After The Seconds'-War:Sachika



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juel line




 目の前をコスモタイガーと呼ばれる航宙機が発進していく。 こうしてみると飛行機と何も変わりはしないのに、これがミサイルを積み、 敵と交戦するのだ、と思うと震えが来た。
「寒い?」
佐々が気遣うのに
「いえ」と答えて。「佐々さんは、お怪我でお休みなのですか」
「ええ。まだ飛べるほどに回復はしていないの。腕がうまく使えないからリハビリ中よ。 ……でももうじき、また飛べるわ」
 そんなに飛びたいのだろうか。佐々の言葉の中には、空へ戻ることの希みが含まれているようで。 あんな恐ろしい目に遭ったというのに、少しは休みたいとか、幸せに暮らしたいとか、 思わないのだろうか。そして、三郎さんもそうだったのだろうか、と思う。
 「しばらく腕が使えないから、教官職の話が来てね」
佐々は佐知香の沈黙をどう思ったのか、話を続けた。
「来週から火星に行きます。――しばらくまた地球とはお別れ」
 驚いて佐知香は佐々を見た。
 傷も癒えてないのに、また、行くの?
 「今の地球には時間がない――余分な人材もない。航宙隊は常に人手が足りないから、 新人も育てなければならない――」
 言葉の外に(よく死ぬからね)というのが含まれているようで、佐知香はぞっとした。


 「それに、実戦の経験者というのは本当に、減ってしまったので」
それは軍隊という場の非人間的な部分なのだろうと佐知香は思う。 目の前にいる佐々も含め、現場の人間はそれに慣れていくのだろうか。 あの、古代すらも、未だに森ユキと家庭を築くことさえできないでいる。 このまま、先ほどの話のようにヤマトが発進してしまえば、またその幸せは遠のくに違いないのに、 古代にはそれを憂える雰囲気はまったくなかった。
 戦闘員でなく、しかしその場に従軍し続けている森ユキという女性にも、 会ってみたくなった。ヤマトの戦士たちを愛した女たちは、 いったいどうやって日々を生きていたのだろう――。
 だが、自分はその資格もない女なんだと思うと、佐知香はまた少し悲しくなった。


glass clip


 「少し歩きましょうか」


 発着場に沿って、格納庫の方へ向かう。 通りすぎる隊員や整備員たちが次々に佐々に敬礼をしていくのを、 佐知香は目を丸くして眺めていた。
「佐々さんは偉いんですね――でも、ヤマトの乗組員だったんだから、当たり前ですね」
 「・・・」佐々はふっと息をついて、「一階級特進――なんの意味もないわ、こんなの」
吐き捨てるように言った。
「現在の階級は中尉よ。生前の加藤さんの階級ね」
加藤は殉職だから二階級特進で“少佐”だ、と小さくつぶやくように言った。


 佐知香には中尉というのがどのくらいの位置にいるものなのかは正直よくわからなかったが、 士官の最も下の地位が少尉であるくらいは認識している。


 「加藤はね、勇猛果敢な戦闘機乗りだった――そんなことは新聞にでも、 ヤマト芸能番組にでも載っているわよね。でも、彼のうしろについていくのは安心で、 40機のコスモタイガーが全幅の信頼を寄せられる人でした。 ――そんな人はめったにいない」
 歩きながらぽつぽつと佐々は佐知香に語り始めた。 自分の中で言葉を整理しながら話すかのように、ゆっくりと――。
「でも正直、貴女に何を話していいのかわからないわ。訊きたいことがあれば何でも言ってね、 答えられる限りのことは、話せると思う」
 佐々の言葉につられるように、佐知香はふと訊ねてみた。
「三郎さん――お兄さんは、どんな人でしたか?」
「どんな人って、それは貴女の方がよく知ってるんじゃないかしら」
「……いえ。私の知っている三郎さんは、きっと本当の三郎さんじゃない、わ」
 いけない、佐知香は涙ぐみそうになって慌てて唇をかんだ。
「本当も贋もないんじゃないかな――加藤は、隊長はたぶん貴女の見ていた通りの人だと思う」
「どういう意味ですか」
「優しくて、正直者で、明るくて。いつも太陽みたいな男だったよ。 たとえ陰惨な戦場でもね」
「……そうなんですか?」
「あぁ。まぁヤマトのコスモタイガー隊はそういうやつ多いけどね。あれはなんだろうなぁ、 古代チーフの性格かなぁ……」
 居心地のよい仲間だったんだろうなと佐知香は思う。だからこそ、 あんなに戦えたのかもしれないのね――。


 佐知香は想像した。目の前にいるこの人が、一度雑誌かなにかで見たコスモタイガーの、 黒に黄線の入った制服を着て、ヘルメットをかぶり、戦闘機に乗ってひらりと飛び出す様を。 そして、三郎の同じ姿を。佐知香の想像の中で、その機体はどんどん集まってき、 まるで流れ星のように宇宙の彼方へ消えた――。
 「……最期の話だったね」
佐々は立ち止まり、ふたたび発着を繰り返す航宙機の方をみやった。
「どこまでご存知かわからないけれど――」と前置きして。


