客船にて

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「えっ、お姉さん、ダンスやってたの?」
「うん。言ってなかったっけ。昔、ちょっと選手権とか出たことある」
なぁんだ、そうか。
どうりで上手いはずだ。
本当は体操のために始めたんだけど、ダンスもバレエもフラメンコとかフォー
クダンスなんかも。一通りやったよ。スケートもそうだね。
へぇ……付け焼刃のお教室とは訳が違うわね。
そんなことないよ、中学で辞めてしまったし。
 部屋着に着替えてヒールで痛めつけられた足をほぐしながら、またくつろい
だ。
四郎は「艦内一回りしてくる」なんて言って、着替えるとさっさと出ていって。
のんびりしながら雑談している処――船内時間はもう夜中だ。


 おやすみなさい、という声を聞いて境目の扉を閉める。隣に彼女がいるとは
いえ、こうしてしまえばまた2人だけの空間だ。
「もうあと5時間くらいかしら」
「着陸態勢に入ってから長いからな、民間は」
「戦艦の加速というわけにはいかないでしょ――それに宙港の設備も違うし」
「…ん。だから、ゆっくりできるってこと言いたかっただけなんだけど」
僕はにっこり笑うと、彼女をまたじっと見つめた。
やーねと言ってぽっと赤くなる。
「普段もいいけど、たまにそういう格好もいいよなー」
自然、ほころんでしまう顔はたぶん傍から見えれば“やに下がってる”んだろ
うな。でもいいんだ、放っとけ。
するりとドレスなど脱いでしまって、ふわんとベッドに体を放り込んで、
「おやすみー」と短い睡眠に入る。彼女はきっと地球圏が見える頃には起きて
いたいと思っているんだろう。それは僕も同じで、何という理由はなかったけ
れど……何となく。戦艦乗りなんてそういうものだ。
 でも。
 ゆっくり眠らせてあげようというには、今夜の彼女はきれいすぎて。それに
体を密着させて踊った興奮がまだどこかに残っていた。
すっと手を出して首を抱きこむと
「ん〜、寝ようよ、もう」
「そうだね…」僕はそう言いながらも首筋にこっそりキスをする。
もうっ。四郎ってば。
くるりと振り向いて、くすりと微笑んでちゅっとキスしてきた。
そうなるとやっぱり2人の世界だ。――深いキスをしないではいられなくて、
お互いの手は相手の背から首から腰からやっぱりゆっくりと撫でながら、深くて
甘いキスを。
……あ。ヤバい。
ちょっとニラまれた気がしたけど…仕方ないじゃないかぁ。昨日いくらたっぷ
り愛し合ったからといったって。それまで僕らもうほとんど8か月くらい逢っ
てなかったんだから。
1日くらいじゃ全然足りなくて……やっぱり抱きしめて愛してしまいたい気持
ち――でも部屋は違うっていっても、隣に彩香ちゃんがいるんだしなぁ。
 内心の葛藤は見破られてしまったみたい。
眠れない? と嫣然と微笑まれて、眠れるわけないでしょ。
それから、2人が静かに――どうしたかは、内緒だ。


 すやすやと寝息を立てて愛しい人の体温が隣にある。
僕はそっとその眠りを妨げないように、その横顔を覗き込み、でもそっと髪に
触れた。
うん……ころんと腕の方へ入ってきながら、その小柄な体を預ける。
僕はたまらずに彼女の体に手を伸ばし……眠りを妨げるのを承知で着衣の外に
顕れている処に口付けた。服の上からその胸に手を伸ばし、まさぐる。
ごめん――やっぱり修行不足だよなぁ。
無意識なのかちょっとしかめツラをしたかと思うと、彼女はパッチリと目を開
け、「もうっ! だめじゃん」と言ってにらみつけた。
 あ…。
 でも次の瞬間には切なそうな表情に変わる。手は離してないもんね。
キス……してよ。だめ…だってば。
息が熱くなり、やめようとした手を掴まれた。
もう……責任、取んなさいよね。
 一眠りした後のけだるい時間。
何時だろう、宇宙行く艦の中。考えてみたらこんなのは初めての体験。
ヤマトの中では一度だけ――だがそれはガルマン=ガミラスの惑星の上だ。
……ね。ヤマトの中でしたことある? 一度そう訊いてみたけど、考えてみた
らあるわけない。僕が乗る以前は――彼女は男の手を知らなかったわけだから。
[似たようなことはあったわよ]何度か聞いた科白。気になる言葉。
誰がこの、彼女の寝顔を見ただろう? 兄さんなんだろうか? 古代さん?
 だから。宇宙船の中というのは考えてみれば興奮するシチュエーションで。
今ごろどの部屋でも、似たような状況なんじゃないだろうか。葉子さん自身は、
あまり、“妹が隣に居るから”とかいうのは気にしてないみたいで、そういう
処、おおらかっていうのかな?
 とろとろと遊んでいた僕らはまた深い睡眠に入っていく。
艦はほとんど揺れないんだ――宇宙に居るというのが信じられないくらいで。
そうして2人、また安らかに眠りについた。

 静かに広がる平和な海。
なぜか地球が近づいたのを感じた僕らは船内時間の明け方には起き出し展望室へ
行った。
窓外に青い地球の空間が広がってくる。
「大気圏突入の少し前にはお戻りください」
展望室に待機していた係官がそう言い、かなりの数の客たちに注意を促す。
「きれいね――」
つぶやくともなく葉子はそう言い、眼前のパノラマに見入る。
「コスモタイガーから見るのとはまた別の味わいだよな……」
「うんそれも好きだけどね」
肩に乗せられた手に自分の手を重ねて、また窓外を見入った。
(私も居るんだけどな――)
くすりと後ろにいた彩香が笑って、そんな兄姉の様子を見ていることも気に
する風でもない。
「やっと本当の、休みだな」四郎が言って、葉子の肩をそっと抱いた。
「地球か――久しぶりだわ」「ゆっくり休もう。今年の垢を落として、来年に備
えるために」
「そうね」
 「私たちの」「俺たちの」地球だ――。
その想いの深さを誰が推し量れよう。……後ろから見守る彩香にはわからない。
ただ美しい自分たちの星。

 船は地球へゆっくりと近づき、その青い大気の中に降下していった。
 西暦2206年の年が逝く――。12月27日、早朝。地球着。

Fin

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綾乃
−−28 (−30)Dec, 2006
「Fröhliche Weihnachten」3題、A.D.2206年
 
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