After The Seconds'-War:Sachika



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 「佐々中尉、お客さまです!」
事務官がドアの外に立っていた。「了解、ご苦労でした」
(来たわね――)
葉子は立ち上がると、客人を迎えに部屋を出ていった。


 「お座りくださいな。何もないけれど――」
大きな窓からは発着のため整列している艦載機群が見えた。
防衛軍関東指令本部のカフェ。制服姿の人々が行き交い、明るい陽は遮光されつつも美しく差し込んでいた。
「――この光を浴びると、地球へ帰ったなぁ、と思うのよ」
ふふっと笑って佐々はそう言った。
「平和のありがたみもね」
 階級章の付いた上着と制服姿は、家へ訪ねて来たとき――スーツ姿も決まってはいたけれど、 なにかぎこちなさがあったから――とまた異なった印象をこの女性に与えていた。 ずっとリラックスしていて、ずっと似合っていて――そして。 この世界の人なのだということをその姿は雄弁に物語っていて、前にも増して気圧されるものを感じてしまう。 だとすると戦闘服を着た時はどうなのかしら。ふとそんな風に思う。
 “平和”――彼女がふとつぶやいた言葉は佐知香には重い言葉。 私たちが言う「平和」とこの人が肩に背負ってきた平和とは、本当に同じものなのだろうかと思う。
 佐々は右腕を吊っていた。
気遣う佐知香に、
「ふふっ、実はまだ完治していないの。お家へ伺った時は、ちょっとしたやせ我慢」
いたずらっぽく笑った。


 佐々葉子が置いていった手帳を、佐知香はおそるおそる開いた。 読む……というほどのことは何も書いていない、メモ程度の、白紙の多いノート。
 軍人の遺品の中でも書類の類は遺族へは戻されないケースが多い。 業務上の機密事項が書きとめられていることもあるし、それ自体が何らかの情報につながってしまうこともあるからだ。 佐々の手元にそれが届いたのは古代の配慮によるものだったが、もちろん佐知香はそれを知らない。 また佐々にしたところで、他の女性の名が書かれた加藤の遺品を、 そのまま自分が持っているのがよいのかどうか、判断しかねたといってよい。
 佐知香はここへ来る決心をするまでに、何度も何度もそのぼろぼろになった手帳を眺めた。 書き込みのあったのは、イスカンダルへの旅の前半が多く、それ以降は本当に何も書かれていない。 そこにこの人の存在がかぶさってきたのだとすれば、それも納得がいく。


 ヤマトに女性乗組員がいたことは知っていた。艦長代理・古代進生活班長・森ユキ のことはよく知られていたし、憬れのカップルとして若い女性はそんな究極の恋愛を夢見る。 たとえ現実はそんなに甘いものではないとはいえ(現に、二人はまだ機会を逸したまま、 結婚することもできないでいる)。生活班や医療班にも女性が従軍しており、 もちろん訓練校にも軍隊にも女性兵士はいるのだから、頭ではわかっていたはずだったのに。 三郎と同じ隊に女性戦闘機乗りがいるというのは佐知香の想像の外だった。
 ――あとでわかったことだが、この白色彗星戦ではただ一人。全艦においても女性乗組員は、 森と佐々の二人だけ……それほどに激しい戦いだったのだ。


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 「防衛軍は初めて?」
「ええ」佐知香ははにかみながら答えた。
「加藤は連れてきてくれなかったのか」
 地元だからか、佐々の口調もこの間よりはずいぶんくだけたものになる。
「ええ……それに、私たち、そんな関係では……」
隊への面会は許されていたし、官舎に出入りする人間もいたが、必然的にそれは、 家族や“特別な関係の人間”に限られてしまう。 ゲートでの出入りチェックがあり名簿を届け出なければならないし、 そのプレッシャーを超えて会いにくることになるからだ。
 「そうなのか……」佐々は意外だというような口調でそう言った。 「加藤はそうは思ってなかったみたいだけど」
だがそれも昨年までのことだろうと佐知香は思う。
 地球に戻ってきた時、あの人の心の中に私はいなかったような気がする。 月面基地からは戻ってこなかったし、いつも。優しくしてはくれたけど、 ついに私はあの人の心の中に入っていくことはできなかったから――。


 「それで」と佐々は促す。
「えぇ。お聞きしたいと思います」佐知香は勇気を振り絞ってそう言った。
 うなずく佐々。


 そこへ、「おーい」という屈託のない声がした。


 特徴のある声――確か星間テレビや何かで何度か聞いた――。
「艦長代理!」ぴっというような素早さで立ち上がり、敬礼する佐々。
「堅苦しい挨拶はいいよ、元気か」
「ええ。古代さんも」
「話し中、すまない」
「いえ」――古代進・ヤマト艦長代理だった。
 若くして伝説の人――。三郎さんの家に、挨拶に来られたとご両親からお聞きしている。 実直で、謙虚で、真面目な青年で、涙が出たとお父様がおっしゃっていた。
 「艦長代理、今日は?」
「……その呼称を引き継ぐことになりそうだよ。今、正式に任官してきたところだ」
「では、いよいよヤマトは」
「あぁ。島たちが退院次第、訓練航海に出発する」
「新しいヤマトですね」「そうだ。君にも知らせたいと思ってね」
佐々はちょっと笑って遠くを見る目になった。
 「こちらの美人は?」
といきなり振られて佐知香はどぎまぎした。マスコミで見る、 切れるようなエリート青年将校とはずいぶんイメージが違う。目つきの鋭さは隠せなかったが、 物腰は柔らかく、この明るい目をした好青年が、あのヤマトの鬼艦長代理とは。 ただ一艦で敵を撃破した、その人だとは、とても思えない。
 そして三郎さんが、一緒に戦った人――。
「古代さん、こちらは、山吹佐知香さん。……加藤の」
古代の顔がすっと曇る。
「あぁ」佐知香に向き直った。制帽を取り、姿勢を正して
「――古代進です」
 軍隊式の正式の挨拶をされて、佐知香は言葉が出なかった。
「加藤には、いろいろ助けられました。素晴らしい男でした――残念です」
それだけ言うと、沈黙した。まるで宇宙そのもののような深い瞳だと、佐知香は思った。
 すまない、と謝ってすむような単純な思いではないのだろう。それに、 私もまたそれを受け取れる立場でもない。三郎さんは、 私のことをこの人たちにどのように伝えていたのかしら。


 古代が忙しそうに立ち去ると、 「出ましょうか」佐々が立ち上がる。
「せっかくですから、見学していかれるといいわ」
 佐知香は佐々に続いて、訓練所へ降りていった。




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