airアイコン 奪回−宇宙そらの果てで

(1) (2) (3) (4) (5)
    


(4)

 ドッカァン!
爆発音と煙がたなびいて、そこ――桜井たちが居た場所へ敵の目が向く。
佐々と古河は瓦礫の上を這い進むと、狭い側溝に飛び込んだ。

 (音、立てるなよ)
(あぁ……)
やっと身体が起こせる程度の広さだ。通気溝ならいいが…エネルギーの伝道管
だったりしたら、次に大型砲でも発射された日には蒸し焼きだぜ。
 佐々は急ぎながらも慎重に片手に持った真田さんお手製のスコープで壁を辿っ
て行く。センサーになっていて、壁の質が変わればわかる仕組みだ。
人質が捕らえられているおよその位置が情報として得られていたため、俺たちは
気づかれずにそこへ入りこまなければならない。
桜井たちの分隊の方が囮で、本体はこっち――俺たち2人が選ばれたのは、そ
れは歴戦の実績もあるだろうが、2人とも165センチそこそこ。他の連中に比べて
小柄だからだ。
戦艦の機関部――エネルギー管や通風溝が通りまくっている場所を最初から想
定している。

 戦艦の中とは思えないほどの規模だった。
(街一個入るぜよ――)
白色彗星ガトランティスや暗黒星団帝国ゴルバの中はさもありなん、といったよ
うな風情。実際、自分が入ったのはディンギルの要塞都市だけだが…などふと
思い出す。
(定住する場所を持たない緩やかな組織――その戦艦を居住地にしながら、移
動しつつ生きているのだろう)
 その本拠地の一つとはいえ、これまで所在がわからなかったのだから、人質を
立て直接交渉に出てきたことで、防衛軍側にもメリットがあったことになる。
 心配なのは、俺たちの突入が知らされて人質が移動されていることだった。そ
うなってしまえば、再び所在を確かめる時間はもはや残されていない。救出は
難しいことになる。
(――絶対に。どうにでも助けなければ――たとえ、俺たちの一命を賭しても)
 何といっても捉われているのは地球連邦軍外周艦隊総司令――現在は本部
上級参謀であり……実は公安部とも強いつながりを持つ古代進の長子・守だ。
失われるわけにはいかない。敵の手にそれがある限り――例え古代司令が、
私情に流されず使命を通したとしても、限り無く不利な状況に追い込まれるだ
ろう。……それに。2人、特に佐々にとっては、息子にも等しい存在である。

 (いたぞ――)
後ろ手に柱に括り付けられ、椅子に座らされている。
その様子を見て、2人は一様にホッとした表情を見合わせた。痛めつけられてい
る様子はない。長時間の拘束に疲れ果てているだろうに、目は閉じていたが、き
りっとした姿を見せていた。まだ中学校1年生――12歳の少年である。
 背後の上からそっと近付き、見下ろした。
 後手に縛られた片手に包帯が巻かれ(さすがに手当てくらいはしてくれたらし
い)、どす黒い色ににじんでいる――それはそうだ。脅迫状とともに送られてきた
のは、彼の親指の爪と、髪の毛だった。
 心配なのは、彼が助けに気づいてそれを相手に知られてしまうことだ――古代
の息子だ、大丈夫だろうとは思うが…そこまでの腹芸を少年に求めるのは無理
というものだろう。
守が気づく前に、事を終わらせなければならなかった。
 部屋にいるのは2人。――隠れた者がいないかどうか、センサーの状態などを
検知する。
油断はできないが、急ぎやってしまわなければ。
ハイパー通信をONにした。ジャミングをかけ、位置の特定を難しくする。
(( 桜井――))
『大尉』
(( 退路、確保できたか))
『現在、第三枝まで確保――あと10分で突破してみせます』
(( 5分だ――ルート、こちらにつなげ))
『位置を』
(( 30秒後に飛び出す。その時発信するものを拾え))
『了解』
顔を見合わせ、時刻を確認した。
 手に発光灯を持ち、片手に逆にバイザーをかける。
(行くぞ――25秒前――)

(俺が先に)
大地は手を佐々の前に出して止め、自分が前へ出た。
飛び出した途端、ガンの餌食にならないとも限らない。
(いいな――守くんは、お前が、護れ)
(古河――)一瞬、驚いた表情をしたが、役割分担は必要だ。こくりと頷く。
強行策と、いくか。
 行けっ。
壁の穴に通っている細いパイプを鉄棒代わりにして、身体を振り出す。
空中で回転し、パイプを蹴って反転し、守の前に着地した。
古河もだが、佐々も身が軽い。
 1人には気づく暇も与えず、足で蹴って倒していた。もう1人が銃を使ってき
たが、背後から佐々に撃ちぬかれ、倒れる。
――こういう場合でなければ殺しはしないよう配慮するが……そうも言っていら
れない。撃ち抜かれたのは肩だ、運が良ければ助かるだろう。

