすがに若年とはいえ歴戦を潜り抜けてきただけあって 何らかを感じているようだったが、敢えて今、どうこうという感じでもなかっただろう。


 俺は時間があれば真田の部屋に入り浸っていた――ような気もする。
 あいつと話す内容は、あまり人に聞かれたいことでもなかったし、 もはや今のヤマトの乗組員たちには“過去”なのだろうと俺は思う。 ――ガミラス以前と以降、いや“ヤマト以前と以降”といってもいいかもしれない。 ヤマトは進を頂点とした若い集団なのだ。


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 真田に“相談”があったとすればサーシャのことと自分の身の振り方だった。 真田あいつはどうやら(俺たちが昔、見込んだ通りに) 地位や実際の立場以上にいろいろな権力ちからを持っているらしい、と、 これは艦内でのあちこちの話から推測された。
 進などはすっかり慕いまくっていて(――実の兄、という存在がありながらなんてことだ!!)、 戻れば科学局の長官は堅い、などと言う。実際に、白色彗星ガトランティスの来襲までは 長官そうだったそうで――軍人が謀反を起こせばさすがに功罰・ プラスマイナスゼロとはいえ、元の地位に戻ることはあり得ないだろう。
 この旅は予定では“訓練航海”であり、その悲惨な戦いの様子を聞くことから俺たちの話は 終始した――。


 「そうだったのか……」
「あぁ――お前は、島や加藤も学生時代から知ってたんだろ?」
あぁ、と古代守は頷いた。
「進の仲間たちはな――訓練学校に訪ねていくと必ず一緒に話したりしたし、よく慕ってくれてな。 島くんなんかは俺が留守の間、兄貴代わりだったみたいで、ご両親にも世話になっていたくらいだ。 南部くんや太田くん、相原くんなんかもよく知ってる」「そうか…」
 「加藤くんは亡くなってしまったんだな――」
「あぁ……残念ながら」
「進は、辛かったろうな」「……」
仲良く笑い合い、励まし合っていた加藤三郎と弟を思い返す。そうか……。


 もちろん今はそれぞれの立場も変わってしまい、学生時代の雰囲気を引きずってはいない のはさすがだ。皆にとって進は“仲間”でありながらヤマトにおいてはトップリーダー なのである。 ちょっとした言葉遣いや日常の業務動作などを見ているだけでそれは理解でき、 また心地よい緊張が規律につながっていた。
 「――あいつは良い仲間に恵まれているな」
「うん」真田は頷く。
「お前も、だろ」守に言われて真田は「あ?」酒を飲む手を休めて見上げる。お前も 大事な進の仲間だろ、って言ってんだよと古代は続ける。
「――ありがとう。真田がいてくれてあいつもどれだけ助けられたか」
「なぁにを言ってる――俺の力なんか……」
困ったように少し笑う真田は、学生時代の生硬さが無くなって、 ずいぶん柔らかく変わったように守には思われた。


 「古代――」「なんだ」
ひとしきり艦内の人間模様に話が至った処で、真田がおもむろに真剣な目をしていた。
「――俺……俺はな、古代」
「だから、なんだ」
いまさらだ。真田が何を言おうとしているのか、古代守はふと思い当たった。
「お前を――お前と《ゆきかぜ》を死地に追いやったのは……」
守は手を伸ばすとその言葉をさえぎった。「言うな。……言うなよ、真田。もう終わったことだ」
「だが、俺は……」
 言ってもどうにもならないのだ。人の命の前にそれは言い訳でしかない。 だが詫びねば済まない――沖田艦を地球に返す。それももちろんあったのだろう、 だが《ゆきかぜ》は、もはや地球にまで戻れたかどうか、怪しい艦だった。整備の力及ばず、 物資も足りず、エネルギーも…。それであそこまで戦ったのだ。彼らの航海士、 戦闘員たちの力量と艦長たる古代守の力――それをもってしてもあれが限界だった。
 「……物資やエネルギー無しで、完璧な整備のできる技術員などいないさ」
「古代…」
「お前は精一杯やってくれた。俺は最後に逢った時、本当にどれだけお前が誠心誠意 俺たちの艦や地球の僅かな残存勢力を整備して送り出そうとしてくれたかわかったよ――」
「古代、俺はっ――」「真田」
 古代守はがし、と大きな手を肩において俯いた真田をわしわしと揺すった。
「――言いたかったのは俺も同じだ。……ありがとう――」
「だが、あいつらは…」
一緒に戦い、《ゆきかぜ》と共に逝った同期や仲間たちの顔が浮かぶ。 中には真田とも親しかったヤツらもいたのだ――。恨むなら俺を恨め、古代を恨むなよ。 そう祈った真田であるが、どうやってもこいつは恨まれるようなことは無いやつだ。 沖田さんに向けて「残って戦う」と言った若い艦長に、皆、覚悟し喜んでつき従った ことだろう――中には、もはや地球には戻れぬと知っていた者もあったかもしれない。
 「すまん……」
真田はそのまま俯くと、それまでの自分を支えていたものがぐっと内側から触手を伸ばして 外へ流れ出すような気がした。爆発しそうな圧迫感が腹の裡からこみあげてきて、 息が詰まる――それは慙愧なのか。後悔なのか……。
 真田のグローブにぽとりとしみが落ちた。
 「真田……」


 真田志朗のこんな姿を誰が見ただろう――古代にしたところで目の当たりにしたことは無かった。 それほどまでにこの男はいろいろなことを抱え、此処まで来たのだと思い、 親友の胸の裡が辛かった。


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 「サーシャちゃんはいいのか?」
真田がやおら言い出して古代はうむと頷いた。
「ユキと進が見てるよ――なんだな、あの娘はいい子だな」
「そうだろう。それで古代にべた惚れなんだからな、この世の七不思議だ」
 この場合の《古代》というのは艦長代理=古代進のことである。
わっはっは、とその《古代》の兄は笑った。
 おにーさまとしては少々複雑な心境だが、ニコニコしてしまうのは仕方ない。うむ。 進もなかなかやるな? いい女を掴まえるかどうかは男の人生に大きく関わるぞ、 うん。
  ――自分の選択がどうだったかはまぁ後の人に判断は任せるとして。


 「これからのことを、考えなければ、と思う」低い声で古代守が言った。
「そうだな」と真田志朗も言う。「――長官が話したがってる」
「わかっている」何を言われるか、それによってこの後の去就も変わる、と古代守は思った。
 「お前に少々相談があるんだ」古代が言い、
「奇遇だな。俺もなんだ」真田が言った。
2人は顔を見合わせると、さらに低い声で話し始めたのだった。


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