地球連邦図書館 宇宙の果て分室>第6回BOOKFAIR Valentineは星の果てにも

air icon 甘くすっぱい宇宙そらほし

・・The Valentine Day inn the Colony, 2207・・

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candle clip
= 5 =



 長い夜が過ぎた――。


 皆、それぞれの場所で。それぞれの位置で、待ち、動き、調べ、戦った。


 バレンタインの朝が明けた――。


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 佐々の腕のクロノメータが微かな光を発し、びくりとして彼女は薄闇の中、それを凝視する。 部屋の明かりは着けぬまま、ベッドに腰掛け、動けずにいたのだ。
 その夜、彼女が何を考えたのか、また考えなかったのか、知る者はいない。


 『――佐々』
「古河か…」務めて無表情に返した。
『――加藤が見つかった。無事だ』
「なにっ」はじかれたように立ち上がり、その言葉を聞き返す。
『……まだ私信だ。現場から逐次、情報入れてもらえるようにしていたんだ。 基地への連絡はこのあと行く』「古河……」
『佐々』――涙が浮かびそうになって佐々は困った。「なんだ」
『良かったな……』古河はそうだけ言うと、通信を切った。


 佐々はまたベッドに戻ると、明け方のわずかな時間、シーツに潜り込んだ。――少し、眠ろう。 いざというとき、役に立たないと困るから。――怪我はないのか、とか。 手か足か、どこか失ったんじゃないだろうかとか。重傷だったらどうしようかとか。
 現在いまはそんな心配はどこかへ置いておいた。……いいのだ。 生きていてくれただけで、良かった。戻ってきて、生身のヤツに逢えれば、 それで、よかった。


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 「それでな」
 加藤四郎は、いったいどこらへんが“行方不明で重傷”なんだ?  というように元気に葉子を包み込んで、おかしくてたまらないというように言葉を出した。
 うん。よーこさんだ。温かいし、かわいい。 そうやって心配そうな顔しててくれるのもなんだか嬉しいから、 しばらくこのままでいてもいいな――ひとの心配を他所に、 そういうふとどきなことを考えている加藤四郎なのである。


 実際、絶対絶命の危機に瀕していたことには違いない。
 あれから丸一日後。微弱な電波を発信しながら救助を待っていた加藤四郎とその機体の一部は、 半日の決死の捜索ののち発見された。酸素容量はギリギリ致死寸前。動かなかったのが幸いした。 自ら仮死をかけて生体機能を低下させ一か八かの捜索に任せての結果である。
 検査の結果、奇跡的に後遺症もなく、足を挟まれて肉を抉られた怪我以外には大きな傷も負っていない。 入院せよというのを振り切って「冗談でしょ」と、 とっとと約束どおりコロニーへやってきてしまっていた。……そこでたっぷりとソナ大尉や古代、 古河らにこづき回されるというオマケ付きだったが、恋人と約束どおり(1日遅れたが) 再会できるという事実には何者も敵ではない。


 ちゅ、とキスを頬にしたあと、鼻を髪につっこむようにしてくん、 と匂いをかいでくすぐったがられた。
「やんっ。あにすんのよっ!」
小柄な彼女は、四郎の体に包まれてしまうと身動きが取れない。いつも悔しい、 と思うのだが、腕の中にいて気持ちよいのは、まぁ恋人同士なのだから当たり前だろう。
 「ん〜。よーこさんの匂い」「すけべっ!」
「あっは。いいじゃないかぁ。“奇跡の生還”したんだぜ? もう少しいたわってくれても」
「十、分! 労わってるっ!! それに、皆さんにご心配かけたんだ。古代だって、古河だって、 もうっ。死ぬほど心配したんだぞっ」
 はいはい感謝してますって。お礼も言いましたよ、と四郎は言って、
「ん〜」と今度は唇にキスをして、さんざん喘がせてくれた。
 だってさ〜、あったかいんだもん。人間っていいよな。


 いきなり加藤が基地に現れて驚いた佐々だった。
 言葉が出なくなって、心の準備も何もできていなかった。 休みを貰って病院を訪ねようと思っていたのだ。詳しい報告も聞かなければならないし…… まさかいきなり現れるとは。
 ま、四郎は今回は、ちょっとした“英雄”である。基地はそれなりに大騒ぎになったが、 四郎はそれを振り切り、官舎を抜け出してコロニー内のホテルにいる。もちろん、 “バレンタイン用に”と予約したままキャンセルしてなかった部屋だったりもするので、 ちょっと甘い雰囲気でもあった。


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 ベッドでオヤクソクどおり温まったあと。
 外へ出る気分にはならなかったので、ルームサービスでたっぷりとお腹も満たした。 シャンパンに添えられたホテルメードのチョコレートが“この日” が何だったのかを思い出させてくれるだけで。


