air icon この蒼きそら

CHAPTER-16 (044) (064:1 /2 /3 /4) (051) (065) (093) (067)

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 旧乗組員たちに極秘の通達が回ったのは、ヤマトが出航すると決めた前々日だった。
加藤の許にもたらされた情報は即時に山本と鶴見に伝達され――隊長たちの危惧が本当
になったことをわれわれに知らしめたのだ。
 基地の外れの一般居住区に新居を構えて、質素ながらも幸せな生活をひかりは営んで
いた。
古代進に失恋したと思った直後――ずっと。学生時代から好きだったと、戦闘機隊の長
崎浩に告げられ、その温かさに包まれてきたことに気づいたひかりである。
ことあるごとに、自分の中に愛情が積み重なっていき、そうして深い信頼と愛に結ばれ
て帰還後2か月――二人は結婚した。
 復興中でもあり、ガミラス戦の膨大な死者たちへの手前もある。
明るい話題は歓迎されたが、ヤマトの隊員たちが――特に戦闘員たちが任を解かれたの
は、帰還して3週間のちであったから、その後の特別休暇を最大限利用してのことであ
った。
 実戦経験のある士官たちが希少になったこと、そしてその後、二人の任地が別れる可
能性はおおいにあったため、急いだこともある。
結局、ブラックタイガー隊に所属していた者のほとんどは月基地の第一から第三へ別れ
ての配属となり、長崎は山本司令の許、第二基地へ赴任することが決まったのは、ささ
やかな結婚式を挙げて直後のことだった。

 「済まんな――やっぱ、月だわ」
任命が来た時、夫・浩はそう言った。そう、とだけ答えた陽ではあったが、それで大人
しく引っ込んでいるタマではない。ヤマトの実績を嵩に着たわけではないが、転任を申
し出、特別に受理された。月基地付きの戦闘士官補として。
さすがに同じ第二基地というわけにはいかず、主として再構築のための機動部隊である。
最初は官舎に住むつもりでいたが、ヤマトの報奨金もあり、一般住居に応募して当選し
たのを機に、月に部屋を持った。そこで新婚生活はスタートしたのだ。
 任務はキツかったが、すぐに妊娠が発覚して、内勤にまわされた。月で出産するのか
地球へ降りるのか、そういったことも話し合っていた矢先である。

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 はっきりと告げられたわけでは、もちろんなかった。
長崎浩は、前々夜。ふだんクールな山本司令と、さほど仲が良いというわけではない内
藤、そして新兵の古河らの様子がおかしいと感じ、加藤に連絡して問い詰めたのだ。
 外から官舎への通信は、セキュリティチェックが厳しい――加藤は「しっ!」とだけ
いうと、画面の向こう、手信号で“これ以上、話すな。明日、口頭で山本に訊け”とだ
け伝え、口では新婚生活はどうだとか、ひかりをあまりかわいがりすぎんじゃねーぞ、
とかくだらないことを言って通信を切った。
 だがそのくだけた口調や表情を、目が裏切っていた。
加藤三郎は大らかで、細かいことにはくよくよしないタイプだし、どんな時でもおよそ
焦るということがない(少なくとも、回りには見せない)。
だから、ヤツのマジ目などほとんど見たことがなかったが――そんな目をしていた。

 「あなた――浩。なにか、あったの?」
「……あぁ、おそらく」
ぎゅ、と彼は彼女を腕の中に抱きしめた。
「――もしかしたら」
「もしか、したら?」「いや。なんでもない」
 そうして翌日。第二基地でも歩哨を立てての“極秘ミーティング”は行なわれ、長崎
は全貌を知ることになる。

 その夜、彼は静かに自宅へ戻ってきた。
 「どうだった? 何かあったの?」
一瞬、口を開こうとした彼だが、次の瞬間、口を噤んだ。「なんでも……ない」
不審な目を向ける妻から顔を逸らし、彼は躊躇した。
 突然、ぐい、と彼女の手が腕にかかり、捻り上げられた。
「いっ――いたたた。何をするっ」――お前。お腹の子どもに障る、やめろっ。
そう叫んだが、彼女は手を緩める気はないらしい。―― 一級の戦闘員だった女で、古
代と互角に戦えるといわれたやつである。戦闘機隊員なぞ本気になられたらひとたまり
もない。ただいまは特殊事情があるだけで。
 「あったに決まってるでしょ。黙っていてもわかる――なら、はっきり言って。ここ
からそのまま出撃する、とかでも驚かないから」
「ひかりっ!」
彼は驚いて彼女を見返した。
 ふい、と手を離し、そのまま胸に顔を摺りつけた彼女を、彼はゆっくり包み込んだ。
「――何かあったの? 古代かヤマトなんでしょう?」
加藤や、山本さんや、そしてこの人が。そんな風になるのはほかに考えられなかった。
イヤな予感がしたのだ。

 「ひかり――よく聞いてくれ」
二人はソファに並んで座ると、彼は彼女の腕を取ってそう言った。
 ヤマトは謀反を起こすだろう――俺たちは明後日正午、それに合流して宇宙へ向かう。
「!」――予測を超えた事態だった。
「ヤマトが、出航するの?」あぁ、と夫は頷いた。
「宇宙に危険が迫っている――それは地球へも何かをもたらすかもしれない……と、少
なくとも加藤は思っているらしい。山本さんはもっと単純だ。ヤマトが立ち上がる、古代
が信じ、真田さんがフォローアップしている。だからついていく、そう言っていた。南部
や相原がネットワークの手を尽くして連絡を取っているらしい。もちろん、相原からは
『月基地の参加を強制するものではない』という連絡も来ているそうだ。もしかすると相
原の独断だな、こちらへの連絡は」「――なかなかやるわね」
腕の中で言うにしては不穏な発言の妻である。
 それで。
体を起こして妻は真っ直ぐに夫の顔を見た。
「行く、のでしょう?――」
「あぁ」迷いなく、頷く。だが、その目に突然、迷いが映った。
 「生まれてくる子どものこともある。俺はまだ、決めたわけじゃないんだ……」
お前が行くなというのならやめてもよい。明日、出勤しなければいいんだ、仮病でも何
でも遣って――誰も、咎める者もいないだろう。そうも言った。
 (でも貴方は。心の中では行くと決めている――それを私と子どものためにやめた
としても、ずっと後悔し続けるのでしょうね――絶対にそうは言わないにしても)
彼女はまっすぐ彼を見詰めた。
「――この子がいなければ私も行ったわ」
あぁ、と彼は笑ってみせた。「お前はそういう女だよ――だから惚れた」くすりと笑って。
でも、現実には私が行って役に立つことはない。命もこの子も危険に晒すだけ。

 ――行って、らっしゃいな。
 ――言いたくは無いが……どうなるのか、わからんのだぞ?
無事で済んでも謀反か。それとも新たなる未知の敵か。……ヤマトの旅がどんなだった
か、君も覚えているはずだ。あれは皆の力もあったかもしれないが、ただ、僥倖の末の
成功にしか過ぎない、と。何度祈ったか。

 私の分も。――私の魂も載せていって。もちろん、この子もよ。
ひかりは、そう言った。

 だから、長崎は、二人分の戦士だった。生きるも死ぬも――。
 後悔? してるわ。どうして今、私もいけなかったのかと。でも、後悔してないとも
いえる。あの人は、この子と、平和な地球を残していってくれたのだから。

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