airアイコン 奪回−宇宙そらの果てで

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 「やれ」
 後ろ手の縄は外され、ふぅとラクになった。が、その両肩をつかまれて、両側か
らまたがっしり腕をつかまれる。
僕は恐怖感に総毛だった。
――麻酔をすれば痛くないですがね、私も子どもにこんなことはしたくないんです
よ。
 そう言って、左腕をがっしりと、台の上に拘束された時は、さすがに叫んだ。
「やめてっ! いやだ――僕の、手…。助けてっ!!」
その様子を見て、ニヤリとした感じだった。
 ビデオカメラが回り始める。
それを、送るつもりなんだ……なんてやつらっ!
「腕や指を切り落としたりはしませんよ――」
その想像にぞくっとした。いやだ……今は精巧な義手が作れるけど。いやだ。
「少し、ね。痛かったらそう仰い、その方が私たちも良いですからね」
ビデオが回っていた。僕は自分の、どうやってもはずすことのできない左手から
目を逸らすことができなかった。いやだ――僕、耐えられるだろうか。
醜態を晒すのもいやだった――自分に、恥ずかしいことはしたくない。
だけどっ。

 ナイフが指に入った時は、叫び声を抑えるために奥歯をかみ締めなければなら
なかったが、それでも物凄い声が出たと思う。
爪を剥がされる痛み、ってこんなに酷いんだ――考える余裕なんかなくて。
そのまま、叫んで、気絶した。
 次に目が覚めたのは、左手指の酷い痛み――ずきずきとして絶え間なく胸に
どきどきくるようなそんな痛みと、まだ貧血のような頭の重さを伴っていた。
いつの間にか、先ほどのパイプ部屋に戻されていたらしい。
「良いショーが録れましたよ……あれはメッセージ付きで地球のお父上の処へ
届けられます。じき、助けていただけるんじゃないでしょうかね、安心して待っ
てらっしゃい」
先ほどの、最初の男でない方が言った。柔らかい口調が凄みがあって、この人
の方が怖いと僕は思った。
 だが――痛い。
何も考えられないほどだ。
「大人しくしててくださいね――何かすれば、先ほどの傷が痛みますよ」
傷口に触れられることを考えただけでもゾッとした。
「それに――あとでもう一度メッセージを入れてもらう」最初の男が言った。「返
答が遅れると、1枚ずつ、爪が無くなる。場合により指をお送りしてもいいのだ、
と私たちが言っていると。父親に伝えたまえ」
その想像はぞっとしないものだった。
――いっそ、殺された方がラクだ……涙が浮かびそうになるのを堪えて、震えて
いるしかなかった。


(3)

 その日は半ば気を失って過ごしたと思う。
ずきずきする痛みは去らなかったし、ここがどこかもわからないから脱出の経路
を探る、なんてことも無理な気がした。――ヒーローとかなら自分で窮地を脱す
るんだけどな。
父さんたちなら、どうしただろう? 
…僕はまだ12歳で、何もできなくて。無力だ。
 できるだけの観察は、した。
 パイプの位置や、入口や。広さや…聞こえる物音。いろんなこと。
だけど。――地球からどのくらい遠くなのか。
逃げ出しても果たしてどこの天体なのか。星ごとこいつらのものだったら、絶対
に逃げられない。――訓練学校の予科に通い始めて半年くらいになっていたが、
脱出艇なんて操れないし……こんなんじゃ、どうしようもないや。
 ともすれば絶望的な気分になるのを留めるように、何も考えないことにした。
そして、体力温存……眠っちまおう。
そこで眠れてしまう処が、十分、大物だろうという証拠かもしれなかったが。
椅子に縛られたまま――時折トイレに行かせてくれる以外は(その時も紐持った
まま見張りが一緒についてきた)、同じ姿勢で座らされているのは楽ではない。
だけど、柱にもたれることができるし。
守はなるべく、体力温存、っていうの? それをしようと、目を閉じて柱にもた
れていた。

 あたりが暗くなり、夜時間に入っていたのだろう。
見張りが必ず1人か2人いたが、静かになった。
 目を閉じたまま、遠くの音を聴く。
コツ、コツ、コツ……靴音がくぐもって響いた。
遠くから、近づいてくる。あぁ、外に少し長い廊下があるんだな。
(靴音――か)
 父さんの靴音を、聴いたことがある。
ふだんは足音なんてさせないで歩く人だけど――いつだったか。もっとずっと
小さい時に、病気で入院していたら、ふだん忙しくて見舞いになんて来れない
父さんが、夜、やってきてくれた。
少し癖のある父さんの足音が近づいてくるのを聴くのが僕は好きだったんだ。
――それに。
 古代守は、小学生の頃にも一度拉致された経験がある。
この時は地球の無頼者だったが、身代金というか、やっぱり何か権利目当ての
犯行で、昔、父さんたちのグループにやっつけられた組織の兄弟だった。
 その時は、父さんもこんなに偉くなかったし――自分で助けにきてくれた。
僕はもっと小さくて、何もわからなかったから。
薬で気絶して、閉じ込められていた時に…あの、靴音が聞こえてきたんだ。
父さんが助けに来てくれた――だから。あの靴音を聴いて、ほっとしたんだ。

