【君を見つめる10の御題】より

      window icon 君の胸には見えない数字が刻まれている。


(01) (02) (03) (04) (05) (06) (07) (08) (09) (10)



= 2 =


 「で。長官――」
「なんだ」真田は苦笑する。俺はまだ“副”長官だと言い返しても意味はない。一度な
りと科学庁長官を務めた身だ――白色彗星戦の際の軍に対する背信/反逆によって
降格されての今。現在はまだ、改名され「科学技術省」と名を変えた当該省庁の副長
官職にある。だが、軍籍も抜けてはおらず、軍の特務科学課に身を置き、そこでは
「室長」と名前は地味ながら、最高権力者であることもまた、事実だった。
 「――この件。継続してオレと、オレのチームに任せていただけるんでしょうね!?」
それは半ば脅しの意味をもった強制だった。
こくりと真田は頷く。
 でなければ、最初からサンプルやデータを此処へ持ち込みはしない。
このような興味深いネタを提供すれば、この男が興味を示さないはずはなかったし、
一生のテーマにしかねないことは目に見えていたからだ。
 だが。

 誰かが追跡調査をしなければならなかった。
最初は妻である生体科学者・朝倉リエを考えたのだが、彼女は多忙すぎ、また真田自
身に近すぎた。それに彼女は実験や成果よりも臨床を重んじる。人を助け、生かすこ
との方により大きな意味を見出し、現に現在、2人の重要人物の蘇生を預かっている
立場だ。
――将来的により大きな・多くの人間を助けるために、現在は人を素材に見、より深
く研究そのものを追及していく姿勢は、リエには似合わないだろう。そうも思った。

 杜裳能 学とものう まなぶは最初のヤマトのメンバーである。
ただし――ヤマトに搭乗してはいない。ヤマトに乗ったのではなく、ヤマトを送り出
したメンバーの1人なのだ。しかも、全てを――ヤマトの乗組員たちですら知らない
裏を知りながら。残され、見捨てられるかもしれない立場を甘受して、敢えて地に残
った僅か数人のうちの1人であった。その意味で、真田たちヤマトメンバーは彼らに
対し、大いなる借りがあるのかもしれなかった。

  何を仰っているんですか。オレたちの微かな可能性を希望に変えて、現実に
  までもっていき、イスカンダルから帰ってきてくれたんじゃないですか。
  それで帳消しですよ――。


 イスカンダルへの最初の航海から戻り、出会った最初の時に学が言った科白だった。
冷静な顔の下から年相応の表情が覗き、嬉しくて堪らないというように師匠の腕を取っ
て。そうして、

  またご一緒に働けることを幸せに思います――。

 そう言って、コスモクリーナーの過酷な稼動を共に助けてくれたのである。

 真田は首を振って脳裏の雑念を追い払った。
 機密の遵守、という意味であれば、自身が機密の中に属する人間を当てる方が良い
に決まっていた。ヤマトに乗り、最初の“地球脱出艦”プロジェクトに関わった中、
生き残ったメンバーは少ない。しかも若いメンバーではほぼ皆無に等しく、杜裳能
学は、その最年少だった。真田自身と同じように。そして真田よりさらに若いのだ。
 よろしいですね、ともう一度確認をしようとする学を真田はさえぎった。
 「――チームとは? 手足から情報が漏れるようなことがあってはならんぞ」
学はこくりと頷いた。
「――そうですね。共同研究、というわけではありませんが、ある部分については俺
よりスペシャリストの相棒を、ご紹介します」
コールに答える声があって、その部屋に入ってきたのは――。

 「――諸塚、くんか…」
白衣の女性はするりと2人の前に立つと、頭を下げた。
ショートカットに小柄な体躯のスラリとした女性ひと。年齢は22〜23歳だろうか?
「ご無沙汰しております、真田工場長」
ヤマトの搭乗員だった、生活班で最年少だった諸塚 未明もろづか みめいだった。
物静かな女性で、だが天才のひらめきを持っていた。ヤマト航海時にはけっして目立
つ班員ではなかったはずだが、その後、艦を降り――そうか。科学者に転じていたか。

 「彼女の生科学の知識は、オレでも及ばない処がありますよ。特に、他惑星や宇宙
空間での応用理論に関する推論なんかは、今、一番説得力ある説ですからね」
「ほぉ」その論文なら真田も見たことがある。引用だけだったので、名前にまで注目
しなかったが――そうか。諸塚はそういう研究をしていたのか、と思う。

「――古代さんは、お元気ですか」
静かな表情を湛えて、未明はそう言った。
「あぁ……元気だ。ほかの連中も皆、元気だよ」
「そう――でも。島さんは、亡くなられたんでしたね」
こくりと真田は頷いた。「……加藤さんも」
そう言葉を次いだことに、間にある5年間の時間を思う真田である。加藤は生きてい
るぞといいかけて、未明の言うのは兄・三郎を差すのだと気付いた。そうだ、最初の
航海の後、四度の戦いには参加していないのだ。ヤマトと未明の時は、2200年で止
まっているのかもしれない。――あの撃沈を見るまでもなく。

