butterfly clip新たなる…




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= 3 =


 長官とのシークレット通信による面談は2回に及んだ。
 あまり長くシャットアウトができないのはまだ地球までは遥かな距離があるから仕方ない。 だがサーシャのこと、今後の古代守自身の去就、ヤマトについてその他、 聞いた内容からしても戻れば即座に軍の中枢へ上げられるだろうことは予測できた。
 守にしても2年間、イスカンダルで平和に暮らしていた間に地球を襲った苦しみ= ガトランティスの侵攻についての想いがある。そうして新たな敵の脅威――まだそれは 勘に過ぎなかったが、自分の思うところをまとめて話すことにした。


 『――古代守』
「はい」
画面の中の藤堂長官は、記憶にあるよりも随分とお年を召していたが、 まだ気力は十分――自分たちを怒鳴り倒していた頃と変わりはない偉丈夫である。
信頼に値する、という意味ではこれほどの人も少ない。
 『……到着までにわかる限りのことはレポートにまとめておけ。そうして士官実務 その他についてはリハビリしておいてほしい――指揮も含め。すぐに軍務につけるように』
「……了解しました。具体的には?」
『指示を送るが、そこには君の参謀がいるだろう。真田くんと相談したまえ』
「はい。ただ彼は軍務には専門家ではありませんが」 (実際の能力は戦闘士官を凌駕するとはいわれていたとしても、である)
 『――貴君の弟は現在、地球でも一二を争う一級の戦士だ。直属になる予定はないが、 彼から学べることもあると思うぞ――頼もしいと思うよ』
「そうですか…」
 驚きよりも、長官にそう評価された嬉しさで自然、兄の口元は綻んだ。
『――若者たち……訓練生のことも頼む。もはやあの戦いを生き残った戦士は貴重なのだ』
「はい――及ばずながら」


 これで決まった。
戻って身を立てる方法は幾らでもあると一度は考えた。たいていのことはできるだろうと思ったし、 社会は復興最中で仕事は幾らでもある。
 だが、サーシャの体のことがあり、その機密を守るには軍か公に所属するしかないのも実際。 また宇宙を出入りするための方法もそこしか当面は無く、また――スターシアから託された “使命”もある。
(――戦いから自分だけ逃れようとは思わない)
スターシアやサーシャとともに平和に生きることが望みだった。 だがそれも宇宙の平和あってのことであり――故郷・地球の安全と平和あってのことだったのだ。


 スターシアがイスカンダルを護ろうとしたように。
 俺もまた、地球を護らなければならない――力の及ぶ限り。


 それが古代守の“新しい生”であったかもしれない。


 「ようしっ」
掌を打ち合わせ、彼はすっくと立ち上がった。
 まずはベビールームへ寄って娘の世話。それから――シム室と格納庫と、データベース。 彼は艦内へ歩き出した。


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= 4 =



 そうして、第一艦橋に古代守・戦闘班長代理の席は設けられ、若い訓練生あがりの 新人たちも(すでにひと航海も戦闘も終えたというのに)、中堅どころも同様に締め上 げられたのである。――ベテラン、恐るべし。鬼艦長代理の兄はやっぱり鬼。 ……とまぁ、戦闘班の面々の間で言い習わされたのは想像に難くない。


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 古代守の人を惹き付けるある種の明るさと華は、遠く隠棲していたとはいっても衰えていない。 食堂にいれば人が集り、また中には――遠巻きに批判めいた目を向ける人間も いないではなかったが(主にそれは白色彗星の危機の時に、安穏とイスカンダルで “よろしくやっていた”というようなことだが、本気でそう言う人間はこの ヤマトには・・・・・居なかった)、 守と話をしたいと思う人間は少なくないようで、彼は話し相手に事欠くことはなかった。
 もちろん、新人たちは遠めに眺めている者が多い。だが坂本などは案外に人懐こく懐いてきて、
「いやぁ艦長代理も凄いですけど、凄い時代だったんですね――そのお話を聞かせてください」
など言ってくる。主に戦闘班の連中は物怖じしないというのか。


 だが守は、そうしているうちに面白いことに気づいた。
(あぁそうか――)
 俺は、“古代進の兄”なのだな――ということだ。


 訓練学校時代にさんざ皆から聞いたことだった。それは進がその道を選ぶ限り、 どうしても“スペース・イーグルの弟”と呼ばれるのは仕方ないということだった。 その兄の輝かしい実績を追い、そう見る人間を相手にその道を歩む。 島くんなどにいわせると“自慢することはあっても卑屈になることはない” ということだったが、それは
「古代(進)がもともとお兄さんには叶わないと思っているからじゃないですか」
ということだった。
 だが現在はむしろ古代守は“ヤマトの古代”の兄、である。地球を救った英雄、 二度の地球の危機にただ一隻で戦いを挑み地球を勝利に導いた戦神の、兄であると。


 それを真田志郎に言うと、真田はあはは、と笑ったあとで、
「そうだな。“ヤマトの古代”を刷り込まれた若い連中からすれば、そうかもしれないな」
と言った。
 連中は古代を尊敬しまくっている。口をきくのも恐れ多いと思っている奴らもいる。 そういう連中にしてみれば、“たかが古代の兄”なんだよ、お前は。
――いい時代になったじゃないか。
 そうか……古代守は複雑な心境を味わいながらもなんだかじんわりと胸の裡が温かく なるような気もした。


 歳の離れた兄弟である。――そうなりたいと思ったわけではないが、長男で、 優秀なエリートであった自分は常に真ん中を歩いてきた。両親も、周りの人の賞賛を浴び、 訓練学校でも軍に入ってからも確かに日の当たる道を歩いてきたとは思う。
 そうして両親を失ってからは――進は“庇護すべき存在”だったのだ。
 進を守るために――あいつの傷つきやすい魂と、体を守るために。 俺は日々を過ごしていたはずだった。もちろん自分の夢や、野心や、大きな使命もあった。 だが――。
 大きくなったんだなぁ。
 おそらく自分は弟に護られていたのだ。――弟を護ろうという意識が自分を生かし、 そうしてあの《古代守》を作ったのかもしれなかった。唯一、そうでなかった――俺が 自身のわがままを通したのが、スターシアを選び、イスカンダルに残ることだったのかもしれない。


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 「進は良い仲間を持っているな――」
以前に言ったことを守はまた繰り返した。
真田は「あぁそうだ」ともう一度繰り返して、少しはにかんだように笑った。 ――いや無表情は相変わらずなのだが、長年の親友である守にはそれがわかるのだ。


 「お前、簡単に“兄の威厳”手放していいのか?」
「ん?」2人は可笑しそうに目を見合わせた。――悪巧み、している顔だな。
 「…真田」「古代…」
「いっちょ、よろしく頼むぞ」「あぁ――久々にな」
わっはは、と時が還るような笑い声が響き、ヤマトの夜は更けていった。


 この後、訓練生たちがどれだけ絞られたか、“古代守のリハビリ”を仰せつかった 某艦長代理がどんな立場になったか――は、想像するに難くはない。
 そしてまたもう一つの案件――それはまたヤマトの次の“物語”につながっていく。 悲劇へと向かう一つの物語、ヤマトの歴史の一つに。


 ヤマトは太陽圏へ到達しようとしていた。――暗黒星団帝国がその姿を地球人の前 に現すまで、1年に満たない時間しか残されていなかった時のことである。
 戦いと、その厳しさを誰も忘れてはいない――だが束の間の平和が、その戦艦の中 に満ちていた。


【Fin】


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written by 綾乃
――19 July, 2010



 
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