air icon 明けない夜 −after sunset−



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= 4 =


 そのまま、宮本はそこから出勤した。
「お前はもう2日ほど休め――そう言われてるはずだ」「はい」
朝は普通に起き出して、朝食など作っていた豊橋は、素直にそう頷いた。
「――俺、もう元気なんだけどな」
くったくのない笑顔が吉岡と似ている。
 だがその笑顔も、昨日から。やはり少し壊れていると感じる宮本なのだ。
「俺はおそらく定時で上がれるけど――飯でも、食うか? 何か買ってきてやる
よ」
「……それは、今晩も逢えるってこと?」
これも豊橋やつの本質なんだろうか。距離を一気に跳び越えたような口調に、甘え
が混じる。
あぁ、と宮本は頷いた。
 ヤツの顔が嬉しそうに輝いた。
「それなら俺。飯作ってます――どうせ、暇だし。久しぶりに市場いって、美味
しいもの作りますからっ。……嫌いなもの、ありませんよね?」
そういえば吉岡が言っていた。仕事やめたら、レストランでもやろう、なんて言
うんだと。料理は好きで、得意で。俺に旨いもの食わせるのも好きなんだ、と。
 宮本はふっと笑った。
「お前――かわいいな」
ダイニングテーブルに目玉焼きとトーストを並べていた手を取って、くい、とキ
スをした。
……やっぱ。
男でも女でもあまり関係ないってことか――俺って、無節操なんだ、やっぱり。

 地上の女は好きじゃない――宮本は、はみ出し者に惹かれる傾向にある。
水商売プロ相手おんなには モテたが、自身もそっち系は嫌いじゃなかった。
ほかには寄航先の基地の女とか。同じような戦闘員や、戦艦乗りとか――。
要するに、強い女が好きらしい、と分析している。強い女の包括している脆さや
優しさに打たれるというのもあるが、女は基本的に皆かわいいと思うし。それ
に……頼られたり縋られるほど、興の冷めるものもない。
――宮本は、自分が“女の敵”であることも自覚している。
 本部勤務になって長い――気持ちを寄せていた女とは戦いの中、別れ別れに
なったまま。
いま、付き合っている女――つまり枕を交わす程度の中の……は2人ほど。
2人とも、双方の間に恋愛感情は薄い。
 もともとが風来坊だ。現在は地上の官舎に住居を置いているが、帰らない日も
多く、帰属意識も薄い。豊橋の家に住まいこんでしまっても、彼の意識の中では
何の変化もない。
だが自覚している。……きっとすぐに。またフラりと来なくなってしまうんだ
ろう、俺は。

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 夜になれば、どちらともなく誘う。
やつは必ずしも身体をつなぎたいと思っているわけではないらしいが、ゲイの節
操の無さというのはどうしようもないんだ、と自嘲気味に言った。
――お前、カミングアウトしたのか。
そう言うと、困ったように笑いながら「……そうじゃないと思ってたんですけど
ね。バイでも、もちろんヘテロでもなくて。やっぱ、そう・・みたいです。あれ
から、女に欲情しなくなっちまいましたもん」
 優しくて明るく、仕事もできて面倒見の良い豊橋は、女たちにも人気があった。
だが女たちは敏感だ――男として彼を捉えている者はいないのだろう。自分が
相手にとって女であるかどうかは、彼女たちにとっては重要なことなのだ。

