客船にて

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 国枝彩香――21歳。火星基地に勤める普通のOL。
でも、普通じゃないのは、普通でない姉と兄=その恋人を持っていること。
このままお兄さんの視点で進んだのでは、何が凄いかわからないだろうから、
ここからはしばらく語り手交代。
 これまでの休暇の仲でも一番幸せで驚きの連続になったこの2006年の冬。
最初はクリスマス・イブ。彼氏いない歴更新中の私に、突然四郎さんからデー
トのお誘いで、火星に着いたからって言って素敵なディナーをプレゼントして
くれたこと。それはもちろんお姉さんのアイデアで、翌日クリスマス当日には
お姉さん自身がやってきて3人で幸せで自堕落な一日を過ごした。そして、取
れるはずなかった地球行きの帰省の便、しかもこんな豪華なチケットが取れて。
スウィートルームみたいな2間続きの豪華なお部屋に、船長さんじきじきに挨
拶されて。単に地球へ帰省する、というのもかなり久しぶりだった私。
行きたいなんて積極的に思う実家でもないと思って、自立するつもりで家を出て
から戻ったのは数えるほど−−でもお2人に会ってからなんとなく、懐かしくて。
そう思ったら、地球という生まれ故郷を、こんなに懐かしく思っていたことを
ふっと知ってしまった。……で、お姉さんたちとの旅は、何から何まで、特別な
気がして、とても幸せ。…もちろん、特別だから幸せ、というわけではないのは
わかってもらえると思うけど。
 それで、ワープも終えていよいよディナー、ってことになった。

 絶対、これ。自慢できちゃうわ。
お姉さんも四郎さんも今ひとつ自覚がないんだけれども。
2人ともどこへ出しても恥ずかしくない美男美女ぶりで――確かに四郎さん
は頭はほぼ丸刈りの軍隊カット(角刈りっていうのかしら)だし、お姉さんは
右頬に銃弾の傷なんてあって、薄い火傷のあとが首まで残っていたりはするけ
れども。
2人とも目鼻立ち顔立ちはすっとしてて美しかったし、正装して並んだ姿は、
どういったらいいんだろう。その真っ直ぐな魂の美しさとか、日ごろの鍛錬の
賜物とかいうのだろうか、身体も凄く綺麗だし、その洗練された動作もあって
まるで軍人というような感じはしない。
それに――お姉さんて、なんて綺麗なのかしら。
 どういったらいいんだろう。苦労したからかしら――例えば美人という意味
では、友だちの奈菜美や紗智なんかの方がずっと美人だと思うんだけれど。
姉さんがいると、ほかの人たちがかすむ――あれをオーラって言うのかしら。
 現に、キャビンに入った途端に……ほとんどの人たちが振り返ったり目を上
げて、お2人に注目した。その動くほうへ視線やざわめきが動くのがわかるく
らい。
――そうなんだ。特別な人たちっているのよね。
 薄い紫のロングドレスをきれいに揺らしながら歩いてく葉子姉さん。
肩には透明なシルバーのスカーフをかけて(ミンクっぽいふわっとした白の暖
かいマフは私に貸してくれたから)。歩く姿がとても綺麗だ。
ダークグレーの背広にちょっとチャコールブラウンの入ったパンツスーツ姿の
四郎さん。一応、ベルトはバックルのついたもので、カフスもきちんとつけて
いる。タイだけは略式というか、スカーフ風のものをあしらっているけれども、
これは航空隊の黄色いスカーフを想像させて、四郎さんにはいやってほど似あっ
ていた。お姉さんが今年プレゼントしたんだそうだ。
部屋中の若い女性たちの目がハートになるような気がした…もうっ。失礼しちゃ
うわ、私やお姉さんが傍にいるのに。

 お料理は地球の原材料と火星や土星の名物を使っているということで、そう
いえば四郎さんがイブに飲ませてくれた「土星ワイン」がカクテルの中にあっ
て、思わず目を見合わせて笑ってしまった。お姉さんもこの土星酒は飲んだこ
とがあるみたい――というか、けっこう好きなんだって。ぐでんぐでんに酔い
たい時はいいわよ、なんて言って、その日は手に取らなかった。
 のんびりくつろぐ――なんて言っているくせに、船の様子をなんとなく気に
しているのは、苦労性なのかもしれない。四郎さんは気にしていないみたいだ
ったけどね。
それでも、「もうじき火星の引力圏を抜けるから、音が変わるよ」なんてふと
口から出てしまうのは――やっぱり航海士さんは緊張するかもしれないわね。

