去るもの・行く者

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 通路に並んで、順番を待つ。
わくわくと喜んで沸きに沸く若い者たちの多い艦内で、あまり気乗りがしない風
を見せるのも気が引けて、通信室へ向かう通路に寄りかかり並びながらも佐々は
(こんなの、早く終れば良いのに――)
と思っていた。
 「次の方、どうぞ――」
森生活班長の声が柔らかく響き、ファイルを手に名前と顔をチェックすると、通
信室へ人をいざなっていく。部屋から出てきた者は一様に、少し上気した顔と、
潤んだ目をして。
子どもの写真を見せたり、家族の話に花を咲かせる者もいた。
 もはや太陽系を離れようとしているヤマトにとって、おそらく最後になるであろう
地球への通信を惜しみながら、沖田艦長の計らいで突如始まったフェアウェル・
パーティと、各人5分の私信の許可。
それにより心和み、明日への希望が持てるなら、それも良い。
佐々自身は、それを否定も肯定もしていなかった。

 (あれ?)
ちらりと古代進――戦闘班長が行き過ぎたようにも思ったが。気のせいか。
あいつ…家族はないはずだものな。遊星爆弾で両親と親族を失い、たった一人の
兄は。冥王星会戦で、この艦長・沖田と共に戦い戦死したのは戦闘班員なら誰で
も知っている。
(あぁそうか――)
 森ユキのお嬢様ぶりが鼻に付くのはこんな時だ。
家族の居ない者がこの地球にどれだけいると思っているんだ――。
帰れない――帰っても甲斐なくただ目の前の責務のためにヤマトに乗り込んだ者
も居ただろうに。そして――家族に会いたくない者も。
家族を捨ててきた者もいる――私のように。

 「次の方、どうぞ」
と長い睫の目を開けて、うながされる。
「あら……佐々さん。ブラックタイガー隊ね」
と事務的にチェックして通信室へ入り、簡単な操作方法を教えられた――が、
仕事何だと思ってんだよ。造作ない。

 びび、と短い派生音がして、見慣れた家の壁とインテリアが写った。だが遥か
昔に捨ててきたはずの場所。自分の家という気持ちは、しない。
 その目の前に画面にハンカチを握り締めながら、楚々とした風情でこちらを向
いている母親がいた。
『葉子!』とその人が口を開いた。
その背には、父親が立って、こちらを向いている。
――事前に連絡が行ったのだろう。取材が入っているわけでも、誰かが見て
いるわけでもないだろうに。わざわざそのために、この5分の通信のために家に
居て、もはや3人の誰もが信じていない家族の絆を演じようとするこの父の意識
は一体何なのだろう?
母親がすがりつくはずはない。…そんな感情がこそ人を動かすのだということが
このひとには一生理解できないだろうから。
そして、こんな貴重な時間を費やしてまで、逢いたい人たちではない。
私は――前を向いていたい。後ろは……自分で生きなさいよ。私が行くのは、
貴女たちのためでは、ない。

