planet icon大嫌い!


CHAPTER-14 (068) (024) (034) (072:1 2 3 4) (067) (093)




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 「すまない――私の……母親の力不足で」
珍しく難しい表情を崩さないまま、加藤四郎は通信パネルの向こう側に制服のままの姿を
見せていた。
『――そうか。俺こそ済まないな、傍にいてやれなくて』
「いいえ――仕方ないもの。お互い、そういう立場でしょう? 少将どの」
『言うなよ』苦笑するように、昇進したばかりの加藤四郎は苦笑いした。
『――それより。お前は大丈夫か』
「――私は、えぇ。でも、もうなんだかわからなくて…」
珍しく、ぽろりと涙が目から落ちた。やっぱ、弱い。家族のことになると――そんな感じだ。
『な、泣くなよ――』声がおろおろして、やおら柔らかな調子になった。『……あのな、
葉子』ふい、と顔上げて連れ合いを見る。
『……なるべく、早めに時間空けて、そっち行くよ。だから、ともかく悲しまないで』
四郎の心配は自分にも、そして此処に居られない彼自身にも向けられていた。俺たちは精
一杯やって、できることしかできないんだから。それは、本当はあの子たちだって、わかっ
ていることなんだから。心の底ではね。
『だから、心配しないで。僕らの子だろ? な』
葉子は頷いた。
 ――ともかく明日、飛鳥を引き取ったら、ゆっくり風呂にでもつけてだな、リラックス
させてやれ、と言う。
え? 風呂?
 クスリと、四郎が笑ったように見えた。
『飛鳥は昔っからお風呂好きだったろ? 娘っぽくなってからも長々と風呂浸かってな。
月じゃ贅沢だってのに、そのくらいの贅沢はさせてよってきかなかった――お前も知っ
てるだろ』
「――あ、あぁ。そうだったわね」
 確かにバスタイムは長いな。
……葉子も温泉やお風呂が大好きだ。妙な処、似てるのかな?
少し、ホッとした。
「美味しいものでも作ってやることにする――」
『あぁ、それがいい。叱ることは必要だが――あまり、な』
こくりと彼女は頷いた。
あまり責めても――恐らく、何も言うまい。かたくなになるだけだ。だが――やって善い
こととそうでないことを、その都度、教えていくのは親であり、大人の役割なのだ。
それは、たとえ娘に嫌われても、言わないわけにはいかない。
 通信の切れた白い画面の前で、葉子はほぅ、と重い息を吐いた。


 翌日の午後である。
付き添おうか、というユキを断って、葉子は1人、警察署へやってきた。
私服で――。
 「どうぞ」と言われて、連れられてきた少女が部屋に通されるのに、カタンと椅子から
立ち上がる。
「――飛鳥」と言うのに、彼女は予測はしていただろうが、目を丸くして、次に、ふん、
と顔を逸らせた。
 「ねぇ…」下を向いたまま、つれてきた係官に声をかける。「ねえってば」
「なんだ。親御さんがいらっしゃっている。静かにしろ」
「――あいつら、どうなんの?」蓮っ葉な物言い。
だが、それは、一緒に捕まった仲間たちを心配してのことだろう。
「君には関係がない」「でも、もとはといえば」
「――さぁてな。初犯の者はもう返された。あとの連中はお説教と――引取り手がいれ
ば、注意監察付きで、自宅謹慎だ」
「――あいつ、は?」
例の少年・Mか。
「気になるかね」
ふい、と彼女は横を向いた。
「――寝覚めが悪いからさ。あたしには、関係ないけど」ツッパリ切るには、素直すぎた。
 最初戸惑った視線のまま、声をかけるタイミングを測っていた葉子だったが、それは、
在りし日の自分の姿だった。
母親に反発し、父を憎み――だが、親にはその姿を見せず、仮面を被って。
それに比べれば、このは――素直なのかもしれない。いい子なんだ。今も、仲間を
気遣って――いや、仲間じゃない。自分を争って乱暴を働いたような連中を気遣って。

 「あすか……」
声をかけると、ぴくりと娘の肩が動いた。
いま初めて気づいたような顔をして、彼女がこっちを向く。
「あんたに、迎えに来てもらおうなんて、思ってなかったわ」
 そういう風に、正面切ってそういう口を利かれるのは初めてだった。
そうなのか――ずっと、内心では、そう思っていたのか? それとも、これが虚勢か。
 娘だと思うから動揺した――そうでない目で見れば。冷静に見れば、彼女の虚勢と寂し
さと――そしてその下に隠れた素直で柔らかな心が見えた。
 (何も悪いことをしたわけではありませんよ――)
 (自分のために起こった争いを、見捨てて逃げられなかった――)

