planet icon大嫌い!


CHAPTER-14 (068) (024) (034) (072:1 2 3 4) (067) (093)






 バスの用意がしてあった。
反抗的な気持ちは治まらなかったし、まだむしゃくしゃしていたけれども、お風呂には入
りたかった。
「着替え置いとくわね――上がったら、ご飯にしよう?」
「――ご飯なんか、要らないっ」
そうは言ったものの、朝、軽い食事が出されただけで、腹はぺこぺこである。
くすり、と母親は笑ったようで、見抜かれているようなのが悔しかった。
 冷たい体を温めて、キレイにこすって洗ったあと、ゆったりと体を伸ばして浸かる。
渕に沿って置かれている沢山の入浴剤とかローションとか。小さな金属の籠に、ボウルの
ような青い丸いものがいくつも――真っ青。ロイヤルブルーのものから、スカイブルー、
アクアブルー、淡い色まで…。これ、好き。
丸い、泡のような入浴剤を皮膜に詰めて。ちょっとしたプレゼントや匂い袋の代わりに。
飛鳥はそれが好きだった。青が好き――それで。母さんは、グリーンぽいのが好きなんだ。
癒される匂いだっていって……そう? そんなとこ、似てるのかな。
 ちゃぽん。
伸ばした腕に湯が跳ねて、落ちた。
――いくら四郎が子育て上手で、飛鳥のことを理解している、とはいっても。
こんな風なことにはさすがに気が回らない。
用意してくれたのは、冷たい鉄格子の中で一晩過ごしてきた娘へ。葉子だから、だ。
ふん、だ――。
 ちゃぽん。
湯に、鼻まで浸かってみた。――手足を伸ばし、汚れを落として温まったら。
なんだか、いろいろばかばかしくなって……泣けてきた。
涙は溢れ出したら止まらなくて、手で顔を覆い、それからお湯でぬぐった。何度か。
 あったかくて、気持ちよくて――お腹すいた。
飛鳥はお湯をかぶると、バスを出た。
ふんわりと、青いボウルから薫るジャスミンをまといつかせながら。


 少し早めの夕飯は、飛鳥の好きなものを作ってみた。これって媚びてるみたいかなぁ、
親として、よくないかもしれない。そんな風にも思ったが―― 一晩、冷たい床の留置所
にお泊り。疲れてもいるだろうし、腹を立てている時の情けなさは、空腹だとそれが増す。
いつも――美味しいものを食べてゆっくり眠っていれば、人生の悩みの半分、とはいわな
いが4分の1くらいは軽くなるのじゃないか。そう思うのだ。
――そういう風に人は作られている。違うだろうか? だから、温かくて美味しい食べ
物は大切なんだよ。そう考えたから、というわけでもなかったけれど。
今日は日曜日だ。――幸い、仕事もない。
“よーこちゃん風中華”――自分で「ちゃん」とか言うなよ、と大輔には不評だったが、
味はあいつも保障付きだもんね。ちょっと和風。食材も洋風の、たとえばアボガドとかマ
ンゴとかも使う。うん、中華って何使ってもいいんだもん、世界3大料理、なんせ7,000
年の歴史――大戦中も地下に潜って、食には現抜かしてたってからな。うん。

 「おいしい?」
黙々と食べ、それでも帰ってきたときよりは表情が緩やかになった娘を見て、葉子はそう
言った。自分も箸を動かしながら。
「――おい、しい。お腹すいてたんだからっ」
はいはい。にこにこしてちょいと一杯。
「あ、ズルイ――」睨まれて首を竦め、「食事とセットだ」
「私も」「お前は、ダメ――未成年だ。何かのお祝いとか、じゃない限り、ダメ」
 あ、そぅ。
 また、ツンとして食べ始める。
ほぼ食べ終わった、と見ると、やおら、真っ直ぐ彼女は箸を置いて母親を見た。
「ねぇ、お祝いなら飲んでいいの?」
「――ん、ま、まぁ…少しくらいなら」
自分はあんたの年には、すでにかなりイケる口だった、とはとてもいえない佐々である。
「なら、入学祝い――」「あ? 進学、するか?」
こくりと彼女は頷いた。
 中学2年生。もう1年、だがその先はこの時代、道は沢山にわかれている。
高校へ行く道もあれば専門学校もあり、職業訓練校や、中学で延長教育を受けながら
職業に就くこともできた。――あるいは、宇宙へ出たい者は…。
 「ねぇ」と急に口調を変えて、彼女が言ったのは。
「あたし――宇宙戦士訓練学校に、行く」
「だめだっ!」
咄嗟に、何も聞かないうちに、テーブルから身を乗り出して否定していた。
「な、なによ――まだ、何も言ってないじゃない」つん、と見返された。
「――父さんも、母さんも。其処出て、それで其処で教えてるくせにっ。大輔だって行っ
てるじゃない。私が兄さんのあと追っかけて、何が悪いのよっ」
「――飛鳥。よく、考えて……私たちん時は、時代が違うだろ――」
「戦時中だった、って言いたいの?」
こくりと、静かに葉子は頷いた。
「思いつきで言うには、重すぎる――お前はもっと勉強して、上の学校へ行って――いや。
なりたいものがあれば、別に進学しなくても…」
「なりたいものが、其処だから、行くのよっ」
ぱん、とテーブルを叩いた。
 頬が紅潮している。
漠然と考えていた――だけど、自分でも思ってみたわけじゃない。
聖樹と、兄貴と。――それに守兄さんたち。わたるも。――あたしだって、何か見つけ
たい。宇宙戦士になるんじゃなくてもいい、宇宙に出て。何か。
 思いつきで口から出たことだ――母親の済ました顔とか、うれしそうな顔を見ていた
ら、何か言いたくなって。
だが、口からそれが出て、一言の元に撥ね付けられると――生来の負けん気が表に出た。
 「母さんなんか、大っ嫌い! 私、絶対に行くからねっ」
ずい、と椅子を引くと、そのままバタバタっと駆けて駆け上がり、部屋へ入ってしまった。
(飛鳥――まったく…)
はねっ返りなのだから。よく、考えなさい。