 「元気よ。ヤマトは順調に航行しているわ――」
何か言わなければならない、と思ったため。そんな言葉が口から出た。
『ちゃんと食べてるの? 身体の調子は?』
普通の母親のようなことを言う。
「普通よ。気にしないで」
鬱陶しいと思いながらも、邪険にして泣かれても面倒だし。
 懐かしい、という想いが自分の中に皆無だったことにも驚いた――。
 でも何故、父が。
その想いが顔に出たのか。父が口を開いた。
『お前が、ヤマトに選ばれていたとはな――誇りに思うよ』
(余計なお世話――)
そんなことすら仕事や自分の利益に利用しかねない父。
すでにしているだろうけど――。
まぁ無事1年で地球が救われたら、のことだけどね。
『……女の身で。だがお前の勇気には敬服する』
 それは、本音なのだろう。だから。ありがたく受け取った。
「どうも。――そちらも元気で」短く言った。
『女の子なんだから……誰か良い人でも見つけて――縁談はあるのよ。でも、
ヤマトの中でも良いの、戻ってきたらお嫁さんに』
(本っ当に、余計なお世話)
結婚、なんてものしたくないと思うようになったのは、誰の所為だと?
戦闘員がどんな商売だか、わかってるのだろうか? こんな、傷だらけの乱暴な
女、貰ってくれる男なんているわけないだろう。居たとしても、ロクなもんじゃ
ない。
 黙って、返さなかった。
さすがに父にはわかってしまったか――。
『お前の人生だ――無事に、帰ってこいよ』
 それが心からの言葉なのか、いやおそらくそうなのだろう。
だがそれを素直に受け入れられるほど、私は大人ではない。
「ヤマトは必ず、帰る。――私たちは地球を見捨てはしないし、生きて、帰る」
それだけを言うと
「じゃ」
とまだ何か言いたそうに、すがりつくような目をした母親と、どこか決まり悪そう
にその横に居た父親を無視して、スイッチをオフにした。

 「森――」
シュン、と扉を開けて外へ出て生活班長を呼ぶ。
「あら? まだ2分しか経たないわよ」
「あと3分、子どものいるヤツにでもやってくれ」
私はもう、良い。十分だと。
 そう言い捨てるとさっさと通路へ出た。
 そして眺める。列を成した隊員たち――ヤマトの独特の色の艦内。
見慣れた制服。心からほっとして、息をつき――。
その生活班長の、ちょっとトボけた考えの方向性までが愛しくなって、にこり
と笑いかける。
「ど、どうしたの? 佐々さん」
いや、なんでもない、と。
 ヤマトこそが――最早数週間の旅。いやまだ数週間の旅の間に。
命をやり取りし、信頼と気力だけで敵中を突破して目標に向かうこの艦と
その仲間こそが――今の家族だ。
家族への、ちりちりとどこかがざわめくような通信を切って。
ヤマトこそ、今の自分の家だと思った。
…格納庫へ行こう。誰もいないかもしれないけれど。最もほっとする場所。
それから、展望室へ少し顔出して、皆と飲もうかな。皆の家族自慢を聞か
されるかもしれないけど、それもまた楽しい。


 ――葉子はその最初の旅のことを、なぜか鮮明に思い出していた。
(あの時格納庫に行ったら、加藤…この人の兄さんが居て。びっくりしたな)
当直に立っていたのだという。加藤三郎と、その時、なんだかとりとめもなく
いろいろな話をした。
大家族で育ったこと。お爺さんが戦闘機乗りだったこと。長兄の一郎さんは
もともと戦艦乗りの士官だったが、ついに数年前フロンティアで銀河の海へ
出たまま行方がわからないこと。二番目のお兄さんはガミラスとの戦いで艦隊
ごと滅ぼされたこと。そして…今、学生で地下都市にある訓練学校でがんばっ
ている末っ子の四郎……この人のこと。
翳りのない男だと思っていたが、本当になかった。
亡くなったり行方不明の兄たちの妻子も一緒に、また幼馴染のいる隣の家とも
同じ家族のように。付き合って、わいわいと育って。皆でご飯を食べたり遊ん
だり。――そんな生活もあるんだなと聞く話すべてが珍しく、幸せだった。
(その、佐知香ちゃんって娘が待ってるの? 好きなんでしょ?)
少し頬で笑って三郎は言ったものだ。
(さぁ、どうだかな――妹みたいなもんだ)と。
だがその愛情の深さはわかって。かわいいのだろうな…そう感じた気持ちは、
羨ましいような、少しほろ苦いような。
人の愛情が周りまで幸せにすることがある、と。加藤三郎を通じて、私は感じ
たのかもしれない。
おそらく、その時まで憎しみと復讐に凝り固まりながらそこまで来た若い日の
古代にしても、そうだったのかもしれなかった。
 
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