定期航路−return to the earth

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(3)

 どうぞ。
 招き入れられた場所は広いとはいえないブリッジ兼コクピットである。
揺れは断続的に続いており、船が航路を逸れはじめていることは確かだった。
 目線で船長に挨拶をして、船長は迷惑に思っているのかもしれなかったが、
顔に出さなかった。
さっと計器に目を走らす。
パネルやデータの入力設備は抜群で、計器も見やすい。

「ともかく航路を保て。補助エンジンも使って逆噴射だ。このまま地球の引力圏に
つかまったらどうなるかわからんぞ。ともかく高度を保つんだ」
的確な判断だなと思いながらも、地球への降下は一旦諦めて軌道外まで戻った方
がよいかもしれないと思った途端、船長もそう言った。
「いや、戻れ。逆噴射だ。コントロールが戻るまで宇宙空間に滞空する――面舵
いっぱい」
「面舵いっぱい、よーそろ」
航海士が懸命に操作する。その表情は緊張しているが、ブリッジ内に焦る気配は
まだない。
「まだ防衛軍と連絡は取れないのか。情報は?」
「現在、回答待ちです――」

 更科が佐々の横に来て、「ごらんのとおりですよ……」と言った。さらに。
「コ・パイ。乗客の皆さんにもう一度アナウンスを。到着時間の…そうだな、2時間
遅れを伝えてくれ」
 「理由はわかりましたか」
「軍と監視所の回答待ちです。航路管理室からも情報を送ってもらってますが、重力
異常を起こしそうな物体はここ数時間、この空域を通過した気配はないそうです」
「原因不明?」
「機械の故障でないことは先ほど確認をしました――ここのメインコンピュータ
がイカれてなければ、ですがね」
「コンピュータが?」
「チェック機能がイカれてればアウトですからな。機械も時々そういう間違いを
やるんです……どう考えてもあるはずのない異常を検知したりとか」
「それはミスジャッジを起こす原因がある場合ですか」
「えぇ」
 ふと更科は思いついたように「貴女は本職は戦闘機乗りと拝察いたしますが、ふね
にもお詳しいのですか」と言った。
人によっては失礼な物言いになる可能性もあったが、この職人肌のベテラン船長
の口から出ると不思議といやみな感じはない。
「……えぇ。一応。専門ではありませんが――船を動かした経験はあります。
エンジン系は加藤の方が詳しいですが。…2人とも真田の下におりましたから」
「真田――あの、科学技術省のですか」
佐々は頷く。今さらながらに船長は驚いたようだった。
だが元ヤマトの幹部乗組員が一通りのことを何でもできることは宇宙に奉職する者
なら知らないではない。

 「この動きは、重力装置やその感知器に異常があるのでなければ空間そのもの
の問題、というわけですね」
と佐々は言い、ここに島や太田がいてくれれば、と思わないでもなかった。
「空間座標関係は、どこへ問い合わせましたか?」
「民間の地球管制塔と、月の監視塔。あと念の為、あなた方の航路管理部です」
「管理部は誰が――」それにより与えられる情報も異なるかもしれない。
「技官の名まではわかりませんが――」
「緊急通信回路はお持ちですね」
「もちろん」
「お借りしてもよろしいでしょうか」
一瞬の躊躇をしたが、更科は佐々を信じることにした。
 「何か――」「緊急を争うかもしれません、お借りします」
座って、さっと通信装置の扱いとスイッチの様子を担当技官に尋ねると、ほと
んどノーマルなタイプだった。操作して、コールナンバーを呼び出す。
…頼む、居てくれ。

 『こちら防衛軍、コールナンバー0831Z、何かあったか』
「こちら所属07-2083DS――佐々葉子大尉だ。相原室長いるか」
『相原だ――佐々さん、久しぶりだね。民間船から…位置、月軌道近く? 地球の
すぐ側?』
「相原。重力干渉を受けている。そちらで異常電波や動きを感知していないか。
このまま異常解消だけをして難降下してよいものかどうか調べて欲しい――異常
電波はないか」
『現在その空間には2隻の民間船のみですよ。――こちらでも報告を受けて調べて
いるが……何か不安要素ですか』
「大いに不安。心配しているのは――他領域からの…」
そこまで言って通信の向うは察知したらしい。
『…報告を受けて現在調査中――だけど、急いだ方がいいみたいだね。ちょっと
待って、すぐに調べる』
「ついでに、避けたら良い方向も」
『了解っ』

