air icon 水−MIYAMOTO−



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= 2 慟哭 = 病院にて

 「う、うそだろ……嘘だと言ってくれ……頼む。なぁ、嘘だよな?」
重傷者から軽症の者まで、全員で19名――中でも最も重傷というか瀕死の状態だ
ったのは、当然のことながら島大介で、集中治療室で24時間監視だといわれるま
ま、俺たちも顔を見ることすら許されなかった。
そして、比較的軽かった数名――だが実際あいつらのことだからどうだかはわから
ないが――古代と森は。入院せずそのまま古代は出頭、森は自宅へ戻ったらしい。
それから、義肢を失った真田さんは怪我もしていたが、別の理由があって外へは出
されなかったのだろうと俺は推察している。
 着艦し、入院――というよりはほとんど監禁のように出入りも制限された軍病院の
病棟の奥まった一室で、俺たちは少しずつ目覚めた。
 声を上げたのは、砲術の豊橋至である。――目を少しやられ、大怪我をしてはい
るが、生命に別状なし――現場にも復帰可能だという程度の怪我である。
別室に隔離されていた相原、太田、真田ら幹部連中が、大部屋に来た時に、その
真田に縋って声を上げた。やつは意識が戻ったばかりで――まだはっきりと物事を
意識できる状態にないこともある。
「――本当だ。…辛いだろうが」真田班長が、自身も辛そうにそう言った。
 南部班長はまだ動けないのだという。
致死と思われる怪我を負っており、大掛かりな手術が必要だといわれ集中治療を
受けている。

 そうだよ、豊橋。俺だって、信じたくはなかった。

CT隊全滅――

 部屋の端の窓際に据えられた自身のベッドに横たわったまま、今さらながらに、
悔しさだけがこみ上げてくる。
加藤、山本――あいつらが本当に逝っちまったなんて、信じられない。
信じろという方が無理だ。
 生き残った者も、片目を失って別室に隔離されている中里と、そしてこの部屋に
は利き腕を損傷した三波。――2人とももう飛行機には乗れない。もう1人、古河
がいたが、やつは何を考えているのか壁の方をじっと向いたまま、動きも話もしな
かった。
両足と肩をやられたんだそうで、ほとんど包帯とギプスに埋もれるようにしてカー
テンに囲われているということもあるが。

 加藤を失った――山本もだ。
 宮本暁は、それが自分の中に索漠とした空虚を広げていくのに気づいた――。
宮本は準幹部隊員である――トップや班長クラスが活動・判断不能の状態に陥っ
た時のスクランブル要員――その指揮権と義務を負っている。
(――そんなもの、必要になる時が来るなんて思ってもみなかったぜ…)
生き残りは5名。その中で、自分が一番……上。
 ちくしょうっ。
 そんなの、望んだことなんか、ないっ。
加藤が、隊長だ! 山本が、副長だよ。――鶴見がいて、工藤がいて、岡崎分隊
長もいた。
それが、なんで皆っ!!
 顔を被っていたかもしれない――。

 佐々は知っているのだろうか? ……2人ともが、失われたことを?
 さすがに女性隊員を同じ部屋というのはマズいのだろう、通路を隔てた個室にい
るのだという。やはり足の手術は必要で、ただ後遺症もないことから比較的早く退
院できるだろうとのことで、少しホッとした。――傷も残らない。良かった。
 だが――加藤隊長と、佐々は!? ……それは、想像するしかなかったが…。




「宮本、さん……」
いつの間にか豊橋が横に来ていた。
真田たちが部屋に帰り、皆、うつらうつらと眠るようにベッドに伏している中。
「吉岡が……死んだ時のこと、わかりますか? 本当に、あいつ……あいつ」
どこにも感情のやりようがないのだろう。ベッドの渕に伏して彷徨うような目をし
ている豊橋の頭を俺は手で撫でた。
――豊橋。辛いだろうな……泣いても、いいぞ。
あの、突入に参加した者は誰も生き残っていない――だから。
誰も、語ってやることはできないんだ。……済まんな。
 そう、言うしかなかった。

 やつの目が歪んで、そのまま、呆然と自身を失うように見えたのを、もう一度頭
をかくようにして抱えた。シーツの上に首から上を伏させて。
「泣いて、いいぞ――誰も見ていない。……辛いだろ? なぁ、豊橋……」

 ひぃ、ともわぁともつかぬ声がして、あぁ泣いているのだ、と思ったのも無意識
だったろうか。横たわったまま、その頭を撫でてやりながら、自身の片割れを失う
というのがどういう想いだったか、というのを――もう、忘れていた古い想いを引
きずり出されるような気がした。
 豊橋――泣け。きちんと泣いておかないと、傷は癒えない。
泣けない辛さもあるんだ――失われて。今はまだ良い、日常がまた始まると、そ
の存在が無いことが、いろいろな場面で思い返されて、もっと辛い思いをするんだ。
お前にはこれから――しばらくの間、その地獄が待っているかもしれない。
 幾つだっけな――そう思いながら気づく。
古代と、同期だったな――加藤も、島も、鶴見も。
だが、加藤も鶴見も年上だったから、こいつはまだ、20歳はたちか。辛いだろうな…。

 「宮本さん……おれ。俺……」
ひっくひっくと言いながら、それでも。
「愛してたんだ――俺だけ置いていくなんて。どうして、俺も、一緒に逝ってしま
えなかったんだ。辛いよ……俺、どうしたらいいか、わからない……宮本さんっ」
 訓練学校時代からの親友だったという。――長じて、いつ頃から恋人同士になっ
た2人。2人とも真性の同性愛者ではなかったが、それを越えて互いを大切に想い
合い、いつしかそちらが自然になったのだと言っていた。
打ち明けた人はあんまりいないんですよ――まぁ、隠してもいないから。見ればわ
かっちゃうでしょうけどね。
 いつだったか、2人でいる処をからかうとそんな答えが返ってきた。
 砲術のサブチーフである豊橋。戦闘機隊の中堅である吉岡。
熱血で激しやすい吉岡を、豊橋の穏やかで芯の強い意思が支え、また豊橋が怒
ると吉岡が宥めていた。良いコンビだった。
だが知っている――吉岡が先頭切って飛び出すたびに、あいつがどれだけ心を痛
めていたか。吉岡は戻るたび、砲塔で怪我した人間の中に豊橋が含まれてない
か、真っ先に尋ねて。そして、その信頼の影で――大事に互いを慈しんでいたこと
を、私は知っている。
 宮本には、本当に純粋な2人に見えた――。
 だから2人もそれぞれが、宮本にだけは打ち明けていた。両性愛者バイセクシャルだった山本に
も話すことはあったようだったが、おそらく自分が、最も彼らの近くにいただろう、
そう思う。
「豊橋――何かできることがあれば。言ってくれ……俺にとっても吉岡は大切な
仲間だった」
 手を頭にかけたまま――そんな体温の温かさが何よりも心を癒すことを知ってで
もいるように、泣き続ける豊橋に触れたまま、宮本はそう小さな声で言った。
ぶんぶん、と頭を振りながら。「……すみま、せん。俺、いま。何も考えられない…
…吉岡が、あいつが逝ってしまったことが、嘘みたいで。ただ、嘘だとしか思えな
くて……」


 
背景 by Little Eden 様

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