定期航路−return to the earth

(1) (2) (3) (4)
    

(4)

 『船長に代わってください』
うなずくと更科が通信パネルの前に立つ。
画像がONになり、相原義一の声に連れ結城一意参謀の顔が映った。
「M-LINE SWAN船長・更科隆一です」
『第3宇宙局第二参謀・結城一意です、お初にお目にかかります』
「ご協力感謝いたします」
『ご無事で何よりです――』
 結城は佐々や古代の直属の上司である。
相原は通常は戦艦アクエリアスに乗っているが、それ以外の地上勤務では結城
の下にいた。
突発事象とはいえ、部下が勝手に船を動かしたこと、お詫びするということと、
この件につき、正式に通達があるまで発表を控えてほしい、という依頼だった。
「呑むしかないでしょうな――命と船を救っていただいた借りがある」
『曲げて、お願いしたい――』
「現在の推測だけでも聞かせていただけないか」
『難しい――高度に政治的になる可能性がある』
「了解しました――だが、のちほど必ず」
『はい。お約束いたします――帰港されたら、ご足労いただけますか』
「了解しました」

 ほぉ、と一息ついて四郎と葉子は顔を見合わせた。
その間に、船内放送がかかり、空間事故があり到着が2時間ほど遅れること。
また防衛軍の誘導により優先的に宙港へ降りられることなどが告げられた。
「なお――ただいまの衝撃でお怪我、ご気分が悪くなったお客様がおられまし
たら、至急、担当へお申し出ください。間もなく当船は地球引力圏へ到達いた
します」



 「こちらへ――」
ブリッジ横から続く船長室へ、2人はいざなわれた。

「まず、無事でよかったです。出すぎたマネをして申し訳ありません」
いや。と船長は言って、2人に紅茶を淹れてくれた。
「あまり歓迎すべきことではないのは船の規律をご存知のお二方ならおわかり
でしょうが――あの場合、仕方ないともいえます。私もズルイのかもしれませ
ん、本部の許可なしに勝手なことをすれば問題になりますからな――緊急の安
全対策上、軍主導で動いたということであればいくらでも言い訳が立ちます」
「佐々に咎が起こることはあり得ますか?」
四郎が聞いた。
「何か言う方があるかもしれませんが、記録は残っていますからな――」
「…ただ。先ほどの結城の話からすると、その記録は抹消ファイル行きになり
そうですね」
と、佐々が言った。
「いったい、何が起こったのでしょうか」
船長がゆっくりと彼女を見てそう言った。
「どこの艦で、どの空域での戦闘ですか」
2人は顔を見合わせた――佐々が言う。
「口外なさらないと信じます。……推測ですが…ほぼ正しいと信じますが。
あれは……ガルマン帝国の艦――デスラー揮下の船です」
「まさかっ!」
いいえと彼女は首を振った。
「考えられないことではありません――現在、地球政府は様々なことを考え、
外宇宙に向けいくつかの布石を打っている。ガルマンは未だ宇宙の果てで臨戦
態勢にありながら星間国家拡大に腐心しているのです」
 「先ほど結城はあぁ申しましたが」と葉子は目を上げ船長をじっと見据えた。
厳しい表情になる。
「完全にお忘れください。そうでないと――処分されることになります」
更科は初めて、この目の前の女性の本性をかいま見たような気がした。
鋭い目――有無を言わさぬ、従わせる目だ。
「私も……地位にも人生にも未練がありますからな」ふっと笑って。
「感謝します」佐々は無表情のまま、目で頷いた。

 それではここで。
「短い時間ですが、残りの旅をお楽しみください」
そう告げられて2人は部屋へ戻った。
もう、地球へ近づく様子を楽しもうという気はなくなっていた。




 「無事で良かった――」
部屋から窓の外を眺め、四郎は言う。
ゆっくりと、見上げた葉子は腕を伸ばし、2人は抱き合った。
「……為す術もないのね――こういった時に。命を守るのは大変なことね」
「あぁ……良かったよ、誰も失われなくて」
 この先、何が起こるのだろう。
少しの不安と――だが安堵の思い。
2人はじっと、黙って抱き合いながら、地球へ近づく船を感じていた。


 静かに広がる平和な海。
窓外に青い地球の空間が広がってくる。
 船は地球へゆっくりと近づき、その青い大気の中に降下していった。

Fin


綾乃
−−28 Dec, 2006/05 Jan, 2007改訂版
 




←index  ↑前へ  ↓あとがきへ  ↓感想を送る  →三日月小箱MENU
inserted by FC2 system