 「それで?」シャンパンのグラスをカチン、と合わせながら、 加藤四郎は悪戯めいた目を恋人に向けた。
「今日は基地中、けっこう大騒ぎだったね」
「あぁ…」加藤含め、全員が無事だったから基地はさらに大騒ぎする気分にもなったのだろう。 葉子が配った50個のチョコレートは歓迎され、四郎がその件に触れると葉子の機嫌が悪くなった。
 「あんなのは、いんだっ」ぷい、と拗ねる様子がかわいい。
「それで? 僕のは? 今年も、期待していいんだよね?」
珍しくおねだりしてみた。いつも葉子は、なんだかんだいっても四郎には“特別な” 何かを用意していたからだ。「四郎――」
 シャンパングラスを置いて、彼女はすり寄ると見上げた。
「ごめん」「ん?」「――無い」
え? ちょっと驚き。
「ごめん。無いんだ」「何にも?」「うん……なぁんにも」
 実は、予定はしていた。目処も立ててあった――だがこのコロニーの外れにある場所で見つけた、 小さな小物と人気のチョコレート。後者はもう売り切れているだろうし、 前者を買いに行く時間は無い。……四郎が行方不明になった昨日、それどころではなかったからである。
 四郎はくすりと笑って、葉子をきゅ、とくるみこんだ。
「葉子さん」「ん」……「“生きる”っていいよね」「ん?」


 訓練学校で飛行科を目指した時から、戦闘機隊に入って、実際にヤマトで宇宙そら を飛んで。最初から、“消えてしまう”ことへの覚悟はあったはずだった。――何よりも、 あの戦いで兄貴や鶴見さんを亡くした時に――あぁ、ひこーき乗りの命って、 こうやって消えちまうんだな、と思ったんだ。
 だけどね。
 飛べば飛ぶほど――“生きる”ような気がしていた。
 生きている、ということを実感した。
足の下から湧き上がる血と、空気の無いそらを切る架空の風。 そうして絶対零度の闇の中を、熱いエネルギーの塊となって飛ぶ俺たちの、命。
 それがまさに、“生きる”ってことなんだと――この板のすぐ外が“死” ってやつと隣り合わせだからこそ、俺たちほど生きてるヤツらはいないんじゃないかと、信じて。
 「上のバーに、行こっか。コロニーから直接外に開いててね。全天の星と、火星が見えるよ」
突然そう言って、四郎は彼女をエスコートすると、すとんと立たせた。


 「ねぇ、葉子さん」
「はい?」キレイな目が覗き込んでいた。少しきょとんとした表情がとても愛らしい。
 店の一方から天空に広がる全天の星を眺めて乾杯していた。 いろんな慟哭が過ぎて、再会の激情も、思いの丈を込めたキスもして―― ようやく普通を取り戻したこの人の、顔。
 「闇の中で――君の顔が浮かんだ」
「しろう……」
 絶対零度――完全な、無音。自分の血管の音が耳に響くようになると、 それは酸素がアラームを鳴らしている証拠だ。……不安、孤独。死というのはこうやって、 やってくるのか。そう思った、一瞬だけどね。四郎は笑う。
 「生きるんだ、って思ったもんさ――」
「四郎……だめよ、死んじゃ」「うん」
当たり前だ、とおでこをこづいた。
「生きて、還ろう、って思ったんだ。……此処へ、だよ」
ひょいと顔を下げて、指先で腹をつついてみせる。君の、中へだ。
「……」一瞬、きょとんとして、真っ赤になった葉子である。「なんっ! この、莫迦者っ」
「――へんな意味じゃないよ。葉子さんが、僕の命だってことだ」
いけしゃぁしゃぁ、とキメ科白を吐いてくれる。
 だから。いいんだ――君が、君自身が、バレンタインのプレゼントだ。
 もう一度、グラスを取って、乾杯した。二杯目を飲もうとしたら、手で止められて、 くいくい、と指で顔を招くのでそうしたら、テーブルごしにキスされた。甘い、シャンパン。 周りの席で気付いた人もいたかもしれないけど……天空を眺めるために明かりの落とされた店内では それも多くないだろう。なにより、四郎は気にしない。
 「だから、ごちそう、してよね」彼は言う。幸せそうに笑って。
「ん?」頬染めて、にっこり笑った葉子さんも、今夜ばかりは文句は言わないに違いない。


 そのままゆっくりと立ち上がって、エスコートする。するりと立ち上がって見上げた顔は、 幸福そうで。……束の間、とはいえ、2人の時間だ。ゆるりと肩を抱いて。 その店を後に、エレベーターホールの方へ歩いていった。夜は、長い。

【Fin】


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 = epilogue =
 
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この作品は、TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説(創作Original)です。

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