去るもの・行く者

(1) (2) (3) (4) (5)
    
   


 「大尉、どう思われますか」
短い時間だったが瞑想に囚われていた葉子に、向坂の声が飛んだ。
は、と気づいて、パネルを見返す。――話の流れを把握していない葉子では
ない。
 多忙の真田副長官に代わり、これまたすべての旅に真田と同行した向坂副官
が来ている。
葉子はゆっくり目を上げて前の2人を見ると、
「私的な見解かもしれませんが」と前置きして話した。
――居住性を重視している、ということですが。コンパクト化は推奨します。
経費の点でも、いざという時、例えば戦闘時の操作性を考えても。だがあま
りそちらを重視するのは、“戦艦”という目的から考えてあまり好ましくない、
というのが私の考えです。−−居住性以上に挙動性が大切だと」
 各居室から持ち場への動線とその交錯がないか、互いのプライヴァシーが
ある程度保てるか、部署ごとの特性を生かした利便性は、保管倉庫の使い勝手、
装甲の厚さはどうか。何よりも事が起こった時の艦体としての応用性は?
これこそがヤマトが単独艦でイスカンダルへの往復の長征ほかを成し遂げられ
た最大のメリットであり、真田もそう言うだろう。もちろん向坂が承知のことでも
ある。
「使いやすく作ればよい、というものでもありません。どのようにでも対応
できること…まぁ現実には難しいのでしょうが、無骨に作る必要のある箇所
もあると思われますが、いかがでしょう」
古代艦長はどう思われますか? と振った。
 プレゼンテーションなのだ。
 ヤマト以来、圧倒的にNAMBUが強い大型艦の納入に、様々なバランス感覚と
その後の経済協力への布石がある。
たしかにこのMISHIO――太陽系ゼムザ管理機構が提案してきたプランは、なか
なか優れたもので、おそらく真田がいたらかなり高い評価を与えただろうこと
は想像に難くない。
ただ、感情は別もの――。
ヤマトの無骨な筐体と仕組みに慣れ、その意外な実用性と応用力の高さ――ど
んな状況になっても各別の機動が可能だったり手動であらゆる操作が可能であっ
たり――に勝るものはないと感じてしまうのは、われわれの傲慢だというもの
だろう、という自嘲もある。
 次世代艦のメインになる艦の建造。
 それは象徴でもあり、実用でもなければならない。
そして、太陽系の最も遠い場所へ地球の領海を防衛する――つまり、新しく
組織される古代進外周艦隊総司令の許で。
アンドロメダの愚を繰り返してはならないのだ。
様々な実験も、実践も必要であり――そしてまた。
この古代の乗る艦でもあるのだから。

 ヤマトの魂は入れ物には関係ない、と思う。
それは誰もが同じ思いだろう。……あぁ。たまたまだが、ここに居るメンバーは
結城参謀以外が全員、元ヤマト乗組員なのだな。
当たり前なのだが――ほかに実戦経験者がほとんどいないのだから。
特に遠洋航海においては、このメンバーがその実地を味わってきた。何度も。

「ちょっとよろしいですか――」 四郎が発言した。
どうぞ、加藤大尉――。
――全長などの寸法と挙動性については問題ないと思います。ヤマトは少し
大型でしたし、特殊な形状故それは上手に利用されていましたが。現代の新造艦
でその形を模倣しようとすればかなりの手間とお金がかかります。
ただし、艦内通路や艦載機隊の出入り口については一考の余地があります。
実際の戦闘では……。
 艦底から現場の者として艦を使い、戦う者の意見も欲しかったのだとわかる。
また、一乗組員とその頂点の間にいる者として。
それに。四郎たちの代の戦闘機隊員たち――溝田や坂井らは、イカルス時代に
ヤマトの改造そのものにかかわった珍しい経験を持つ。
戦闘士官であり艦載機乗りでありながら、戦艦のメカニック技術も若干ではある
が持っており、その仕組みや波動エンジンに関してもかなりの知識があった。
「装甲の厚さに助けられたことは現実の旅ではままありました。といいますか
それに頼らざるを得ない場面が多々あります。…ただ、向坂さんもお話されたよ
うに、また経済効率を考えても全体にまんべんなく厚くすればよいというもので
もない。弱い箇所と、実際の戦闘や旅で劣化しやすい場所というのがあり、その
点について補強は必要です。…また−−」

 それを聞きながら、加藤四郎の指揮官としての能力を改めて再認識している
佐々である。
下にいて従っている時は、全幅の信頼を置いているから何も考えない。
帰還してからは同じ部署で働くことはなかったし。
だが今、改めて。
上官であったことや、後輩であることや、人として最も信頼できる相方であり
愛する恋人であり――そういったものを一切取り払って眺めてみると。
優れた能力を持った男なのだな、と改めて思う。この場に居るのが当然、そして
古代がこの仕事の相棒に選ぶのも納得できた。

 

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←新月の館annex・TOP  ←tales・index  ↑前へ  ↓次へ  →三日月・menuへ
inserted by FC2 system