 はっと、守は意識を取り戻した。
目は開けないまま、眠ったふりをする。
今は敵の戦艦の中にいて、自分は交渉の材料として捕らえられていることを思い
出した。
靴の音は父ではなく、また自分はもう6歳の少年でもない。――大人じゃない
けど。
 見張っていた2人は居眠りをしていたらしい。
蹴飛ばされ、叱咤される物音がして、追い出された――交代の時間なのだろう。

 つかつかと近寄ってくる気配があって、守はうっすら目を開けた。

 顎を持ち上げられ、正面にその男――リーダーの1人だったが、を見た。
驚いたことに、そいつはマスクを外し、自分の顔をあらわにしていた。
つかまってからずっと見ていた限り、全員が服と同じ色のマスクをかぶって目以
外の部分は見せていない。仲間同士でもそうなんだろうか。胸に認識番号のよう
なものをつけていて、それと声で互いをわかるらしい。
 縛られたまま顔を上げさせられるのはイヤだったので、睨み返すと
「いい目をしているな――」
皮肉に笑って、相手はそう言った。
最初に話した男――と守は心の中でそう呼んでいたが、そいつだった。
顔は目の上から頬にかけて大きな傷跡で頬と鼻梁が割れており、元の人相が
わからないほどに崩れている。口から顎にかけて髭が覆っていて、守は
(これじゃマスクなしでも誰だかわからないや)と失礼なことを考えた。
どうしてよいかわからなくて、ますます強く見返すと…
「――古代もキレイな少年だったがな。……お前はユキにそっくりだな。本当に
綺麗な顔をしているよ」
そう、表情のない声で言った。
(え――?)
父の顔はよく知られているが、機密や個人情報の保護もあり、母の顔は一般に
は知られていないはずだ。それに父さんの少年の頃? ヤマトの頃ってこと?
知っているとすれば、軍の関係者か――まさか。

 んぐっ。
驚いていると、突然、唇を塞がれた。舌がそれを分け入り、片手で押さえつけら
れて動けないまま、深く探られている。
――キスされているのだと気づいて、パニックになった。
頭が真っ白になり、瞬間、嫌悪感が身内を走った。

んんっ――は、息が……できない…。
 苦しい。
 まさか――。

 話には聞いたことがあるし、知識もある。
大人の男の中には、少年に――女性にすると同じことをする趣味の人がいる。
それに、軍隊に行けば、同性愛も普通だって… (*守のこの知識は、正確ではない)。
 い、いやだよっ――。
 ぞっとした……。

 「大人しくしろ」
唇を離して、そいつはそう言った。
震えが来るのがわかって、言葉を出そうという気力も沸かない――どう、したら。
「怯えなくていい――何も、しない」
そいつは向かいに椅子を持ってくるとどさりと座った。
 「つい、な」
くすりと笑う。
笑ってみせたからといって気持ちが良いわけはなかった。
「ユキは綺麗だったよ……古代と一緒になった時は、仕方ねぇなと思う反面、な
んであいつが、と思ったことも確かだ。憧れで――きりっとした姿と、笑った時の
少女みたいな笑顔がどれだけ俺たちの慰めだったか――」
遠くを見るような目。僕を通して、その向こうを見るような目は怖かった。
「――お前たちの世代にはわかるまい……俺たちはな。ただ希望と、人が人ら
しく生きられる世界を信じて、戦ったんだ――戦闘班長だけじゃない。艦底にい
た連中もな。飯作ったり、整備してたやつや、計算と調査ばっかりしてたやつ
も、皆だ」
 「お前のその、目」
もう一度、顎を掴まれた。振り払おうとしたけどできなかった。震えは止まらな
かったが、意地でも逸らすもんか――また目を見返す。
「その目は――古代にそっくりだ。顔はこれだけユキに似てるのにな…あいつ
は、こんな。いやもっと獰猛な目をしてたさ」
ふっとまた椅子に座り込んでそいつは言った。
「――可哀相にな。今のあいつの立場じゃ、助けになんて来れないだろう。……
明日になればまた、お前の指かどこか、一本刻んで送ってやらなきゃならない。
お前も、たいした親父を持ったな」
 ぞくりとしたが、なんとか叫び声を上げるのだけは我慢できた。

 そいつはまたマスクを被ると立ち上がり、もう守に興味を無くしたかにみえた。
「――古代の泣き顔が見られないのが、残念だな」
かつかつ、とまた靴音を立て、そいつは去っていこうとする。
「……知ってるか、お前。古代進ってのはな、けっこう泣き虫なんだぜ? あん
な偉そうにしているけどよ」
 守はその背に、心の中で毒づいた。
(知ってるよ――父さんはとても情け深い人だ。――僕のこと、助けに来れない
ことだって知ってる。だけどきっと、来られないから、あとで泣くんだよ。母さ
んよりずっとずっと泣き虫で、僕がいないとダメな人なんだから……お前なんか
より、よく、知ってる)
 そう思うと、涙が溢れそうになった。
ぐっとこらえようとしたが、無理だった。
ここまでためてきたものが、感情に火がついたようで、自然、涙がこぼれた。
 (かわいそうな――かわいそうな、父さん。僕、こんなことになっちゃって)

 去っていった男に泣いている処を見られなかったのが救いだった。
 しばらくうつむいて涙が流れるに任せていたが。
(父さん――僕。がんばるよ。どうしたらいいかわかんないけど、できるだけ、
がんばる)
 古代守は、健気にもそう誓うのだった。

 
背景画像 by「壁紙宇宙館」様

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