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【水−MIYAMOTO−】

−−A.D. 2200年
:2006題−No.52「水」



= 1 光芒 =

 気づいたら終わっていた――そんな感じだ。
 ガミラスとの戦いに比べ、悲愴感も、決意もさほどなかったような気がする。
いやまぁ、戦いの質を比べるなんてこと自体がナンセンスなことで、俺たちは場を
与えられ、命令があり、そのまま突っこんで叩き落して生還すれば良いだけだ。
そう、最後が肝心。“生還する”こと――。
……私は今回も、そうした【だけ】だった。――つもりだった。

 だが。
 正直、キツいな。

 天井の白さが目に痛い――実際、自分がどこか欠けているかといえば、膝の椀に
当たる処に何かが突き刺さり、完全に関節が欠けてしまった。
瞬間の痛みというのは激痛などという言葉では表せないほどのものだったが、その
まま(情けないことに)失神したらしく、気づいたらヤマトの中だった。

 「佐渡先生――俺、動けませんかね?」
麻酔が切れたらしく目が覚めると、ぼんやりその状況を思い出して、おそらく誰か
が担ぎ込んでくれたのだろう。その誰かも無事ならいいがと思いながら、頭をめぐ
らせると、ひっきりなしに担ぎ込まれてくる傷病兵たちにガチャガチャと器具の音
を鳴らしながら、ふだんの飲んだ呉れてるこの人と同一人物かというような動きで
テキパキと動き回るのが見えた。
(佐渡さん(このひと)がこうだ、ということは事態はだいぶ酷いな――)
そのくらいは長い付き合いである……する、と白衣が見えたような気がしたが、黄
色の艦内服――ユキか。しかも看護師姿で無い。つまり臨戦態勢が続いている…。
 「宮本さん、目が覚めたの?」柔らかい声でそう言って、じっと見た目が、あま
りにも穏やかで、気になった。
「……ゆ、き……古代は? 艦長代理は…」
「艦橋にいるわ」少し微笑む顔の表情も、気になった。
「――どうなった、戦況は」
「――これから最後の突入をすることになると、思うわ。今、放送が……」
 そう思う暇に、古代の声が響いた。
『こちら、艦長代理。古代進――これから最後の決戦を行なう。動ける者は、全員、
食堂へ集合。指示を与える――』
(古代――)
見るとコクリとユキが頷いた。「私も、行かなくっちゃ。――宮本さん、動いては
だめよ。“動ける者は”ですからね――貴方は、地球へ帰って足を付け替えてもらわ
ない限り、動けないわ」
この喧騒の中でも、俺の怪我の状況までチェックしていたとは驚きだ。
俺は“帰れればな”、と口まで出かかったが押し留めた。
 だが、意識もはっきりしている。ほかに怪我がないのは不幸中の幸いというのか。
怪我もかすり傷に近かった。
は、と身体を起こすと、CT隊おれたちは…(4人、か)。
 顔中に包帯を巻かれている中里、そして片腕が切り取られている三波――もう
1人。古河は足、か? 3人とも麻酔が効いているのか、昏々と眠っていた。
――俺は、動けさえすれば。行けるぞ。

 そう思ってユキの去った方を見やり、半身を起こそうとして自分の考えに呆然と
した。
(……いつの間に、こんなことを考えるようになったんだ!?)
生き延びるためだったら手段を選ばないはずではなかったか。
少しでも確実に、少しでも目立たぬように――そうやって生き延びてきた。……ヤ
マトまでは。だが。
 問題は足だけだ。少し動かそうとしてみたが、完全にアウトだった。体重をかけ
るなど及びもつかず、痛みで脂汗が出る――これでも麻酔が効いているそうだから、
無くなったらどれだけのものか……ちくしょう。突入戦だといっていたな。なんと
かCTに取り付いたとしても、中で動けないか……行っても蜂の巣にされるのがオ
チだ。それでも、何かできることは――。
 そう思ってしまって、ふ、と彼は自嘲気味に自分を笑った。
(俺もずいぶん――古代や加藤に影響されたとみえる)

 艦内放送で力強く響いてきた古代の声を思い返した。
ヤツは、追い詰められるほどに真価を発揮する。そして、そのヤツに――どうして
もついていきたいと思ってしまう、俺たちなのだ。
(古代に――命、預けちまったんだよな)
月基地を出てきたときから。……いくら“名誉は回復された”とはいえ――俺たち
に戻る場所なんぞない。最初から、ヤマトと共に――そして、先ほどの戦闘で、
仲間たちはおそらく半減しているだろう。
そのくらいは察するに吝かではないのだ。
 だが――どうしようもなかった。

「宮本――お前さんまで行くとか言いなさんなよ」
いつの間にか佐渡が傍へ来ていた。
「まぁったく。ヤマトのヤツぁ死にたがりが多くて困るわい。沖田艦長はそういう
教育はなさらなかったはずじゃがの」
景気づけだといって、一杯また引っ掛ける佐渡である。…ひととおりの患者の手当
ては終わったのか。
 がくん! 艦がまた揺れた。
 「あ〜、大丈夫かいのぉ。ヤマトも悲鳴を上げとる…」
独り言のようにそう言うと、見えない天井の壁を透かして艦橋の方を見る。
「そうじゃ――腕出しなさい」「なんですか?」
「いいから、出しなさい」
思えばあれが敗因だ――プスり、と針を立てる微かな音がして、俺はそのまま昏倒
するように意識を失った――。




 向こうの救命艇で何が起こっていたのかはよくわからなかった。
「佐々――辛かったら代わるぞ」
搬入され、ヤマトを離れた処でようやく目覚めた俺は、最後のシーンを見るのには
辛うじて間に合ったらしい。あたりは瀕死の仲間たちで溢れ、操縦桿を握る佐々は
――彼女が生きていたことに、思った以上に安堵したのは認めたくない事実だった
が――腕をやられているらしく辛そうで、肩から背にかけても包帯で巻かれていた。
それでも、返事もせず、振り向かないまま、微かに首を振っただけで、俺にはその
気持ちがわかったのだ。
 (そうか――加藤隊長が……)
まだ、あの中にいるのだ。
此処に居ないということは――ヤマトの中に。いやもしかして……。
山本は? まさか、吉岡も? 工藤は? 岡崎は!?
何も考えまい――ただ、今やるべきことだけをしよう……彼女がそう考えている
ことは確かで、痛みで起きているのもやっと――そして救命艇を動かしていること
に救いを見ている。
 連中の顔が次々に浮かぶが、考えるのをやめた。悪いほうへばかり行ってしまう
からだ。

 そして一筋の光が宇宙に満ち――戦いは、終わった。

 
背景 by Little Eden 様

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