客船にて

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 僕は姉妹2人にツインを使ってもらって僕が隣の部屋を使うつもりでいた。
2つの部屋のつくりはほとんど同じで、ツインとダブルの仕様になっているけ
ど、ベッドが違うだけで内装や部屋の大きさはさほど変わらない。そうしたら、
彩香ちゃんが、
「あらだめよ。お姉さんたちそっちのツイン使って。私が1人部屋になるから」
なんて言う。思わず顔が赤くなって、
「えぇ? 僕は1人でいいよ。2人でゆっくりしなよ」と言うと、
「まぁそんな今さら。お邪魔しないわよ」と妙に大人びた口調でそう言った。
「私がツインの方使って、お2人はダブルでももちろん良いけどー」
と笑う様子は、なんだか葉子さんが意地悪く微笑む顔によく似ていて、からかい
を含んでいたけど。
 僕らは顔を見合わせて、どっしよっか、と目線で話し合った。
 家族なんだしー。葉子さんは正直になることにしたみたいだ。
「じゃ、こっちのツイン、彩香に渡す。私たちこっち使わせてもらうから」
2面が外に向いている角部屋のツインの方が少し部屋の質は良い。1面だけが
外に接しているダブルの部屋、2つは通路でつながれていて間にバスルームや
小さなワードローブ、二重の扉があるという瀟洒な作り。ダブルの部屋の方に
はウェイティングルームが予備として付いてい、部屋から直接だけでなく、こ
こを通っても奥のツインルームへ行ける。
なんともホテルの最上級な部屋――もちろんそれよりすごく狭いけどね――
という感じだ。
 部屋割りを決め、そんな話をしながらウェイティングルームでお酒なんか飲
んでいると、部屋着に着替えてくつろぐより前にノックの音がした。


「はい、どうぞ」と葉子さんが答えた。
この部屋の名義は佐々葉子、になっているはずだ。もちろん乗船名簿は船長
なら持っているはずだから、3人の全員の名前も知れている。
皆、苗字も違うのでどういう関係だと思っただろうなぁ。
「失礼をいたします。ご挨拶に参りました」
落ち着いた声がして、扉を開けると、そこにきっちりとこの航空会社の制服制
帽を付けた人が2人、敬礼をして立っていた。
 すっと僕らも立ち上がり――今日は制服は着ていないのでラフな格好では
あるんだけど。出かける時はそれなりにきちんとした服装ではいる僕らはその
まま立ち上がった。一緒に立ち上がった彩香ちゃんは目を丸くしていた。
「この艦の船長を務めます、更科です」
「私は、客室担当員の茂木と申します」
2人とも実年に入った年齢だろうか。穏やかな風貌の更科船長は、ベテランと
いうような落ち着きを見せていて、僕らはいっぺんに好感を持った。
「佐々葉子様と加藤四郎様でいらっしゃいますね。それと、国枝彩香様」
僕らははいと頷いた。
「この旅はわが船をご利用いただき光栄です。地球まで短い時間ですが、どう
ぞ、お楽しみいただけるよう、安全運転と快適に務めますので、どうぞおくつ
ろぎください。詳しい設備の使い方やご希望などあれば、この茂木が承ります
ので」頭を下げながら丁寧な口調でそう言った。
「ありがとうございます。お世話になります」
にっこりと微笑む葉子さんは、とても魅力的で、とてもこれが日ごろ部下たち
を怒鳴り倒している戦闘員には見えなかった。
「あの――」船長が顔を起こしてくだけた表情になった。
「ヤマトのお二方と、そのご家族をお乗せできるなんて、光栄です。たまには
客船も良いものですよ、ぜひ、普段のお仕事をお忘れになっておくつろぎくだ
さいませ」
本心から、そう思っているように船長が言い、かたわらの、それより少し年若
いコンシェルジェも頷いた。
「お気持ち、嬉しく思いますーーでも。何に付け船は大好きですから。楽し
ませていただきますわ」柔らかな口調で葉子さんがそう言った。
「お気遣い感謝します」
と僕は言って、2人に敬礼ではなく、お辞儀を返した。

 「そろそろ火星を離脱いたします。もしよろしければ展望室へご案内いたし
ましょうか」と茂木が言い、「お二方には見慣れた景色かもしれませんが」
と付け加え、一同の笑いを誘った。
「いえ……楽しませていただきます」と僕は言って、葉子さんも
「私も戦艦ばっかりだから。火星を離れる時は作業で忙しくてゆっくり景色を
楽しむ暇なんてないんですよ、たいてい」
と言い、そんな会話を横で彩香ちゃんは興味深く聞いていた。
「ワープまでどのくらいですか」
と葉子さんが聞き、船長は顔をほころばせて
「1時間くらいの予定です」と答える。
僕らは顔を見合わせて、展望室へ行くことにした。
 あ、そのままで結構です、客室係りが片付けますから、と言い、手にした電
話で茂木が何か囁いて、5人は連れ立って部屋を出た。
船長自ら案内の先に立つのに、「大きな船ですのね――」感心したように彩香
が言い、葉子さんも興味深げに上へ向かう階段を見ている。僕は船の大きさと
強度を想像して、確かに高級客船の部類に入るのだなと判断した。
――この船長、けっこう切れ者そうだし。民間に置いておくのは惜しいな。