 生演奏の音楽付きのディナーは本当に夢みたいだった。料理は美味しかった
し、宇宙での話なんてさんざん2日間で聞いたというのに、不思議な話はいく
らでも知っていて。四郎さんてけっこう話じょうずなんだな。
――基地の人たちからは、明るいけど無口、なんて言われていたのにね。
そう言うと、「昔、小さな子を惑星で育てる手伝いしたことがあってね」
と笑いながら。
「絵本を読んであげたり珍しい話をしてあげるのは僕の担当だったんだ」
なんて言うから、へーと感心していたら。後からきづいたけど。私ってその幼
児並みってわけ? まぁ、いいけど。
 メインが過ぎた頃、明かりが落とされて、ムード満点になる。デザートの頃
になると、中央が開けられ、少しずつ早く食事の終わった人たちから、ダンス
の輪などできはじめた。それも生の楽器が演奏してくれるから、なんだか本当
に良い雰囲気。
葉子姉さんは、「踊ってきたら?」なんて言って微笑む。
「え? あたし?」私は驚いて――でも実はダンスは得意なんだ。
だって、ずっとお教室通ってたんだもの。
別にパーティに出たり貴族趣味なんかないんだけど、社交ダンスはダイエット
にも良いし。お友のできにくい環境の私にはけっこう身体を動かすだけで楽し
かったからこの3年くらい続けている。残念ながらダンス教室には若い男の人
は少なくって、カップルで習いにくる熟年のご夫婦か、けっこうな年配の方な
んかが多いんだけど。でも時には基地の軍人さん――それも偉くてお腹の出
てるような方――が必要に迫られて習いに来る。でもね。直接の上司になる人
たちだから、一緒に踊ってても楽しくはないわよね。
 それで、えーでも。と緊張していた私。
だって。皆、パーティとか慣れてそうな人たちばかりで、そしてクリスマスシ
ーズンだということもあって皆、とてもお洒落で決まっている。何組かフロア
で踊っていたけれども、スタイル自慢腕自慢の若いカップルか、けっこうな熟
年の落ち着いた方たちばかりで。
そうしたら、四郎さんが立ち上がってすっと手を出してきた。
「彩香ちゃん、踊ろうか」胸の前で軽くお辞儀をして、エスコートしてくれる。
えええ。どこでこんな作法マナー覚えたんだろう、四郎さんてば。
テーブルに肘をついたままワイングラスを片手に微笑んでいた姉さんは。
「四郎はダンス得意だからね、一緒に踊っておいで」
とにっこり笑っている。姉さん踊らないの? ひらひらと手を振るので仕方な
く四郎さんとフロアに出た。

 ダンスの輪ができ、けっこうな人たちが腹ごなしもかねて出てくる。
 正式なパーティというわけじゃないし、船の中だから、それはもういろんな
人たちが。けっこう気楽に踊れて、四郎さんのリードは抜群で、なんだかぽお
っと夢見心地。

そうするうちに1曲、軽くワルツって雰囲気で終わり、若い(といっても四郎
さんよりは絶対年上だと思う)男の人が自己紹介しつつ、ダンスを申し込んで
きた。どどどうしよう。こんなの、慣れてないっ! 内心パニくる私。
 四郎さんを見たら、にっこり笑って、踊っておいでと無言で言うようで。
 よく見ればなかなか良い感じの若い人で、四郎さんに挨拶する様子もかちっ
としていたし、特別かっこいいというわけでもないけど、この場にハマってて
落ち着いた感じ。−−火星に住んでいて地球には年末の旅行なのだという。
ふと見上げてみたら向こうの席からご両親かなと思うような上品なご夫婦が笑っ
ていて、その目線のやり取りを見て安心した私は、どうかな、と思った。
四郎さんが頷いたので、「お兄様ですか、少しお借りします」と丁寧に挨拶し
てくれるのも良い感じ。
 四郎さんからその方――寒河江さんといった――に受け渡されるように手
を取られて、またすっと中央に出る。
なんだか緊張してしまうけど、ダンスのステップを気にしなくても良い分、少
し余裕かな。それに女性に申し込むだけあるわ、この人、けっこう上手い。

