air icon 明けない夜 −after sunset−



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= 3 =


 上半身裸でベッドに腰掛けて、薄暗い部屋にするりと立ったヤツを見た。
扉の近く――優雅にも見える動作でシャツを取り、首から外して床に落とす。
シャツを取り、また。……
迷っているわけではないのだろう―― 一種の儀式だとでもいうのだろうか。
 一つ。…また、一つ。
ボトムを取り、トランクス一枚になると――そうして、躊躇なく、だが時間をかけ
て、彼はそれも取り除いた。
 ゆっくりと近付く――かすかに微笑んだように見える表情をして。
膝の間に立ち、肩に手をかけると、身体を屈めて耳元に囁いた。
――触って、ください。…そう柔らかく囁くのを、冷静な声のまま、宮本は返す。
――欲しければ、そう言え。俺を欲しい、そう言うんだ。
静かな声。
 ゆっくりと身体を屈め、その少し開いた太ももに髪を寄せた。
「宮本さん――貴方が、欲しい――」
それは呪文のように空気を動かし、彼はそのまま若者の髪を掴むと、自分の
体の方へぐっと引き寄せた。彼がその柔らかく熱いもので、その自身を包み
込むように。

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 初めて寝た相手は、ずいぶんと年上で、正確な年齢は知らないという程度に
は行きずりのあいてだった。部隊の中――その隊は、影の力を持っていた軍曹の
性向の所為で、そういったことが盛んだったのだ。
――ヤマト以前。あれができるまでは前線の基地は荒れており、俺も…山本
も、松本や岡崎たちも。その洗礼を受けた世代である。
いかに女には年少の頃からベテランだからといって、男に肌を許し、後ろから貫
かれるのは、また全く別の経験で――さすがに目から火花が散り、なによりも
屈辱的な姿勢と、そして自分が快感に我を忘れて女のような声を立てることが、
耐え難かった。
 ヘテロセクシャルの男は皆、そうだろうと思う。
 自分が、媚び、へつらい、あられもない姿で女のように啼くのが耐えられずに
最初の頃、行為のあとは気づかれないようにトイレへ飛び込んで、吐いた。
快感は――何故か深い。そこまで開発されてしまうほどに相手は執拗だった。
それから、何度か相手は変わったが、「俺は男は好きじゃない――」そういう意
志を伝える努力は怠らなかった。新兵の間は仕方がない部分もあり、その前線
で平和に生きるためには、その方が楽だった。
それに、案外すぐに慣れた――女は居なかったから。
 それから何度か機会はあったが、ヤマトの1年間はもちろん、ここ近年は忘れ
切っていた感覚だったし、それにそうして抱かれるときは女役だった。だから、
男として男を愛した経験は無い。
 だが、知識だけは、あった――自分がされたことを、相手にしてやればいいだ
けだ。

 「あっ――あふぅっ――んんっ――やだっ。あんっ――」
短い小さな声が漏れる。
抑えようという気はあまり無いみたいで、それでも最初は遠慮がちに。
だが揺さぶるにつれ、表情が変化し、辺りを、状況を忘れていった。
そういう時の豊橋やつは、よく啼いた。
 「いい、声だな――色っぽいぜ?」
からかうようにそう言うと、ぐ、とシーツを握り締めたままの彼は、辛そうな顔を
上げて 「いい――すごく、いいから、です」と言った。
 あられもない姿態には抵抗がないのかもしれなかった。
もしくは、俺の前だから――なのかもしれなかった。
少し凶暴な気分になって、弱そうな処を触りながら、動きをキツくした。
額から流れる汗や、揺れる体の緊張と弛緩が、心地よかった。

 豊橋こいつと俺は、精神的にはすでに寝たも同然の関係だったから、 一線を越える
のはさほど抵抗がなかったといえる。
吉岡を愛していたことに気づいてから、彼を失ったあとも、自分の本質に目覚め
たらしいこいつは、抱かれることに抵抗がなかった。

 あ、あっあっあぁっ――。

 ふだんはゴツいともいえそうなヤツだが、まだ若い所為か肌は滑らかで、そし
て、俺自身を咥え込んでいるそこは、熱く、淫らだった。

 おね、がい……あぁっ。お願い、です――俺も……。

 触って欲しい。そういうんだろうな。
自然、手が身体を嬲り、明らかに反応の激しい部位を探り当てて唇を寄せる。
そのまま首をひねらせて、深いキスをかましてやると、喉をごくりとひくつかせ
て、一歩手前の狂態を見せた。

 んっ――あぁぁっ。んんっ。あ、だめっ――。

 声のトーンが変わり、裏返る。息の音が激しくなり、見ると潤んだ目は初めて
見るそいつの表情かおだった。
 淫らにはねる――背のしなりと、汗。自分の手の中で――そして自分によっ
て啼き、反応するあいて……。愛しい、やつ。

 男が男を犯す、という凶暴な気分に支配されて、宮本は手加減をしなかった。
より激しく、より強く――。
 息も絶え絶えに喘ぎながらも、身体は貪欲にその悦楽を得ようとする。
果てるともなく――夜になり。そして、それが更けていった……。


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 みやもと、さん――。
みやもとさん――

 するりと、汗ばんだ裸の胸を、掌が柔らかく撫でる。
「やめろ――くすぐったい」
 行為を終えたあと、触られると微妙に気持ちが悪い。男相手にさらなる情動が
湧かないというのは、やはり自分はゲイではないのだろうと、思う。
吉岡もそう言っていた――「「 至だけが、特別なんです 」」。
 また指が微妙な処に触れたのがウザくて、宮本はやんわりその手を押しやる。
くすり、とかすかに、けだるげに笑う気配がして。
「嬉しいんです――俺、こんな、嬉しいことないです」
そう言って、少し掠れた声を出した。
 天井を向いたまま、その声を耳元に聞く。
かわいい――男相手でもそう思うことがあるんだな。
薄闇の中、ぐ、と身体を抱きしめ、胸に抱え込む。そのまま顎に手をかけて、ま
たキツく唇を奪った。
 あぁ……俺、幸せですよ。それにやっと――眠れる。
はぁ、と息をついて。また舌が欲しがるように自分の舌に触れ、柔らかく翻弄し
た。

 お前、キス――上手いな。

 は……吐息を吐くように。またしばらくその感触を楽しんでいたと思うと、舌が
離れて、柔らかく、けぶるように、言った。
 英も――そう、いいました。
どんな女とするより、お前のキスがいい――そう言って、いつもいつも。すごく
キスしたがるんです。


 いつの間にか、やつは寝息を立てていた。
疲れきったように――だが、安寧な顔をして。
幾晩、眠れてなかったのだろう。ふと見ると、目の下にうっすらと隈が浮いてい
た。
 (辛かったんだろうな……俺でよければ、いつでも、いてやるぞ)
張り付いた髪をそっと撫ぜ、髪にキスを落とすと、宮本は腕枕に片腕を貸してや
ったまま、器用にタバコを取り出すと火をつけた。
(吉岡、英――か……)
 鮮やかな男。熱くて、真っ直ぐで……いい男だったな。
紫煙がそっと、立ち昇っていった。

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背景 by Little Eden 様

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