 思わず口から出たことなのか――それとも熟考した結果なのか。
私たちに言えば反対されると思って黙っていたことなのか。
どちらとも、わからなかった。
(もうそんな――年齢としになるのか――)
 親と生涯初めてというような喧嘩をし、挙句の果ては父親を脅して入隊した。
だがあの時代――それが許されたのだ。だが、行けば片道切符。ヘタすれば突撃する前に、
死。だがあの生ぬるい、真綿で絞め殺されていくようなイラだちを思えば、自分が武器を
手に戦えることは、憧れですらあった。快感だったのだ――それしか、なかったほどに。
 (飛鳥――よく、考えろ)。
 平和な防衛軍。
地球防衛軍の機能は変化している。宇宙への最短距離であり、科学の一方の最先端。それ
を求めて入庁してくるものも増えていた。
だが――配属されてしまえば、宇宙のあちこちに戦いはあり、事故もあり――命の瀬戸
際を飛ぶことは、あの頃と変わらない。頻度が下がるだけ。
そして――。
まさか、航宙機とはいわないだろうが――飛行科の死亡率12%。軍全体の戦闘・闘争・
事故処理等による殉職が5%を切る現在、パイロットの死亡率は高い。だがあの頃はそれ
も……40%を越えていたな。ヤマトに乗れば70%、といわれた。
――生還率30。それを生き延びて、四郎も、私も此処にいる。
あの子たちの命も、此処にある。
 私は、どうすればよい?


 夜の帳が降りる時間になった。うとうととしていた飛鳥は目を覚まし、窓を見上げた。
 月がきれいだった――月、か。
私はあそこへ帰りたいのだろうか? ううん、自分の力を得て、それから。
選んで帰るんだ――あの惑星ほしへ。
 飛鳥は窓を開け、部屋の空気を入れ替えると考えに沈んだ。
いろいろあった2日間――疲れてはいたが、少しの興奮が眠らせてくれなかった。
扉の外に、微かな気配。
「――飛鳥。起きてるの?」
母さん……いや。会いたくない、入んないでよ。
そう念じたのが通じたわけでもないだろうが、
「そのまま、聞いてね――なぁ、飛鳥」「なによ」小さな声。
ほぉと息をついた様子。
「――よく、考えなさい。今、何を言っても聞かないだろうからね。宇宙戦士訓練学校と
いうのがどういう処か、そこが何につながっているか。父さんや母さんは――いわば特殊
な立場の人間だった。エリートといわれているお前の兄さんも、もしかしたら、そうなれ
るかもしれない。古代守だって、相原航だって、そうだ。だが、それがすべてじゃない。
彼らも、表にわからないことだって、ある――宇宙がどんなところか。はたしてその宇宙
にも行けるのか。そして――その中で……よく、考えて。調べて」
「……」飛鳥はみじろぎしなかった。
「――ほかのことも、考えてほしい。自分で。最初から決めないで。本当に、そっちへ行
きたいのか。もっとほかにやりたいことがあるかもしれないじゃないか。飛鳥――わかる
ね」「わかったわ――わかった。考えてみるから、もう、放っておいて」
 扉の外が静かになった。
「おやすみ――」「おやすみなさい……母さん」

 トントン、とゆっくり階段を下りてリビングに座ると、葉子は棚からグラスを取り出し
て氷を入れると、ウォッカを注いだ。
何を考えたわけではない。
 寂しいとも哀しいとも思わなかった。
 ただ、2階の温かい部屋で、柔らかい布団にくるまっている彼女は、まだ13歳で――い
や、もう13歳というべきか。大人ではなく、そしていつまででも自分の娘だった。
どう、生きるかな――。
 いろいろな面を見た2日だったと思う。
 こうして親に秘密を持ち、自らの考えと力で、生きていくようになる。
だがそれまでは――まだ。護ってやりたい、やらなければね、と思うのだ。

 時計の針の刻む音がやけに大きい。
月はこんな風に静かだろうか?
――ひとつ伸びをすると、彼女はグラスを置き、寝室へ消えた。
 明日からまた、慌しい日々だ。
それも私は嫌いではない――。

Fin


――22 Sep, 2008 改訂
counter 74


←進&雪100 index  ↓ご感想やご連絡   →新月・扉
背景画像 by「Dream Fantasy幻想宇宙館」様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.




古代進&森雪100のお題−−新月ver index
   
あとがきのようなもの

count074−−「大嫌い!」

   No.34「母から娘へ」というタイトルで書き始めたものですが、先にあっちの「お月見」が出来てしまったので、お題を変更して、続きを。ですからこの話は、「母から娘へ・2」でもあります。
  あれから2年。飛鳥と葉子の地球での暮らしも2年目に入り、葉子は戦艦アクエリアスの勤務が主で、外洋に出ていることが増え、そして加藤四郎はこの時期、ほぼ月基地に行きっぱなし。子どもらにとっては寂しい時期だったでしょうね。大輔は訓練学校に入学し、順調に自分の道を歩き始めている…半寮生で、祖父母の家とも行ったり来たりしているとはいえ、13歳の娘には、ちょっと寂しい毎日だったかもしれません。月に家出しなかっただけ、マシでしょう、うん。
  (あいうえほ)

 綾乃・拝

inserted by FC2 system