定期航路−return to the earth

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 一度飛べばそのルートも航行時間も把握できてしまう定期便。
ワープのあと、ゆっくりとした夕食を採って、2人は部屋に戻ってきた。
「眠るには少し早いよねーー」
「おおいに早いわ」
「でも、さ」
逢うのは数か月ぶりだった。そういえば、キスもしていないか――。
 部屋に入って。抱き込まれるように一緒に座って、それだけでなんとなくほ
っこりと満足していた彼女は、突然腕を引き寄せられ組み伏せられてびっくり
した。
そのまま、くす、と笑ってきれいな目で見上げる。
「なんだよー」
「無事で、よかったわ」
「何、今さら言ってんだよ」――苦笑して唇を寄せる。深く深く、味わうように、
むさぼるようにキスした。
「あ〜。夕飯のソースの味」
「ばか」
「それにしてもおいしかったわね…この路線の人気って料理もあるんじゃない」
と舌でぺろりと唇を舐めながら彼女は言う。
「そうかもね……」僕はもうちょっと彼女を味わいたい、かな。
 そう思って、もう一度キスをして、彼女をその気にさせようとやってみた。
 夜はまだ早いけど――僕は君がほしいよ。

 体の重みをふっとかけてきて、力が抜けたままの腕をもたせかけ、そのまま
てのひらで僕の顎を撫でる。そのままやわらかく頬に伝えて。
「でもね。本当に――無事で逢えて、嬉しい」
「葉子さん……」
 なんてかわいいんだろう…そういう感想しか出てこない。
愛しくて、逢いたくて……そんなことは逢った瞬間に解消されているけれども、
腕の中に抱きとめて、すべてを愛していたくて。どう伝えたらよいかわからない
想いだけを抱えている。
出逢ってすでに5年が過ぎた――だけれど。愛しい気持ちは冷めるどころかま
すます深くなり……僕はもうこの人を失ったら生きてはいけないのじゃないか
と、思うことすらある。
 軍、やめよっかな? ふとそんなことすら思わせてしまうほどに。

 求められていることも。兄たちへの責任や――見送ったあのふねと沖田艦長や。
そしてその道を歩み続ける古代さんや皆を。そして僕自身に求められている立場
や未来と。――それでも。
彼女がけっして星の海を離れられないとすれば。僕は……宇宙そら飛べれば良いん
だ。たとえば大型艦のライセンスを生かし、民間へ転属することも可能だろう。
…更科船長さんのように。また下積みからやり直しだけれど、問題になるのは航路と
キャリアだけで…そんな夢想も時折、沸く。または。
――もう一つ方法がある。
 教育者として生きること。
……訓練学校の実戦経験教官は少ない。新しい人材は常に求められており、そ
してその需要はこの先、戦いということだけではなく宇宙戦士の養成という意味
では、あらゆる分野で必要とされるようになっていくだろう……。

 そんな処まで考えたときに
「四郎?」
不思議そうな彼女の声が耳に囁いて、するりと、その指が肌を這った。
「眠れないの?」
少し前から目が覚めていたのか、微かに光る黒い瞳が見つめていた。
「いや……」
 こうしていられるのも幸せだな、と思ってさ。
そう言って髪を撫で唇にそっと触れるとまた目を閉じた。
「ゆっくりお休みよ――早起きして地球を見よう」「そうね…」
僕ら2人とも、地球に近づくあの風景を眺めるのは本当に好きだ。
自分たちが、この手で守っている惑星ほしを、その最も美しい姿を実感できるから。


 すやすやと寝息を立てて愛しい人の体温が隣にある。
 僕はそっとその眠りを妨げないように、その横顔を覗き込み、でもそっと髪に
触れた。
 うん……ころんと腕の方へ入ってきながら、その小柄な体を預ける。
その体温を腕でくるみこみ――目が冴えちゃったな。どうしよっか。
どちらかが身動きすれば目が覚めてしまう僕らだけれど、よほど安心してい
るのか、それとも疲れているのか。彼女はまだ眠ったまま目覚める気配がない。
珍しいなと僕は思った。
戦艦ほどではないが、民間のふねもほとんど揺れることはない。多少、不自然な
Gがかかることがあるが、たいていは重力調整装置で解消されるようになって
いて、よほど酷い船酔い体質の人以外は、快適に過ごせる設計になっている。
速さよりも、便利さよりも、安全性と確実性、そして快適。軍艦とはそのあたりの
設計思想も、航行を司る船長や航海士に求められるスキルもぜんぜん違うんだ
よな、そんな風に思う――宇宙に居るというのが信じられないくらいで……僕
はまた眠りに入ろうとした。