 三郎の遺体は実家へ還ってきていた。古代自身が挨拶に来た時に、 その最期の様子は家族の者に伝えられたはずだ。
「佐知香ちゃんにはキツいだろうし」
とお母様に言われたし、まだ辛い想いを抱えているご両親に、 さすがに同じことは訊けなかった。だから、想像するしかない。
 最後の最後まで戦って、生きていたことは知っている。報道されたことは、 仰々しい物語がつけられて、何度も、地球市民に伝えられたから。 果たしてどこまで本当か、わからなかったけれど――。
 「――白色彗星本体を爆破するために、決死隊が組まれたんです。 戦闘班の生存者で戦える者は全員参加した。砲術班も、戦闘機隊も、空間騎兵隊も。 もうそのくらいしかヤマトには残っていなかったから――」
「・・・」
「コスモタイガー隊の全員は、加藤の指示で帰りの足を確保するために、 敵宙港の中で機体を守って銃撃戦を行なったんだそうだ。 次々と倒れては炎上していくコスモタイガーの横で、加藤は、 古代機を守って最後まで生きていた数人のうちの一人だ。何人かは、 戻ってきた彼らを逃がすためにそこで死んだ――」
 佐々の口調が固くなった。――佐知香は耳をふさいでしまいたくなった。 まるで命と人とを何とも思わないように、分担が決められ、配置されていく人々。 戦いとは、なんと残酷なものなのだろう――。
「貴女にはキツいことかもしれないけれど、何かを果たそうとする時に、 生き残らなければならない人の優先順位というのは決まっているんだよ」
佐々は、ここまで言うか、と自分に問うたが、でなければ加藤が死んだ意味が説明できない。
「その人の専門、作戦の中での役割、様々な要素がある。軍人は、最初にそれを叩き込まれる、 みたいなものだ」
――自分も納得して戦っていたことだ。この人には、知ってもらおうと思う。
 「加藤は、古代艦長代理と、技術班長の真田さんともに、 白色彗星からの脱出に成功した」
「!」佐知香は息を呑んだ。……では、最後まで生きていたのね。それで、 ヤマトまで帰ってきたのね!
 「そう。ヤマトまで帰ってきたそうだ。だが……」
「死んだの」
「満足そうに笑っていたというよ。――私も古代さんから聞いた」
「何故!? 戻ってきたなら、そこで手当てすれば、まだ!」
 佐々は苦しそうに首を振った。


 「生きていた方が不思議だったそうだ。体中に銃創があって、背中は焼け爛れていた。 気力だけで保っていた――内臓も内出血して――破裂していたらしい」
 佐知香はぐっと吐きそうになった。


 最後に『加藤、着いたぞ』と言った古代の声が聞こえただろうか、どうだろうか。 その時の古代の気持ちを想うと、またたまらなくなる。まだ、 わずか1か月前のこと――。


 佐々の沈黙に佐知香も青い顔をしながらも、自分を取り戻した。
「満足していた、とおっしゃるのですか……」
だまって頷く。
「……私には、わかりません」
佐知香の頬を涙が伝った。――怒りか、哀しみか。自分でもわからなかった。 だけど、だけど。
「加藤は地球にとって大切な命を、私たちに返してくれた。――それがなかったら、 今の地球はなかっただろうし、それは加藤だけでなく、 死んでいった他の仲間たちも、同じだ」
 もう自分の中で折り合いをつけているのか、佐々の言葉は静かだった。
「加藤が古代と真田さんを守ったから、巨大戦艦との戦いに古代は赴くことができた。 ヤマトが生き残ったから、テレサはその魂に殉じたのだ――でも私は信じているけどね、 彼女テレサはどこかで生きているって」
「・・・」


 涙をぬぐって佐知香はうなずいた。
「あたしは、デスラー艦での白兵戦で重症を負って、最後の突撃に参加できなかった。 死に損ないなのよ――」
突然、佐知香は突き上げる感情に動かされて佐々の健康な方の手を取った。強い力で。
「だめ! 佐々さんは生きて! 三郎さんの分まで生きなくっちゃダメ」
佐々は少しびっくりしたが、ふっと笑うと
「ありがとう。貴女にそう言ってもらえると生きる希望が涌いてくるわ ――でもね、死にはしません。生き急ぐつもりもないわよ」
佐々は穏やかに言った。
「こういう商売してるとね、もちろんいつ死んでも仕方ないという覚悟はあるけれど ――死んでいったやつらのためにもね、生きて幸せになってやんなくちゃ、なんて思うよね、 ガラにもなくね」
ちょっとはにかんだような顔がキレイだった。
 でも。
 佐知香は思う。
(きっとこの人は、幸せなんて求めないんだ――三郎さんと同じように、三郎さんを想って、 ずっと星の海を飛び続けるに違いない)
直感だった。
 愛し、愛されるというのはこういうことなんだろうか――佐知香はやっと、 三郎の気持ちがわかったような気がした。


 ずっと自信がなかった。三郎に求め、憧れ、守られることに慣れていた。 これまで、私は何を見ていたのかしら。三郎さんは、それでも私を愛していてくれたのに。 この人とは違う意味でだけれども、ずっと大きな愛情で包んでいてくれたのに。 ――私は自分の足で歩き始めなければならなかったんだ。
 戦うことなんてできない、そういうことではなく。 三郎さんの世界に入っていけないと悲しんでばかりいたけれど、私は私の世界を作って、 それで歩いていけばよかったんだ。そうしたらいつか、二人は見つめ合い、 同じように手を取り合って歩くこともできたかもしれないのに――。
 傍らに立つ女性ひとを、佐知香はもう一度みやった。


 目の前から、一台の航宙機が鮮やかなラインを描いて飛び上がった。
「坂本のやつだな――相変わらず、見事な腕前だ」
つぶやく姿は、頼もしい教官であり、彼女もまた新しい現実を生きようとしていた。
 その操舵席に座り、三郎とともに星の海を翔ける彼女の姿を、佐知香は見たように思う。 そして、三郎さんがこの人を、どれだけ愛していたかも――。
 私も歩き始めなければいけない。あの素晴らしい人に、愛された女として。


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