 「航海士が緊張していますよ」
と船長は歩きながらさも可笑しそうに言った。
「貴方がたが乗っておられるのでね、スムーズで安全な運行、というのがわれ
われ客船の乗組員の一番の目的であり信条ですからね。へぼなことやればバレ
てしまうわけですし」
楽しそうに笑う船長は、きっといろいろな修羅場をくぐってこられたのだろう
と想像した。
「最初から、此処ですか――」
と葉子さんが雑談めいて問うと、更科船長は「そうですね――ガミラス戦の
後できたこの会社で訓練を受けてそのまま就職しましたからな……。それでも
別科でしたが訓練学校に1年ほど通いはしましたが」
「そうだったんですか」
「あの頃、宇宙うみは安全ではなかった。いざという時に、誰も守ってくれは
しない、というのはうちの会社の常識ですよ――いや、軍の方の批判をする
つもりではありません。貴方がただってあらゆる場所であらゆる航路に目を光
らせているわけにはいかないのは当たり前ですからな」
「ご理解、感謝します」
そう言いながら、彼は軍隊が嫌いなのだろうと想像していた。
だけれども、僕らに向けられる好意は本物のようで、その所作や口調に皮肉な
ものは一切混じっていない。そう考えるのは人が良すぎるだろうか?
「ともあれ、噂の佐々さんが思った以上にお綺麗で素敵な方なので感心しまし
た。加藤大尉はお幸せですな」
人生、すいも甘いも知っているというベテラン船長から突然そう言われ、僕は
赤くなってしまった。
「は。ありがとうございます――」なんだか、ちょっぴり照れた。
我々の間のファンもきっと増えるに違いありません、なんていわれて。
「今夜のディナーはお部屋食もできますが、一日遅れのクリスマスもありまし
て、少々サービスもさせていただきますので。レストランへお出ましいただけ
ればわれわれも嬉しく重います」
特等客室の招待ディナーということは、ほとんど正式なパーティと変わりない。
僕はやはり彼女と顔を見合わせたけど、「出席させていただきますわ」と彼女
が言うのでそれを尊重することにする。彩香ちゃんも興味あるだろうし。
あぁ、ちゃんとしたスーツもってきておいてよかった。そうだ――民間の船、
というのはそういうものだった。
「では、ワープ明けの19時に第二ラウンジでお待ちしておりますので」
 船長はそう言うと、再び丁寧な礼をし、展望室の入り口を開けてくれると、
そのまま船長室へと下がっていった。


 展望室は半面がまるでガラスのようにみえる部屋で、火星が大きく広がって
おり、その向こうには火星の月・フォボスが、そして彼方に太陽と月、地球の
姿がある。
「うわぁー!」
まず彩香が声を上げてそれに見入ったが、そこにかなりの数がいたと思われる
客たちも、皆、一様に静かにそのパノラマに見入っていた。
僕は前に駆け出して中に入っていった彩香ちゃんに続いて、葉子さんの肩を抱
くと、2人でその中にゆっくり入っていった。確かに――これだけでも客船
に乗る価値はある。
 艦橋で常にその姿を見る人々と異なり、僕らの勤める格納庫付近からはほと
んど外の景色は見えない。舷側にある窓からもちろん覗くことはできるし、展
望室もあるけれども、火星の横を航行する時に景色を眺めていられるほど暇な
わけはないし。指揮官でもある僕らはもちろん艦載機指揮室からモニタで眺め
ることが多いけれども、この景色を生で見られるのは艦長と航海長たちだけな
んだろう、とそう思う。
 だから。僕らにとってもそれは新鮮で、美しい眺めだった。

 人々の後ろでそっと僕らは寄り添って立ちながらそのパノラマに見入ってい
た。
「火星――って。なんだか縁のある惑星ほしだわね」
葉子さんが肩に寄りかかりながらそっとそう言うのに、僕は頷いてそうだねと
言った。
宇宙か――美しいなと思う。
コスモタイガーでその中を飛ぶのもそうだけれども、この母なる宇宙がその腕
に抱いてくれる星たち。その一つが地球。
「――守らないと。この火星の景色も、太陽も。そして私たちの、ふるさと
も、ね」
少し見上げる目がとても真剣味を帯びていて、その部屋の柔らかい光で黒い目
の奥が反射して光った。僕は誰も見ていないだろうのを言いことに、その唇に
そっと自分の唇で触れると
「そうだね――君たちはそういう仕事に就くんだ」
「うん……精一杯、やるわ」
ここにいる人たちや――この船や。
そういうものを守るためにでも。
貴方や、妹や――そんな人たちを守るために。
 またちょっと肩に乗った頭が重みを増して、温かい温度が僕を包んだ。



 
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