 胸の中に抱えて眠る。
体温を感じあうだけでも良い、と思っている日もあるようだったが、そういう時
に限って、自分が唐突に欲情した。
無防備に身体も、精神こころも預けられると、わけのわからないイラつきが襲い、
凶暴な気分に支配される。
――俺は、信頼されるのが苦手なのだ。
宮本は、そう思った。
重い。お前のことなんか、知らない――そう言いたくなる。
 だから、そんな時は執拗に嬲った。
乱暴に、まるで犯すようにいじめたが、相手が自分を慕っていて自分もそいつを
憎からず思っている関係では、それは単にジャレているのと大差ない。
あいつは刺激になって喜んだし、逆に男同士の深い世界を教え込まれることに
なって、身体が快感に痺れた。
 そうでない日は、やつが縋るように甘え、抱いてくれとねだる。豊橋は一度相
手を信じてしまうと、自分が(男なら)屈辱的だと思う言葉を吐き、態度に表わす
ことに、まったく躊躇しなかった。
――だって。惚れた方が負けでしょ。俺、吉岡あいつともそうだったから。
――お前、俺に惚れてんのか?
少し意地悪をしたくなって宮本は聞く。少し考えてから、豊橋は言った。
――惚れてる。……人として、上官として、ヤマトの先任としては、惚れてます。
男としても素敵だと思う。性愛の対象かっていうと……こんなことしてて。しか
も俺がねだって抱いてもらって言うのも失礼だけど。
 貴方に嘘は言いたくない。
そう言って豊橋は「恋はしていません――俺の恋は、終わったから」。でも、好き
です、とも。貴方なら信じられる。そうも言った。

 豊橋の精神状態は、一進一退を繰り返していたのだと思う。
 もう普通に登庁し仕事に就いていたが、時折、フラッシュバックするのか、ど
ん底に落ち込んでいることもあり、そんな時は、何も言わず、ただひたすらに俺
を求めた。
島との友情を回復できたのかどうかは聞かなかったが、本部へ戻されたため、
会う機会そのものも無くなっていただろう。

 宮本は、なぜずるずると豊橋の家に居続けるのか、自分でも理解していたとは
言い難い。年頃の男として、相手が常に傍に居る――しかもどうやら(あまり考
えたくはなかったが)相性が良さそうだ――というのはけっして悪い状態ではな
い。
だからといって、男で満足できる性向でもなかったし、いつまでもひとところに居
ること自体が性に合わない。
――それに。
(そろそろ、噂になっても驚かねーな)
 だが今すぐに、豊橋かれを見捨ててしまうことは、さすがの宮本でも できなかった。
豊橋の態度は、縋るようでも、媚びるようでもない。
一緒に居たいと考えていることはわかったが、そういう風に自分を求めているわ
けではないということもわかったし、そういう意味で豊橋だって、吉岡という前線
の戦闘員の相棒だった男だった。
 





    


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= 5 =


 ある日、上官である古代守参謀に、呼ばれた。

 「え? 豊橋中尉を、ですか?」
「あぁ」と古代参謀は頷いた。
中東基地部の支援に、出す。
「本人は了承している――いや、打診したらな。むしろ“行きたい”と積極的だっ
たよ」
「本当ですか」宮本は驚いてそう返していた。
 その時、気づいた。――「参謀。なぜ、私に?」
 古代守はふふっと笑ったようだった。目が少し悪戯めいて光って、その様子は
弟の進によく似ている、と思った。
「……俺が、知らないと思うなよ? お前、いつからあの家にいる」
え、と声を呑んだが。「しかも、単なる居候じゃない。――そうだろ?」
からかう調子も咎める調子も無かったが、それは断定だった。だが。
――それはプライヴェートだろう。
むっとしたのが顔に出たのか、あはは、と参謀は大らかに笑って、「プライヴェー
トだな」と言い、席を立って、宮本の横に来た。肩に手をかけ、言う。
「豊橋はもう、大丈夫だ」
じっと目を見られて、やっぱり古代に似ていると思った。
――そうだ。こんな処もそっくりだ。表現系は随分違う、むしろ正反対に思える
こともあったが。人を大切にし、情に篤く、そして。部下たちを良く、見ている。
「俺からも礼を言うよ――あいつが立ち直れたのは、お前のお陰だ、とね」
俺は首を振った。「いえ……そんなつもりで居たわけでは」
 身体を離してまた古代参謀は笑った。
「そうだな。お前はそういうヤツだったな」あっはは、と、また笑った。

 豊橋至中尉。防衛軍本部特務室付き――第3方面機動隊へ出向。現地の
砲台と迎撃システム構築のプロジェクト責任者として派遣。

 新しい季節が、始まろうとしていた。

 デザリウム帝国の、地球侵攻まで、あと数か月を残す時間のことだ――。

Fin

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−−綾乃
27 Apr, 2008
 
背景 by Little Eden 様

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