 「葉子さん、古河さん……」
「さ、早く」縄を解いたが、さすがに立ち上がろうとして守はふらついた。
「大丈夫か……」「は、はい」
痛みと辛さに顔をしかめる。同じ姿勢のまま拘束され、怪我もしているのだ。
当然だろう。
「よく、がんばったな――もう大丈夫だ。行くぞ」
心細かったろうに――気力を振り絞っている真っ直ぐな瞳を見る。いい子だな。
こんな子を人質にし、あまっさえ傷つけるなど――許さないっ。
 そこへ、走りこむ一隊があった。
「佐々大尉っ! 古河中尉っ!!」「おうっ、うまくいったか」
「現在、ルート確保中ですが。お早くっ」桜井も守の無事な姿を見て頷いた。
「走れるか――」走ろうとして、顔をしかめ、また佐々の肩に捉まった。
「足を?」佐々が聞くと、守は頷いて。「――折れて、います」
 脱走防止か…なんてことを。
負ぶって行きましょう。――桜井の分隊にいた高松が申し出、守は素直にその
背に乗った。
高松は空間騎兵出身の砲術士で、なかなかのガタイの割りにすばしこい動きを
する。白兵戦やこういった突破戦で実績を上げてきた部下の1人。
 まだ攻撃は続いていたが、指示系統がどうなっているのか、あれ以上の部隊
が現れることはなかった。交渉の開始まであと70分――それまでに、何として
も安全圏までたどり着かなければならない。
 昔は逃げながら爆破し、跡形も無く吹き飛ばしてきたんだよな――走りながら
古河はヤマトでの本星突入など思い出していた。
佐々も同じ思いらしく、ふと目が合った。
 潜入ルートの逆を辿って脱出ルートを確保したが、入り口は使えなかったため、
途中から誘導に従った。

『――B3ポイントへ小型艇を回す。それに乗れ』――桂木の声がした。
 潜入ルートと解析を相原通信参謀と共に行なっていたのだ。
……また、あいつに会えそうだな、ふとそう思う。
死地から帰るたび、ふっと湧く感情である。
「俺と佐々のCT機は?」
『一緒に回した、パイロット交代して2人、警戒態勢のまま宇宙空間にて待機』
「了解だ――」佐々と顔を見合わせる。

 突破隊の8名は少々の傷を負っただけで全員が無事だった。
うまくやったな――後半の攻撃が緩かったのは解せなかったが、ともあれ無事、
古代守救出に成功したのだ。
「守くんが怪我をしている――命に別状はないが……下肢骨折と左親指損傷。
あと打撲各所、また非常に弱っているので至急処置頼む」
『了解――救護班、お袋さんが行くから安心しなって』――ユキが!?
   古代が立場上動けないことを十二分に知っていた彼女である。
今にも銃を持って駆け出しそうだった彼女を、佐々が止めた。そして救出命令が
出た。
「あたしたちに任せて――必ず無事に連れて帰る」「葉子…」
「親友だろ? 任せろ」そう言って置いてきたのだ。


 大戦艦のカモフラージュとなっている下部森林岩盤の淵に小型艇とCT2機が
待っていた。守と部隊の者たち、牽引してきてくれた2名を小型艇に戻す。
「桜井――ここからはお前が隊長として中間基地へ戻れ」「はいっ。了解」
「我々は引き続き、この宙域で警戒にあたる。もどったらすぐに第一、第三分隊
にスタンバイさせておけ」佐々が告げ、古河は頷いた。
 中間基地で、これから交渉が行なわれようとしていた――守の救出によって、
その交渉は一方的なものでなく、地球側が相手の罪を問うものとなるだろう。

 2機は上昇し、巨大戦艦を視認する宙域へ離れた。
「ご苦労さま――」
ようやくホッとしたように佐々の声がして、古河は軽く右手を上げてみせた。
「まぁ、あんなもんだろ――無事でよかったな、守くん」「あぁ――」
「大ちゃんたちにも知らせてやんないでいいのか」「連絡は南部から行くはずだ」


 『宇宙時間0800――ただいまより、交渉を開始する』
科学技術省長官・真田志朗と、地球防衛軍長官・片桐賛、そして月基地総司令
兼宇宙軍戦闘参謀・加藤四郎――彼らは、グリュンバルトの上層部グループの
数人と、初めて合間見えることになる。
 地球の歴史は動こうとしていた。

Fin




背景画像 by「壁紙宇宙館」様

Copyright ©  Neumond,2005-07./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←三日月-新月文庫index  ↑前へ  ↓エピローグ  →三日月MENUへ
inserted by FC2 system