去るもの・行く者

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 「いやぁお蔭様で、非常に有益なお話をうかがうことができました」
ファイルを閉じ、立ち上がって閉会を告げたところで吉田部長が結城に手を
差し出して、そう言った。
「いえ、こちらこそ」
結城参謀はじめ向坂や加藤がかなり突っ込んだ意見を出したのは、この
プランが相当に優れており、ほぼここに発注することが決まるだろうという
前提の許だ。もちろんあくまで外には極秘。まだ入札は続いており、この
あと、NAMBUやAGEHAからも同様なアプローチが続くはず。
だが。早く決めればそれだけ細部に時間をかけ、また細かいコンセプトを詰
める時間も生まれる。
また、多忙な古代や加藤が地上に居ることのできる時間は限られていた。
だから早々に進めなければならない。それでも――いざ何かが起こった時。
間に合うのかどうかは、わからないのだ。
 「おわかりでしょうが」
と古代艦長が言った。
「筐体の設計のおおよそが終わり、現場作業がある程度見えたところで、
真田副長官の許に引き継がれます。作業員は極秘裏に隔離されることになり
ますが、構わないですね」
もちろん、了解しております。
――ヤマトがそのようにして建造され、改造され、秘され、温存されて
きたことはこの業界の者なら知らぬ者はない。中にはそのヤマト改造に
携わったメンバーも抱えている、というのもMISHIOの強みだろう。
 では。
 列になる防衛軍メンバーの前を順番に握手をしながら通り過ぎる、儀礼的
な交換。
末席に居た佐々の前に、父が止まった。

ついに直接言葉を交わすことはなかったが――葉子が。
「5分――お時間がありますか」と、言った。
 とっさに媚びるような笑みを浮かべたあと、微かにうなずいて。
葉子は、振り返り、結城に目で許可を取った。うなずく参謀。


 古代や向坂が目でうながしながら退出していく部屋に、葉子は立っていた。
 「吉田部長、駐車場でお待ちいただけますか」
彼は言い、吉田はうなずき退出した。
役職上では上司に当たるはずの部長に対し、主計の室長というのがどの
くらいの地位にあるものか、民間でないわれわれには察するのが難しい。
だが、同等か――もしくは、実質それ以上の力を持っていると想像され、
またそれを吉田自体も受け入れている様が見て取られた。
――金銭を担当し、政治向きに立ち回り、こうやって軍へのパイプと、根回
しをしながら決算に持っていく部署。その室長か……想像もできない世界だ
が、誰にでもやれることではないのは確かなのだろう。
 (葉子――)
通り際にかすかにつぶやいて、肩に手を置いた四郎は、心配げに。
(僕は居ない方がいい? ――良ければ、そうでなければ、居るけど)
その肩に置かれた手に反対の手を重ねて、葉子も小さく囁き返す。
(居てくれる?……迷惑でなければ)。
四郎は古代に目顔で合図すると、すぐ行きますといってそのまま葉子の後ろ
の壁際に立ち止まった。
目を上げて佐々室長――父親の芙美雄を見る。
あぁ、構わないとうなずく相手。

 しん――とした空気。

 時間が止まったまま。

 父は顔を横に向けたまま、小さく外に向いた窓にかすかに見える広葉樹の
緑を見ている。
わずかのあいだに地球の生態系は回復しつつあり、この防衛軍の敷地内の緑
はもちろん植樹ではあるが、ところどころにその実験的な木の葉や枝が見ら
れ心を和ませた。
「ここは――禁煙かな?」
「いや。吸いたければ、どうぞ」
掠れた声で葉子は返した。
敷地内はあまり推奨されないが、各部屋の中は空気清浄装置もあるし、他の
使用者の許可さえ出れば喫煙は可能である。
ポケットから旧態然としたケースを取り出し、ゆっくりと目の前の男は、火
をつけた。

 ふぅ、と煙を吐き出す。

 「こんな仕事は、ストレスばかり多くてね――。今回のようにいくことは滅多
にない」
その仕事を選んだのはあんただろう、と内心思うが、それでも葉子は黙って
いた。
「…気持ちの良い人たちだな――いや。こんな人間になってしまった私だが、
それでもそのくらいは言わせてくれ」
芙美雄は四郎を見ていた。
「裏表のない、率直な人たちだね――仕事柄、そういう人に逢うことは少ない
のでね、戸惑うが。防衛軍さんもいろいろだな」
と口の端で笑い「良い仕事にしたいと――本当に思っているよ」と言った。
四郎は。
「そんな余裕がないだけです。やらなければならないことも、時間も。
――自分たちだって、必要とあれば裏もありますし汚い手も使う。人も悪くな
れますよ」と言った。――それはそうだ。目的があり、その気になれば古代
だとて四郎だって、権謀術数くらい巡らす。

 また、沈黙。
 「何か……話があったのじゃなかったのか」と重い口を開く。「…葉子」
初めて、娘だと気づいたかのように。
「――あちらの人は。…お元気?」
皮肉になるのを止めようとも思わず、そう、短く言った。
一瞬、タバコを持つ手が震えたが。
「……あぁ。元気だ」
「一緒に居るのでしょう?」
「――」頷いた。
 母親の葬式で逢って以来だから、いつのことか。惑星探査の旅から帰った
あとだった。
この四郎と、ほぼ一緒にいるような地上の生活になった頃だったか。
まだ、たった1年――その間に。ヤマトは失われ――地球は試練を受けた。
もう遥か以前の時代のよう……。
 「――もう、私とは関係のない人」
「許せ、とは言わない」
それでも罪の意識くらいはある。
「でも――どんな風に生きてきたかは今は想像できます。どんな風に仕事を
してきたかも、今の地球の中で、果たしている役割もね」
好きにはなれないけど、認められないわけでもない。
頭では。
 少しの沈黙の末。
 「お前の――恋人なのか、この人は」
きつい目で見つめながら、彼女は微かにうなずく。
「良い方だな――俺ですら名前も存じ上げていた。まさかお前がね」
「彼女自身も伝説の一人ですよ。俺たちの仲間であり、先輩であり。目標
でした――」
 四郎はその葉子に対する尊敬を素直に口に出した。
 葉子を苦しめた父親――俺は絶対にそんな風にはならないし、男として認
めたくない生き方だけれども。…それでも、葉子を、この世に生み出してく
れた父親だ。
「結婚は――?」
微かに首を横に振る。
ふっと自嘲気味に笑って
「――私がそれを言える立場じゃないな…」少し小さく見えた。


 
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