 「優秀なんだそうだな」
言葉の接ぎ穂を失ったように、真田は未明にそう語りかけた。
かすかに笑みを浮かべて「いえ――室長は天才ですから。その傍に居ると、自分の未
開拓領域が活性化する気がします……できることをするだけですわ」
「そうか――海馬の活性化、というわけだな」
「まぁ、班長――いえ。副長官」「真田でいいよ。昔馴染みじゃないか」
「はい……」微かにまた、彼女は笑った。
 白い肌、陶磁器のような表情をした女性である。
何かに似ている――そうだ、能面だな、と真田は気付いた。
見る角度でどのような表情にも見える。そういえば、若いに似合わず大人っぽく神秘
的とでもいうのだろか、戦闘班の若い連中が色めきたっていたなと思い出した。
――そのような雰囲気というのは、異性には常に魅力である。

 「よろしく、頼むよ」
真田は立って握手を求めた。
その義肢の大きな掌がやんわりと未明の骨ばった、しかし美しい手を包み、彼女は
しっかりとそれを握り返した。
「―― 人類の、これからのために」
「…そうか……」
真田は少し驚いて、次に内心で微笑んだ。
(ついぞ、学からは聞けない科白だな――)
やつは、たとえどんなに意義があることとわかっていても、「興味の対象、科学の進歩」
としか口にしないやつだ。本心がどこにあろうとも、だ。
 科学を屈服させてやろうと想い続けた少年の日々――たとえ、本心がどちらにあろ
うとも。このような想いは真田を安心させる。
人を殺すのも科学技術なら、人を生かすのもまた、それ。
(俺は常にリエに遠く及ばない――佐渡先生にも。ユキにもだ…)
それは、自嘲も含めた真田の真摯な想いである。
 「よろしく、頼むよ」その言葉を、学が受けて「任せてください。サンプルの、正
確な、多用なご提供を期待しますよ」と、言った。「あぁ」

 去っていこうとした真田は、背後に学の呼びかける声に立ち止まった。
「真田さんご自身は、試してみられないのですか? 善い結果が一つ出たのです。
これからどうなるかはわからないにせよ、遠慮される必要はありませんものを」
「何のことだ?」肩から問い返す。
「――ご結婚、されて。長いのでしょう? ご自身のお子さんは、お持ちにならない
のですか、ということです」
真田の肩が、はっと震えた。怒り? 横で眺めていた未明は瞬間緊張したが…。
「それとも、もう少し経過を見てからになさいますか?」
追いかけた言葉はあまりに無神経に響いた。
「杜裳能さんっ」そう思ったか、未明が止めたが、真田は片手を上げてそれを留める。
「――俺には、人の子の親になる資格はないからな…」
「真田さん…」未明がつぶやくようにそう言った。
 「不躾なことを申し上げました――忘れていただければ、幸いです」
深く叩頭して、学は真田にそう言った。
「……いや。当然の疑問だろうからな――また、来るよ」
2人が並んで最敬礼するのを、真田はもう振り返らなかった。

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 「――何を、お考えなんです」
真田が去ってたっぷり1分ほどじっとそのまま動かなかった2人だが、咎めるような
口調で未明がそう学に問う。
「別に。私は思ったことを口にしているだけだ」
「それには、あまりに失礼だと――」
未明の口調は固い。
「うるさいっ……君が口を挟むようなことではない」
怒鳴りはしなかったが、口調は鋭い。だが、その中にイラつきは感じられない。
 「私と真田さんはな――そんなことで崩れるような関係ではない。失礼、か。凡人
みたいなことを言わないでくれたまえ…」
こういう時、杜裳能学は少しマッドサイエンティストの気配がある、と未明は思う。
だがそれも無理はない――ありあまる才。それを引き出した環境、そして戦争。最大
の努力を求められ、その成果を認められ、そして真田と出会い――加えて杜裳能かれ
稀有は、自己を意思の力で抑えることのできるバランス感覚を持っていたことだった。
 けっして、科学万能主義ではない――。
 不思議なことだが、杜裳能学は違うのだ。あまた天才と言われた人間たちが陥った、
知識欲求と科学の完成という罠に――このひとだけは陥ることは無いと見えた。
だが。
先ほどのように、相反する言動を取ろうとする。
それが、真田への甘えなのか、対抗心なのか――未明には、判断がつかなかった。

 「これですわね…」
先ほどの一言を忘れたように落ち着いた横顔をグリーンランプに暗く見せている学の
横へ未明は近づいた。
「あぁ……これが、FILE 01の第一のサンプルだ……」
その、灯りに浮き上がった表情に何の感情も読み取れない。
深い想いも、喜びも、憎しみも――あるいは考えすぎなのかもしれなかった。
 無音の闇が、あたりを覆っている。