 ガクン、と揺れた途端、は、と目を開ける。
 体のどこかが宇宙そらに居ると承知しているらしく、その一瞬の緊張が皮膚を通
して彼女にも伝わったみたいで、すでに彼女はシーツの中で体を起こしていた。
筋肉が瞬時に緊張するのが伝わってくる――警戒してるってわけじゃないんだ。
そういう習い性になっているだけ。
 その揺れが一度で済まなくて一方に引きずられる感じで続いて、重力の方向
が少しズレた時点で僕らはシーツをはいで起き上がった。
 下だけ着込んだ。「何か着なよ、様子見てこよう」
「えぇ」と振り返った葉子さんは、洋服を手に取ろうとして、ちょいと首をかしげる
とバッグの横に出してあったパンツスーツに着替えた。ラフな色ジーンズとTブラ
ウス。ジャケット代わりのベスト…ちょっとボーイッシュで、けっこうかっこいい。
こういう格好は初めて見るな。
 船の傾斜はまだ続いていて、どうやら少しずつ一方方向へ引っ張られている
ようだった。
「ヘンね……」と彼女は僕の顔を見やる。
「そうだな」
月は地球の反対側にあり、引力の影響は最小限だ。
ほかに影響を受けそうなものは…? とはいえ計測用の何も持たず、おまけに
戦艦とも輸送艦とも違う民間船、僕たちにできることはなにもない。
「艦体に震えが来ている様子はないから、大丈夫だと思うけど。そなえ付けの
宇宙服はあるわね。私、様子見てくる」
いつでも動けるように――最悪、宇宙服一つで脱出できるように。
……こういう時に、コスモタイガーなしの自分は手足をもがれたような気分だ。
 ふと見ると艦内時間は深夜12時を回った処だった。

 民間船に何かがあった時、どこにいるのが一番安全だろうか――。僕らはど
うするべきなんだろう。優先順位――まず船を守ること。それから皆の命を。
そして彼女と自分を守る。…こんな処だろうな、だからそのためにどうする?

 ぴっぴっと赤いランプが点滅したが、警報が鳴らないからまだ危険というわ
けではないのだろう。
『乗客の皆さまにお知らせ申し上げます――お騒がせしておりますが、危険は
ございませんので、何卒皆様そのままお部屋でゆっくりおくつろぎください』
この案内をどこまで信用してよいのだろうか。


 「ごめんなさい、お邪魔して」
加藤四郎と佐々葉子は、たたっと“関係者以外立ち入り禁止”、と書かれた扉
の手前までたどり着いた。ブリッジの中に勝手に入ってよいなどとは思ってい
ない。どうしようかと思案する処へ、慌てて呼ばれたらしい船員が駆けてきた。
葉子はそれをつかまえる。
「どうされたんですか」
「すみません、今忙しいので、あとでご説明をいたします」
慌てて立ち去ろうとするのを、さらに留めて。
「ごめんなさい、状況を教えていただけますか、お役に立てるかもしれない」
船員は困惑した顔をした。
「申し訳ありませんが、お伝えできないことに…」
実直な船員がそう言って振り切ろうとするのを、葉子はすっと、内ポケットか
ら写真ホロ付きの身分証明書IDカードを出した。
途端に目が見開かれ、え、と見直される。
「……し、失礼をいたしました」
だが、迷惑に思っていることは間違いはない。
それはその微妙な表情に表れていた。
 「危険がなく通常のトラブルなら良いのです。ですが、そうでない可能性が
あれば、事前に措置できるようであればご協力をいたします」
と葉子も新たまった口調で言った。
「少々、お待ちください――船長に訊いて参ります」
 するりと扉の向うに消えた。



 




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