air icon 水−MIYAMOTO−



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= 3 加藤 =

 古代が訪ねて来、佐々が病室に姿を見せた。
その時、2人が何を話したのかは知らない。だが、佐々は――真実を(恐らく)
知ったのだろう。
一瞬、崩れるような風を見せたが、古代に抱きかかえられると、松葉杖をそのまま
拾い、冷静な表情で立ち上がると、また病室を後にした。
 涙を見せた様子はなかった――。その後姿を真田さんと古代が見つめていた。

 真田さんが動けるようになると、様々な情報が入ってくるようになった。
逆に彼は、ポータブルの端末を持ち込むと、起きている間中あちこちに指示を出し、
どうやら情報収集と同時に、根回しをしたり俺たちの処遇について打診をしたり、
シークレットで話し合ったりもしていたらしい。
 彼は時々、やはり動けるようになるとすぐそっちの方を始めた相原班長と相談し
つつ、時折俺たちの大部屋へやってきては進捗状況を報告してくれたりもした。
だが、俺たちの処分は――そして、遺族の人たちは。地球は。そして、この後は?




 2日目に来た時に、古代は1台の端末を持ってきた。
「これは……」ところどころ塗装の剥げ落ちた少し古い機種の端末。軍の支給品だ
が、通しNo.があり、S.Katoとシールが貼ってある。
こくりと頷いて受け取った。
 「ヤマトの部屋に残っていた――中のデータは自分で抹消したらしいが、記録
部分は詳細に残されている。文書は、提出した。あとを頼みたい。俺が最後は自分
で全部やるけれど…隊長のサインが必要なんだ…」「隊長って――」
「――貴方に、頼みたい」
 要するに、最終的には古代が戦闘班の責任者だが、CT隊の後始末の一端を俺
にも担えと。
 階級からすれば当然の義務だった。
その中に、入っているから――。
「何が」とは、聞かなくてもわかった。

 古代が去り、夜の時間が近づく前に、中を見た。
『通知――』『覚書――』
 それを開いた途端、突然、慟哭に近い感情が体の奥から沸きあがった。
――これまで、泣くことすら忘れていたんだ。そんな想いも含めて。
激しく、痙攣するほどに揺さぶられた。

 加藤や山本の死亡通知を書けということにではない。それは古代の役割だ。
だが、CT隊の貴重な記録が残されており、それの保存と管理、もしくは活用を古代
は俺に託したのだろう。
加藤が書き溜めた――それまでに逝ってしまった仲間たちの記録があった。
 死亡通知は、遺族への通達であると同時に、本人が何の作戦に従事し、どのよう
な功績を立てたかの記録でもある。情緒的になる必要はないが、極めて正確に記
さなければならない。それは班長と記録係の義務でもあった。
 加藤のPCの中に残されていたのは、それとは別に――隊員1人1人についての
覚書データだった。
詳細で、履歴や経緯はもちろん、戦闘時の配置、得意のシューティング、好き嫌い
から性格、好みや人間関係に至るまで……。
(あい、つ――)
 そして、通知はごく簡素なものに作ってあったが、死亡した隊員についてもその
作戦から実施までの詳細な記録がつづられており――あの中で、あいつ。こんな
もの作ってやがったのか。
ふと思いついて自分の項目を見た……。
(加藤……)
また、改めて涙が沸き、シーツの上に、黒いしみを作った。止まらなかった。
(加藤……加藤!――)
自分がこんなに、人に対して感情を持てる人間だと。そんな風に思ったことはな
かったのだ。
だが、自分が、ではない。あの隊長は、皆に対して、それだけの想いを持っていた
のだった。

 好奇心がなかったとはいわない――そのまま検索をかけ、山本明の項目を見た。
(!)
詳細なデータは他と同じに作られてある。シューティングのデータパターンは豊富
に残され、いくつかはシミュレーションに組み込もうとした様子もあった。
だが、個人情報は――。
『極めて優秀なパイロット。作戦参謀としても、先陣をも任せられる――副長とし
ての功績大』
簡素に、こう綴られていただけだった――。
 加藤は何を思ったか。
山本は特別だったから書けなかったのか、書かなかったのか――。
逝ってしまった2人の結びつきはどのくらい強かったのか――。
 そして佐々葉子の項目は、仔細に様々なことが、曇りの無い目で書かれており、
もしかしたらこの記録は、加藤個人ではなく――山本と2人で作ったものではない
か、そんな気もした。佐々、古河、そして俺。生き残った3人について――もしか
したら俺たち自身よりも知っていたのかもしれない、あいつら。その深い愛情は、
こんなに簡単にうしなっていいものじゃ、ない。

 ん?
ふと宮本は、佐々の項目の最後に、ほかにはない印字を見つけた。
――読み出してみても意味は不明だ。……暗号か?
データパターンにしてわずか1行。だが、明らかに記録ではなかった。
 暗号表をはじき出してみたが、覚えは無かった。
気になり始めると気になるもので、紙に書き出しておいた。
次の日、相原に聞いてみた。暗号とかパスのことならこいつが一番頼りになる。
「え? どうでしょうね。乱数表で合わないのなら、物凄く古典的なものとか試し
てみました? 前宇宙時代の暗号とか、、、」
「そうか…やってみるよ」
 ヒマツブシにもなるので、夜から取り組んでみた。
なんのことはない、ある文字列を別の文字列に置き換えるという単純なパズルで、
内容もごくシンプルなものだった――だがそれを見て、俺は。
 もう、泣くものか――このままでは、俺も退院までにダメになっちまう。

 これを佐々に見せるべきかどうか――俺は、思いあぐねた。
思いあぐねて、まるで蝋人形にでもなったように感情というものを失ったかにみえ
る古河に相談した。――あいつにとっては酷な話かもしれなかったが、黙っている
のも違うと思ったのだ。
恐らく古代は知らなかっただろう――こんな文字が埋め込まれていたとは。
 古河大地は一瞬驚愕したように目を見開いたが、次の瞬間、黙った。
そして、言った。
「――見せない方が良い、そう思います」
「本当にか。だが…」
「宮本さん――その、加藤さんの言葉。俺が預かります。いつか、言うべき時が
来たら、俺が彼女に伝えます」
きっぱりと目を見て、そう言う彼は――そう、今でも心から彼女を愛しているのだ
と思った。
 「わかった――頼む」「だから今は」
あぁ、と俺は頷いた。2人ながらに、固い約束をして。
――そして俺は、その部分のデータを、迷った末、消去した。

 そこにはこう書かれていたのだ。
 『あなたを、愛している――』


 
背景 by Little Eden 様

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