air icon 攻防・・@イオ基地



(1) (2) (3) (4) (5)
    


 
= 2 = 奈美なみ

 「いたわよっ。残存熱源を発見!」
飛び道具までありかよ、という話は置いておいて、女性たちも小1時間以上逃げ
回られた、などという経験はさほど多くない。
「ん?、さすが加藤四郎。やるわね、なかなか」
「そんなのんきなこと言っちゃいられませんよ、“司令”。このまま逃げ切られ
たらイオ基地の名折れですわっ」「そうね」
腕組みをして仁王立ち…とはいえ、姿形はかわいいまだ若い女性、、、“司令”
(このイベントに関しての、であるが)と呼ばれた女性は言った。
「よし、追いつめるわよっ」

 「こっち、まださほど遠くへは行ってないわっ」
声のする方で手招きする仲間に従う。
「こちらです、さっきあの方向へ…」横から飛び出したそのエリアの男性技官が
指差す方向に
「まぁっ、まんまと引っかかるとこだったわ。みんな、こっちよ!」
「待てっ、抜け駆け禁止よっ」「先輩。早いもの勝ちですって」
「なに?、まちなさいこのっ」
 女性たちの一軍が嵐のように通り過ぎるのに、
「先輩、こっちです、こっち。ここから」
……持つべきものは男の仲間である。
 先ほど嘘の情報を示した技官と、いま、目の前で抜け道を指示してくれている
事務官は加藤に同情して、女たちの猛攻から逃がしてくれようとしているのだ。
…それは加藤が、モテるくせにそれに驕ることなく好感度抜群(男にも!)なせ
いであって、加藤が振ってくれれば、自分たちの方にもおこぼれが回ってくると
思っている…わけではけっしてない(、はずだ)。

 
 ふぅ。
匿ってくれた仲間の執務室の机の下に情けなく潜り込み、ふぅと一息いれて壁
に背をつけ座り込む。
「加藤、頭あまり上げるなよ。通路から見えるからな」
「位置情報の混乱はこちらでやっておきますから」その前のデスクに座っている
若い男がそう言ってPCにアクセスするのを「すまんな」と声かけて。
 ほいよ、と入れてくれたお茶を床に座り込んだままいただいて、あぁ旨いと思
う。横に座り込んだ同僚は
「お前も大変だな」と苦笑いをして、「しばらくここでやりすごせ。部屋の者は
もう帰ってて此処には俺たちだけだから安心だ」「面倒かけるな」
四郎としては苦笑するしかない心境だ。

 本当に“イベント”なのなら、つかまってやってもいいか、と思わないでも
ない。
だが、本気が混じっていた場合はどうなる?
大事に思っている人を悲しませたり、そうでなくとも少なくとも誤解されたり
(やきもちなんか妬いてくれなくとも機嫌は悪くなるので。それで今度会った時
に“お預け”なんてくらわされたらたまらないし…)するのは勘弁したい。
まじで身の危険も感じるのである。
 それにしても…あぁ、逢いたいな。
そんな風に思ってしまう四郎である。
今日は2月14日。何故か宇宙時代に入っても全太陽系的に「バレンタインデー」
なのであった。

 だけど、いったいどうなっちゃったんだろう。
いい娘だと思ってたんだけどな。と、現在、“司令”として恐れげもないリーダー
シップを取っている相手――坂本奈美を思い浮かべ、加藤四郎ははぁぁ、とため
息をついた。
 だからといって、傷つけるわけにはいかない。だって、彼女は。

 再会した時は、こんなはずじゃなかった。

 
 「かとう、くん! いらっしゃい」

 着任して搭載された小型艇からCT機が下ろされるのを見守っていたところへ、
後ろから声をかけられた。え、と思って振り返ると。
「加藤四郎月基地司令補。ようこそいらっしゃいました、坂本です」
ぴき、と敬礼しながら、元気な瞳が笑っていた。
「――さ、坂本? 奈美ちゃんか」
破顔して、四郎は敬礼を返すと相手に手をさしだした。
「元気そうだね? イオにいたのか」
「はいっ。加藤くんも元気そうで」
 加藤「くん」はないだろうよ、相変わらずなんだから。と四郎は苦笑が表に出
るのを禁じ得なかった。

 確かにこのひとの兄は恩師のひとりともいえる先輩。年齢こそ2歳しか違わ
ないが、ヤマト幻の第二代戦闘機隊長として、特にデザリウム戦役での地上パ
ルチザンとしての活躍や、その後の後方支援では人後に落ちない活躍をしたエ
リートだ。坂本茂――ヤマトの先任でもある。
 “曲芸飛行の坂本”といわれたように、飛行技術ではぴか一なのは、誰もが
一目も二目も置く逸材。現在は戦闘参謀として火星で重要な役に就いており、
ときおり行き来があるという関係の四郎である。
 その妹・奈美なみは、戦後奉職して軍務に就いた。とはいえ戦闘員ではなく
その補助要員。オペレーションや医療業務、戦時シミュレーションやそれらの
データ処理を手がける専門職だ。訓練学校にも2年ほど基礎過程で行っており、
もちろん多少の実務もこなす。……最近、増えたタイプの軍人である。
 この坂本奈美は、四郎の居た月基地に研修で来て知り合った。頭の回転が
速くて、仕事はできる。なにより何にでも果敢で失敗を恐れない明るさは、兄に
よく似ていると思う。兄の持っていたある種の不遜さは無く、元気で。美人では
ないがくりっとした目がかわいく、何か相手を引きつけるものを持っていて人気
もあった……要するに、一目置きたくなる少女
だったのだ。

 どういうわけか、最初から奈美は四郎に構ってきた。
もともと兄・茂を通じて知己だったこともある。四郎も人柄に好感をもち、な
にかと面倒を見てやった後輩だ。
 ところで彼女には一つ悪い癖があり、“兄の後輩”というのを意識する所為か
四郎のことを「加藤くん」と呼ぶのだ。業務中はもちろん役職名で呼び合うこと
が多いからそれは無いが、ふとモードが切り替わると加藤“くん”。二つも年下
の女の子にそう呼ばれて、嬉しいわけは無い四郎である。

 「イオでは何を?」
「ん?」えへ、と奈美は堅苦しいよそ行き顔を脱ぎ捨てて肩をすくめ、腕を後ろ
に回して四郎を見上げた。
「えへへ。前と同じ――今は新戦闘機体の開発の手伝い……つまり。貴方の
お仕事をフォローします」
にこっと笑って大きな丸い目を見開いた様子はとてもカワイイ。
頬が紅潮して楽しげなのは、仕事に任された責任で興奮しているのか、それと
も四郎に会えて嬉しかったのか。
 「そうか。がんばってるんだな」
四郎は破顔して言った。「助かるよ、いろいろ、よろしく」
「こちらこそ。お会いできて嬉しいです」
その笑顔の本当の意味に気づくには、四郎にはデータが少なすぎた。

 
 
背景画像 by 「幻想素材館 Dream Fantasy」様 

イラスト by 「一実のお城」様 ほか

Copyright ©  Neumond,2005-09./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←tales・index  ↑前へ  ↓次へ  →TOPへ
inserted by FC2 system