 しばらくは当たり障りのない船や火星のお天気の話なんかをしていたのだけ
れど、「(お仕事は)何をやってらっしゃるの」思わず聞いてしまった。
「人と人をつなぐ、仕事――なんていうとキザかな」
そうは思っていないように笑って、その笑顔はなかなか素敵である。
特にハンサムというわけではなかったけれども(それはそうだ。四郎さんとど
うしても比べてしまうので)、感じよく、人あたりの柔らかさは心地よかった。
 「あの方たち、とても有名でしょう?」
確信を持っているように、寒河江はそう言って、彩香はふと思いつく。
「下心ありのご紹介なら、しなくってよ――」
ヤマトの…。地球宇宙軍の…。知っている者にはそれなりの地位と影響力を持
つ姉たちに、彩香もふと思い至る。寒河江はちょっと肩を竦めると笑って、
「あぁ…すみません。そんなつもりではなかったんです。でも。――素敵な
お兄さんだ」と言った。
「どちらのご兄弟なの? 加藤さんの方、それとも」
「私のきょうだいは姉の方よ――」
「そう」また静かに笑って、楽しそうに踊り続ける。
 「自己紹介をもう少ししよう。僕は今年30歳になります。仕事ばかりして
いてね――GFの1人もいない不調法者ですよ」
「ご両親と、ご旅行ですか」彩香はその口調に好感を持った。
「えぇ――親孝行の里帰り。火星に旅行に来たいというので招いて、地球ま
で送っていく処なんです」
「そう」
……幸せそうに笑っていたご両親。それを見るだけで、たとえどんな仕事を
していてもこの人は信用できるような気がした。
「“人と人をつなぐ”ってさっきおっしゃったわね」
「えぇそうですよ。いろいろな事業をやっているから、一言で業種を限定で
きない。だから――共通項を取ればそうなるかな」
彩香は興味を持った。
 「君は綺麗だね」
「え?」と突然の言葉に驚く。
「お2人はもちろんだが、この会場で目を惹く――目立つという意味ではな
いけど。僕は興味を持ちました。よろしければ、またお会いできませんか」
 え……突然そんな。彩香はどきまぎした。
 ちょうど曲が途切れ、寒河江はそのまま彩香をホールドしてエスコートする
と、葉子と四郎の処へ戻った。
「改めてご挨拶させてください、寒河江亮さがえ りょうと申します――彩香さ
んと、突然ですが。お付き合いしたいと思いまして。ご許可いただけますか」
突然、の挨拶に、佐々は表情を変えなかったがかなりびっくりしているだろう
ということは四郎には想像ついた。
「――妹の意思次第です」といつものとおりのクールな口調で。
 「いかが、しばらくこちらでご一緒しませんか? ご両親さえよろしければ」
「感謝します。少し喉が渇いた――1杯いただいたら席に戻りますよ」そう言
って、彩香に「何が良いですか」と訪ね、ジンジャーエールと、自分用にはジ
ントニックを頼んだ。
話してみると寒河江は面白い男だった。葉子より三つ上。四郎よりはつまり七
つほど年上だということになる。彩香とはけっこう離れているわけだが、すれ
ておらず、若々しかった。
葉子や四郎の仕事の話には触れず、どんなことをしているか、など話したあと、
それでもお2人の名は有名で乗り合わせられたことを幸運に思う、とも言った。

 また、曲が変わった。
 一緒に踊りましょうか……そう言って、葉子が立ち上がる。四郎がそれをエ
スコートし、寒河江と彩香も一緒にフロアに躍り出た。
 葉子と四郎が踊り始めると、やはり人々の視線はそこへ集まった。
足裁きや体の動きがやはり常人とは違う。それに――彩香も初めて見るが、葉
子の身のこなしは少し素人離れしていた。
曲が早くなり、速いステップのものが混じる。
(まだこれ、習ってないなー)、彩香は寒河江のご両親の席へ一緒に行くと、姉
たちの踊りを見守った。見事なステップを踏み、踊り込んでいく。プロのダン
サーが1組混じっていたが、それとも上手に絡み、うまく波に乗っていくのだ。
皆、ため息をついて眺めていた。
 そして…ラストはゆったりとしたワルツだ。
2人をはじめまたフロアにいた人々が踊り出す。
「皆さま――本日は本当にありがとうございました。最後のワルツです、どう
ぞごゆっくりとお楽しみください。皆さま、よいお年を。これにてパーティは
締めさせていただきます」
 拍手の中、音楽がひときわ大きくなり明かりはムードのある光を作り上げる。
ゆっくりとその波に揺られ、彩香はうっとりとそれを楽しんでいた。
寒河江には感謝している――3人でいる気遣いも、しなくてすむし。
カードに地球での連絡先を書いて渡した。――この間に連絡が取れればまた逢
うだろう。だけれどもそうでなければ…縁がなかったということにすればよい。
彩香はそんなつもりで。
 楽しい宵は更けて行き――地球へはあと、8時間ほどの旅である。


 
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