 葉子は、精一杯笑うと、手を差し伸べ、近づいた。
「飛鳥――行こう。もう、帰っていいんだってさ」
「うるっさい。家になんか、帰らないっ」
少し首をかしげて、葉子は困ったように言う。
「――ほかに、帰る処なんか、ないでしょう? いいからともかく。そこにサインして、
部長さんと係の方にお礼を言って。行こう?」
静かにそう言われて、しぶしぶながら、椅子にかけてサインをする。
そして、決まり悪そうに不機嫌な顔を上げると、ペコリ、と警察署の2人に頭を下げた。



 黙って並んで歩いた。
 所の外へ出るまでの廊下がやけに足音が響く感じがして――このまま、母親を巻いて
逃げ出そうかとも思ったが、そんなことができるわけないのは、後ろからついて歩いてい
てもわかることだった。
 昨日もそうだった――あっという間に取り押さえられて、それに気づかなかったほどだ。
身をひるがえすかどうかといううちに、押さえられてしまうだろう。それに、逃げ切れる
わけがない――このひとから。何もかも、悔しい。母さんだというのに。何やって
も、叶わないんだから――。
 ぽたぽた、と涙が溢れた。
 悔しい、悔しい――ばかっ。

 何が悔しいのか、説明するのはむずかしかったけれど、現場にこの人が現れたことも、
自分たちが捕まったことも――そして。聖樹1人が大人になって、行ってしまったことや
自分が残されたことも。悔しいのだった。
 あんな連中――何でもない。ツマラない。腕力と、見栄と、力の誇示ばっかり――乱暴
で。頭なんか空っぽなんだから――。ばかみたい。

 「飛鳥――」
外へ出た処で、母が振り向いた。
え、と思う間に、すっぽりと小柄な――もう背もほとんど変わらないくらいだった――体
にすっぽり包まれて、飛鳥は驚いた。
「ごめん――母さん、放っておいて、悪かったね」
(――か、母さん…)
「何考えてたか、知らなかった――私、自分のことで精一杯で。あんたのこと、見えてな
かったかもしれない――何か悩んでたの、気づかなかったろ? ごめん。母さんの所為?」
「ち、ちがっ――」
戸惑ったのと、泣いてたの見られてしまったかもしれない、という恥ずかしさで、顔が上
げられなかった。――だいたい。こっぱずかしいじゃない、こんな処で。莫迦親っ!!
 ふ、と腕の力が緩んで、じっと母さんの目が見ていた。
――キレイなひとなんだ。なんといってもこの目が、娘から見ても、不思議で、淡
くて――キツくて。皆が言うのはわかる。
あたしのこと、皆、美人だとかカワイイとか言うけど。私、絶対に叶わないんだ、このひと
に……娘なのに。悔しいんだ。
 「べ、べつに――あんたに迎えに来てもらわなくっても」
「莫迦ね」苦笑する雰囲気があった。「親がむかえにこないでどうすんの。釈放されやしな
いのはわかるでしょ――だけどね、飛鳥」
厳しい口調に突然変わって、キリ、と表情が変わる。
「――今回の事情は聞いた。あんたが悪いことしたわけじゃないことはわかってるし、
正義感はたいへんよろしい。けどね。――お父さんに恥ずかしいことだけは、しちゃい
けない。あの人が護ってきたものに、顔向けできないようなこと、しないと、約束して」
「――」
かすかに、彼女は頷いた。……そんなつもりはなかった。
 聖樹だって。(私の目から見たら)悪いことばっかりしてたけど、きっと本当に悪いこ
とはしていない。そう見えただけだった――誰かを苛めたり陥れたり、犯罪に手を貸した
り、うしろぐらいことしたり――絶対に、しなかったと思う。
私も、やらない。ちょっと、ちょっとだけ。ハメはずしたかっただけだから。
皆に、置いていかれるのが、イヤで。
「約束、できる?」静かだが、はっきりとした言葉が迫った。
「――する。あたしは、加藤四郎の娘だもの。そんなことは、しない…だけど」
「だけど?」
「……煩いわよっ。放っておいて」
 腕の中から飛び出して、走りだした。
「待ちなさいっ」
すぐにつかまえられて、弾んだ息のまま、にらみ合う。その母の表情がふっと緩んで
「ともかく、家へ帰ろう――美味しいもの用意したから。ゆっくり寝なさい、ね」
エア・タクシーを止めて、乗り込む。
黙ったまま、2人は車で15分ほどの官舎いえへ向かった。





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