客船にて

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 「ねー、お姉さんたちやっぱりすごいわねー」
部屋に戻るとテーブルの上は片付いていたかわりに、少量のフルーツと、クッ
キー、ワインが『当船からのサービスです』というカードが付けられて置いて
あった。本当に小さくてカワイイXmasケーキも置いてある。
「わぁっ素敵」目を輝かせてまたそのソファに座ると、「ねーねー、食べよう」
と言う。
「あんまり食べると食事が入らなくなるよ」と四郎は一言言ったが、
「そうね。ワープに入る前にいただいちゃおう」と葉子さんもとん、と向かい
に座って。乾杯、なんてワインを開けた。
「すごいわよねー、船長さんがご挨拶に来ちゃうんですもん。さすがだわーす
ごいわー」と彩香は1人で興奮している。
「おまけに、夜はディナーなんでしょ? 困ったなー、私ちゃんとしたドレス
なんて持ってないのよー。でも行きたいしー」
と騒ぐので、葉子さんはくしゃっと笑って
「あの薄いオーガンジーのサーモンピンクのは? かわいくて素敵よ」
「えー、でも型が古いもの……」
「レモンイエローのサテンのやつは? シンプルできれいじゃない? コサー
ジュつけて私の白い肩掛け貸してあげるから上品だと思うけど」
「お姉さんみたいにスタイルよくないからなー。でもそれがいいかな」
と洋服に思案顔。
 そういうのを横目で聞きながら、“姉妹の会話だよなー”と思う僕。
自分は彩香ちゃんとクリスマス・イブ・デートした時のスーツでいいやと思っ
ている。それに、今年の葉子さんからのプレゼントのマフラーとカフスボタン
と…そんなんで。

 ワープに入る。
 なんだか新鮮だねー、とそこだけは通常の艦とは違う、惑星間航行船だとい
うのがわかる固定シートに並んで身体をつなぎとめながら。僕らは目を見合わ
せた。
戦艦の硬い自席のイスと異なり、それはまるでアームチェアのようにリラック
スできる、固すぎず柔らかすぎない座席シートだ。
「いろいろ進歩してんのよね」
「そりゃそうさ。民間はサービスと快適さがウリだからね」
「この船、どこ製だっけ」
「型式見たらNAMBUだったよ」
「ふうん。さすがねー」なにがさすがなんだか。こんな大きな航空会社のメイ
ン空路扱ってるんだから、やっぱり南部さんとこも凄いんだよなと思う次第。
 普通はリラックスできる服装を推奨されるんだけれど、僕らはやっぱりそこ
は逆で。何かあった時にいつでも動けるような格好に、という頭が働く。
だから敢えて着替えはせず――葉子さんはパンツスタイルになりたがっていた
が、そのスカート姿のまま、シートに座った。

 『ワープ5分前。各お部屋ごとチェック継続中です――』
慣れないお客さんもいるから客室アテンダントが部屋ごとに回るのだそうで、
ご苦労様なことだ。特に子ども連れや老人客は注意が必要なんだという。事故
がおこれば全部航空会社の責任にされるもんね。
「私たちは大丈夫です、慣れてますから」
と手近なマイクに葉子さんが告げて、客室乗務員の負担を少し軽くしてあげよ
うとしたが、やっぱりコンコンとやってきて、机の上にあった飲みかけのグラ
スや何かを全部さっと片付けていった。
そのまま置いておいても特にどうということはないが(水が消えたり、という
ことくらいはあるかもしれない)、それはここの決まりなんだろう。


 ワープが開けると、火星は遥か小さな円形のコインになり、月や地球が身近
に見えてきた。

 宇宙空間では距離を実感することはなかなか難しい。
 シートベルトをしゃかしゃかと外すと、2人の女性たちはさっさと身支度を
始めた。
彩香ちゃんも葉子も、それぞれの部屋でバスルームに。さっとシャワーを浴び
て着替える。
 お化粧は僕がシャワーを浴びてる間にするんだそうで、シャワールームから
出てきた僕は、正装してふんわりと立っていた彼女を見て、また(いつものこ
とだといわれそうだけど)驚いて目を見張った。
「きれいだよー。キスしたい」
「ダメよ、口紅はげちゃう」
「ちょっとだけ」
そう言って、軽く、肩を抱いてまたキスする。
そんな時――というよりもくつろいで、こういう綺麗な格好しても大丈夫な時
間に僕ら2人で居られるっていうことが幸せな気がして。
「でもね――四郎も、素敵よ」
ちょっと目元をぽっとさせて見上げるようにそう言う。
かわいい…んだよね。
上手な褒め言葉なんて出てこない、口はあまり上手くないヒトだけど。
心からそう褒めてくれるので。そして、自分が嬉しそうで。
「やっぱりそのカフスとスカーフ、似合うじゃない。タイよりもいいと思うな、
四郎には」
そう言ってくれたシルクのタイは、きっちりと首元を止めるようにはなってい
なくて、ちょっと略式。僕は庶民出身でこういうのは本当はとても苦手だけれど、
立場上、いい加減に慣れてきた。葉子さんは育ちが良いのか、そういう時の的確
なアドバイザーだから。
だってね。[連れがみっともないとイヤなんだもん]とハッキリ言う。
[どうせそんなにハンサムでもカッコよくもないし]と拗ねると
[そうじゃなくて――品の問題。顔やスタイルはしょうがないけど、品位とか
教養はその人の問題でしょ?]なんて言ってくれちゃって――。
[でも、十分ハンサムで素敵]なんて耳元で囁かないで欲しい。
本当に、そう思ってるの? いつも古代さんや宮本さんや南部さんなんかと一緒
にいてさ。
 彩香ちゃんは、派手ではないけど、やっぱりスラリとして綺麗なお嬢さんだ。
葉子さんの妹だけある。――2人並ぶと・・姉妹だなぁ。
 葉子さんは絶対本当に派手じゃない……どちらかというと地味な印象の人で。
それはユキさんや横田さんなんかと一緒にいるからそう思うのかな。軍の仲間
の中でもけっして目立つ顔立ちや姿ではないんだけれど――なんだか存在感が
ある。どうしても人目を惹くんだ。それは彼女にベタ惚れな僕の欲目なんだろ
うか???

 船の中というのは荷物がなくて気楽だな、なんていいながら小さなバッグだ
け持って。3人でキャビンへ向かった。
そこは本当に宇宙船の中か、と思うような豪華な空間で、もちろんスペースの
制限はあるものの、何十人かの人たちが着飾ってさざめいている。案内された
テーブルは小さく作られたステージのサイドにあって、会話はさまたげられず、
それを見るのも邪魔にならないという好位置。僕らが入っていくと、ほぼ客席
を埋めていた人々からざわざわとしたしわぶきと、目線が寄せられたが、それ
はすでに慣れてしまっている僕らは何も思わなかった。


 
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