air icon 明けない夜 −after sunset−



(1) (2) (3) (4) (5)
    


seiza icon


 「入院するほどのことじゃなかったんで――点滴打ってもらってすぐ帰りました
から。ご迷惑、かけます――」
室内着のまま横になっていたらしい豊橋は、起き上がるとお茶でも淹れますね、
といってキッチンに立った。
「構わないでくれ。お見舞いにきて働かせたんじゃ、逆効果だろう――たいした
もんじゃないけど」
宮本は持ってきた果物をテーブルに置いて「ナイフ、借りるぞ」と言った。
 氷を入れたアイスティを二つ、持ってきた豊橋やつは、リンゴをくるくると 剥いていく
俺の手許を珍しそうに眺めた。
「ん? どうした?」
「――宮本さん、上手いですね。へぇ、なんか、意外」 「そうか? お前だって、
できるだろ」
軍人は基本的に衣食住については自分でできる。特に裁縫は――イヤでも得
意になるが。
「え? でも。なんか、似合わねーですよ、へぇぇ」
声を立てて無邪気に笑った。
 その様子が、幼い少年のようで。
宮本はふいと胸を突かれたような気がする――。
“幼い少年のよう”なのではない。
本来こいつは、まだ――少年なのだ。
こいつだって、古代だって、島だって。まだ20歳になるかならない――。
「豊橋、お前、誕生日いつだ?」
「――え? 俺っすか? ……この間。20歳はたちなっちまいましたね。おじんだ」
また、楽しそうに笑う。
 宮本は言葉を出すのも忘れて一瞬、それを見つめたが。残りの皮を剥いて
しまうと、ほい、と言って一つを豊橋の、テーブルの上にかがみこんでいた口
に突っ込んだ。
 一瞬、え。という表情をした豊橋だったが、ぱく、と咥え、一気にしゃりしゃり
とそれを噛み砕くと、ふい、と宮本の手首をつかみ、妙に光る目をして言った。
「――宮本さん。そういうことすると、襲いますよ」

 年少の、部下でもあり、長い付き合いのそいつにそんなこと言われても、怯む
ような宮本ではなかったが、その言葉に何か切羽詰ったものを感じた。
「そう……したいの、か」
ひょい、と払うようにその手を離して、豊橋はソファに背を倒しこむと、あっは
は、と笑った。「冗談ですよ、冗談――女好きで、ヘテロのあんたに、そんな
こと言うわけないでしょうが。俺がいくら節操なしのゲイだからっていっても」
「――いたる…」

 ひょいと身体を起こして、彼は言った。
「……やっと、そう呼んでくれましたね」
「至――無理を言うな。お前は今は、俺の部下だろう。管轄が違っても」
「そう……そうですよ。俺は頑張ってみたんです―― 一所懸命ね。なんで、
生き残っちまったのかわかんなかったけど。生き残っちまったからには、死んだ
連中の代わりとも思って、あいつらの命の代わりに……って」
 指を組み、膝の間に頭を落とす。その指の関節が、白くなり彼は震えていた。
「でも…そんなの嘘なんだっ! そんなことしたって、誰も帰ってきやしな
いっ。地球を、守れって? 守られた奴らはどうです? 俺たちが死ぬほど苦し
んでるってのに。若い奴らだって、ヤマトに乗れてはしゃいで、いざ戦闘が起
こったら必死で戦うだけ戦って、勝ったなんて喜んで。……なんだったんだっ!
 俺たちは――あいつが。英が死んだことには変わらない。……生き残ったら
あいつらの分まで幸せになれって? 冗談じゃねーよ。残された方が――どう
して、一緒に、連れてってくんなかったのかって。
……最近、俺。英に恨み言ばっか、言ってる――夢に出てきてくれればいいん
だ。思いっきり恨み言並べて、殴ってやるのにって……。地上に戻った途端、
あいつの夢も見なくなって――眠れねーんだ。で……」
 「至――」
彼は涙に濡れた顔を上げた。
「どーしてなんだよっ!! 島はなんであんなに平然としてられるんだっ! わ
かってる。わかってるよ――あいつだって辛いんだって。愛した女に命預けら
れて、自殺もできねーんだろ? だけど」
「……島は、ダメだろう?」
 びくっ、と身体を震わせて、豊橋は怯えたように宮本を見た。
「断られたか…」がく、と頭を落とすようにして、彼は震えた。
宮本は立ち上がり、傍に寄って、頭を撫でた。
「――俺、島も好きだよ。昔から、いいやつだと思ってた。そういう風に男を
見ないんだってのも知ってたけど――本当に、古代とは何もなかった、ってい
われても信じられなかったんだ。古代あいつがユキとあぁいう風になったからか、
なんてね。……だけど。そういう店に行っても慰めなんか得られないんだ。
わかってるやつじゃないとダメだ。身体だけつないでも、体温だけ呉れて
も――それに、俺。女はダメみたいなんだ、やっぱり」

 胸に至を抱えたまま、宮本は髪を撫で続けていた。
柔らかく響く声は、だんだんに安寧を取り戻していって、宮本は豊橋が求めて
いたものを知った。――こうして。癒されたかったのだ、と。
苦しみを、話すことのできない辛さが、夜ごと心を切り刻む。
それから逃れたくて。
 「――宮本さん。どうしよう……俺、島の顔、見られない」
長年の友人であり、戦友でもあった相手。一つの失敗がその関係を割いてし
まったとすれば、その喪失感はどれほどのものだろう。二度と得られないかも
しれない、もの。
 豊橋の――いや、われわれの手には、もはや残された宝は僅かだった。

leaf icon

 「俺。――この間、吉岡あいつの妹に、逢った――」
「……妹が、いたのか」
「あぁ…かわいいかわいいって。いつも言ってた。年が離れててさ。まだ中学
生だけど。確かにあいつにそっくりで、美少女だった……中学生の女の子に、
兄がいきなり男に走りましたって言ってもな。しかも…」
また辛い想い出に涙が湧いてきたのか、豊橋は宮本の腰に手を回すとその
まま胸に顔を押し付けて、えっえっと涙を流した。
「どう、だったんだ?」ゆっくりと、その背を撫でながら、問う。
かすかに首を横に振っただけだった。

 「「お兄ちゃんを返してっ!! この、泥棒っ――お前の顔なんか、見たくもな
いっ!! 」」
 見た目を裏切るような激しい憎悪の目と言葉を投げつけられて、竦んだ。
初めて女を――まだ中学生の少女だというのに――美しいと思った。

 宮本は何も言わずに、ぎゅ、と豊橋を包んだ腕に力を入れた。

 
背景 by Little Eden 様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←TALES 2005-2007 index  ↑前へ  ↓次へ  →新月annex 扉


inserted by FC2 system