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 ん…。
 ふと気付くと、手首をつかまれ唇が自分のそれに触れている。
一瞬、固くなったにせよ、未明の開いている方の手は相手の肩に伸び、そこにしなや
かにかかった。
 暗い中――しばらく不思議な時間が過ぎる。いつものように――。
共有の闇を持つ同志――人の命を弄ぶつもりは毛頭、無い。だがどうしても、神なら
ぬ領域に手をつけ、踏み入ろうとし、宇宙の神聖を犯す。
その意識はどこかにあったのだ――。
 は、と息をついて顔を見合わせ、まだゆるりと背の高い腕の中にいて互いの目を覗
く。――なんともいえない光が、闇にほど近い実験室の中、揺らめいていた。

 「君は――古代艦長を、好きだったのだろう」
こくりと未明は頷いた。
「えぇ……そうね。ずっと」
「告白、しなかったの」
「……えぇ。――あの人がユキさんを選ぶことは最初からわかっていた」
だが、古代は。未明の想いに、気づいていた。
――朴念仁、不器用、恋愛オンチ…。仲間たちにさんざんからかわれつつ、多くの女
性たちのアプローチから純情を守りぬいた青年。ユキ以外に沸き目も振らず、彼女を
愛し続けた伝説のヤマト戦士。
 だが、古代とて、心が揺れたことがあったのだ。ただ1人に対してだけ。しかも一
瞬――それは自分だけが知っていれば良いことだった。
あのヤマトの時代――あのふねの中で。言うべき時も無く、獲得すべき相手
でもなかった。古代進は最初から森ユキのものであり、それ以外の何ものでもなかっ
たのだから。そして森ユキはまた、未明の上官であり、尊敬すべき少女だった。

 諸塚未明は、古代進を忘れようと思ったことはなかった。
敢えてほかの男に恋愛を求めず、そして単に忘れる機会を失っただけだった。
――求める途を見出して、それにまい進する5年間。そして、この立場の中で、戦い
の続く地球で生き残るための5年間だったからだ。
 (杜裳能学は私を愛しているだろうか――)
 そんなことは求めてもいない。求められても返せないからだったかもしれなかった。
 彼は、同志である――男として好もしいとも、思う。
だからといって……いつか消えるだろうか。昔、憧れて、次には恋し、そして、偶像
となり愛すべき青年となり……そして現在いま、研究の対象となって目の前に下り
てきた古代あいての存在が。

 杜裳能が出ていった部屋でデータのバックアップを取りながら、窓に寄り、小さく
覗ける星空を見上げた。
あの宇宙そらんだことを思い出すこともある――憧れも、今でもあるわ。
 未明は宇宙を、けっして嫌いではない。地上の喧騒より、好きかもしれなかった。
実験室の静けさの中に――あの星の世界を感じることもあった。

 だが。
 彼女は胸に手を当てて、宇宙そらを見上げる。
今頃は、自身の初めての赤ん坊を抱き、妻への愛をさらに自覚し、そして幸せに満ち
ているだろう艦長代理・古代進――。

 かれの胸には見えない数字が刻まれている。」

 それは、彼自身も知らない、誰にも予測し得ない、数字である。
宇宙放射線病に短期とはいえ冒され、数々の疾病と未知の環境に体を晒し。
それでもなお、戦い続けた“戦神”の、寿命を示す数字だ――。

 刻一刻と、刻まれていくのだろうか。
彼の、命の数字は――。
もしかしてそれは、杞憂なのかもしれない。
健康に、人生をまっとうして、人として幸福といわれる歳まで生き続けるかもしれず、
それなら私たちの出番は、無い。
 だが未明は――。

 華奢とも見える古代の容姿が、ふと星の中に思い浮かんだ。
今はおそらく――メディアや週報で見る姿は、艦長が板に付き、年齢を超えた貫禄を
身につけつつある。相変わらず表情だけは少年のままのようで…恐らくは。
 眼光鋭い、あの眼差しを、職務の時は常に身につけていた。
医務室へやってくる時はいつもぶっきらぼうで。ただ、怪我をした同僚に向ける瞳は
限りなく柔らかく、そして班長に対すれば目はあらゆることを物語っていたのに、態
度はぶっきらぼうで……言葉少なく。
 そんなことすら思い出す。

刻まれる命の一刻一刻は、誰でも同じなのだ。
だが――。

 今日、新しく生まれた彼の後継者。それをまた…いや彼だけでなく、ヤマトのすべ
ての後継たちを。見守り、紡ぎ……私はなにをできるのだろう。
諸塚未明は、また一つ頷き、また少し、微笑んだ。

Fin


eden clip


――A.D.2205年 on the Earth
綾乃
Count012−−30 July, 2008


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背景画像 by「デジタル素材の部屋」様

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★TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』をベースにした二次創作(同人)です。
ただし、オリジナル・キャラクタによるヤマト後の世界の短編ですので、ご了承ください。
★この御題は、Abandon様からお借りしています。

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