 ほどなく、大量のデータが通信回線に送り込まれ始めた。
「航海士、回線オープンにしてください。その座標へ小ワープできますか」
「だめです、操艦と重力場が不安定で、安全にジャンプする条件が整いません」
葉子はぎり、と唇を噛んだが――ここは古代の艦じゃない。民間の宇宙船では確
実性こそが最優先されるのだ。
何とかしなければ。
 「相原っ、船長に。状況を説明して」
『そんなヒマないよ、あと5分から10分以内で――もしかすると何も起こらないかも
しれないけど、起こったらアウトだ』
「なんとかならんか」
『火気は備えてるの? その船』葉子は船長を振り返った。
「一応、相手艦に脅しをかける程度ならね」
『――佐々さん、あれ。古代さんが前にやったやつ』
「それしかないね」『了解』

 四郎を振り返る。
「俺の仕事は?」様子は目で追ったものと先ほどの相原とのやり取りで理解し
ていた。“アクエリアス風”にやろうというわけだ。
「わかる? サブコントロール席に」という葉子に「あぁ」と頷き、すぐに火
器制御パネルらしき席に着く。
 船長――詳しく説明している時間がないのです。信用して、任せていただけ
ませんか…越権行為は承知していますが、万が一のことがあった時に、私もこ
こで死にたくはありません。
佐々はまっすぐ更科船長の目を見てそう言った。
――更科がうなずくのを横目で見、佐々は
「重火器ロック解除してください。コントロール集中――メカわかる?」
「あぁ何とか」
「専任はおられますか?」「いや」と船長は答えた。

 「ポイントX-Zからこの船を逃がす。エンジンだけでは出力不足だから……」
「主砲のエネルギーと反動を借りようというわけだな」
「何が起こるのですか」
「……確約はできません。でも8割方の可能性で、今、引っ張られている方向
に何か大きな物体がワープアウトしてくる」
葉子はようやく核心を話した。
え、と顔を見合すブリッジクルー。
「航海長。加藤とタイミングを合わせて取舵いっぱい。またメイン・エンジン、
再点火して一気にこの空域を離れます。データ確認できますか?」
「りょ、了解――」
目の前の流れ出てくる数字を読みながら、航海士は額に汗をにじませていた。
「合わせます、よろしく」四郎がそう言った。
 「相原――遠隔指示頼む」
『こちらからリンクさせよう……ただし。100%じゃありませんからね』
「わかっている」
 「主砲、発射準備――メイン・エンジン、再点火準備」
低くはっきりした佐々の声が響いた。
「照準合わせます――対閃光・対ショック防御。衝撃吸収装置ロック解除して!
  5,4,3,2、――Fire!」


 がぁん、という強い衝撃が船を揺らし、同時にエンジンが火を噴いて、一気に船
は回転した。
戦艦のような重量はない。回り始めると早かった。
「操舵、立て直して。エンジン出力急速アップ、一気に加速してっ」
「加速、かけます」
船は大きく揺れたが、そんなことに構ってはいられなかった。
 徐々にその空域を動き始めた船。
「――う、動くぞ」「あぁ…急げ」「がんばれっ」
なんとなく掛け声をかける中、パネルを注視していた通信士が。
「あ…あれをっ!」
「ばか、気を逸らすなっ!」
佐々は航海士と機関士にそう叫ぶと、船長に目線をやった。
 ゆっくりと空間から溶け出すように、大きな物質が転送されてきていた。
(あ、あれは――)
それが戦艦の形を執り、後尾にまだ幾らかの船が追随しているのが視認された。
同時にその旗艦らしき艦はぼろぼろに被弾しており、艦体の各所からは煙を上げ
ているのがわかった。
 「相原っ」
『――先ほど打診して、小型救援艦と護衛艦が各1隻、月基地から緊急発進し
ました』
「船籍はまさか――」
『おそらくご推察の通り』
「こんな処まで……」

 『もう船は安全圏へ出ましたね』
「あぁ――協力感謝する」


 




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