air icon 攻防・・@イオ基地



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= 4 = 格納庫。

 頬に柔らかい感触と、ぼやんとした明かりの変化があって、はっと目覚めた。
(眠っていた?)
不覚。
その途端、目の前にあるものを掴み、それが人の腕だと知る。焦点の戻った
目に、人の顔のアップが映った。
 は、と声を上げそうになったのを、し、と開いた方の手が唇の前に指を立て、
それは坂本奈美だった。
 「ど、どうして。お前、司令は…」「しっ」
とまた声を潜めて真剣な顔で。
「……ここにはしばらく、誰も来ない。たぶん」
にこっと笑った目をして、そして真剣な表情になった。
 「坂本。…いったいお前、何考えてんだよっ」
状況を理解して、四郎はぷんと膨れる表情になり、奈美に言った。普段、年上の
こいびとには見せることのないような表情である。妹のような、気のおけない友
人でもある相手――気安さ、というのだろうか。
「――早く、状況解除しろよ。俺なんか生け贄にしてどーするつもりだっ」
抑えた声で、手首をつかんだまま、四郎は言い募る。
うふ、と奈美は笑った。「いいの? 私が大きな声を上げれば、皆、押し寄せてく
るわよ? そうしたら加藤くん、“生け贄”よ?」
 ぞっとしない考えだった。
 「や、やめてくれ…頼む」
奈美はまたいたずらっぽく笑った。
 ふっと沈黙が落ちた。

 目の前に奈美の真剣な目がある。
「――5分間。…話につき合って…」
え? と四郎は驚いた。「騒がないし、通報しないわ。だから、これ、離してよ」
つかんだ手首が赤くなって、もしかしたら痛みを与えていたかもしれなかった。
「ご、ごめん…つい」
「仕方ないわ…なんたって“戦闘中・敵味方”ですもんね」また奈美は笑った。
なぜか少し寂しそうに。

 
 「で? いいぜ? 俺、黙って言う事きいてやるよ。生け贄と……あと女の人
たちの前に引き出される、というのをやめてくれるんならな?」
「私たちのチョコは貰ってくれないの?」少し甘えた口調。
……そういえば、この娘は時々そういう話し方を俺や、兄貴にはしたな、と四郎
は思い出す。
少し、考えた。女性は皆、かわいいものだし、この基地は雰囲気も良い。いろ
いろ協力してくれた優秀で、優しく、明るい基地の女性たち。
「……ホワイトデーにお返しなんてできないからな。それでいいっていう人のだ
けなら、ありがたく」
「ほんと?」
本当に嬉しそうに、奈美は笑った。
 その笑顔がちょっと眩しい気のする四郎である。……若いな、とふと思って。

 そういえば、このはBFとか居るのかな? 坂本先輩ってあぁみえて
シスコンだからな。彼氏になる相手は大変だろうな。そんな風にも思う。
「君は、俺なんかにやってないで…本命はいいのか? 彼氏、いるんだろ?」
ふとそう訊ねると、え、と表情がこわばって……顔を伏せる。
え?
伏せた顔をゆっくり上げた奈美の目元には……涙が浮かんでいた。
 四郎は、焦る。
 「ど、どうした? さ…奈美ちゃん」

 

= 5 = 再び、奈美。

 「……本命はいいのか? 彼氏、いるんだろ?」
そう問われた途端、何故だかはわからない。急にいろいろなことが悲しくなって、
涙がわき上がってきた。
先ほどまで触れられていた手首が熱い。痛いのかしら? いえ?
 眠っていたきれいな顔。そっと頬に触れたら気配で目覚めてしまって…あのま
ま、伝えること伝えてしまえばよかった。だって、本当は。私は…。

 ふっと力が抜けたような気がして、体がふわりと動いた。
戦闘機に背を預けたまま片膝を伸ばして座り込んでいる加藤くんの上に被さる
ような格好になって…そして。

 
 ふんわりとした唇の感触は柔らかで、一瞬の戸惑いの後、加藤四郎は了解し
ていた。
(そう、だったのか…)
奈美は本気なのだ……あの時、出会って。そして何度かの邂逅、時々のメール。
会うたびに笑いながら、冗談のように言っていたこと。
“加藤くん、好きよ?”
あれは、そう、だったのだ――そして時折届く、あの“ご機嫌伺い”は、けっし
て友情を求めてのことではなかったのだ。
 だが彼女は聡明だった――それを匂わせた途端、自分が去ってしまうことは
察していて。だから、なのか。

 急にこの旧知の女性を、その心情を愛しいと思った。
大切に思う人ができ、その人の心を得てから、初めてのことだった。

 以前から知っていた――わかちあえるもののある相手。彼女自身を、嫌いで
はなかった所為だろうか?
……そして四郎だとて――やはり男なのだった。

 くい、と腕を引いて、触れた唇をそのままんだ。
柔らかく、しっとりとして、美味だと思う。舌がやわらかくおずおずと触れてく
るのを捉えて、されるがままに応えてやる。……肩が少し震え、息が少し喘ぐの
がかわいかった。

 「かとう…さ、ん」
ほぉと顔を離して切なげな目が訴えるのに応える術のない自分をずるいと思い、
そうして腕に抱き込んだ。
ぎゅ、と一瞬抱き込めることで、その先へ流れようとする本能を抑える。
 正常な判断力が弱まっているのかもしれない……疲れているのかもしれな
かった。
「奈美ちゃん……ごめん」
小さな声で、耳元に囁く。

 気づかなくて、ごめん。
 応えてあげられなくて、ごめん。
 なのに、こうしてしまって……ごめん。

 何も言いはしなかったのに、微かに首を振る様子が腕の中から伝わってきた。
「…しばらく、こうして、いて」
小さな声が肌を伝わってきた。
 四郎は柔らかくくるみ込んだままじっとその体温を聞いていた。
小柄で、元気で……馴染んだ相手とは違う匂い…。そういえば以前は。……
ヤマト以前は、そうやって幾人かの人を腕の中に抱いたのだ。
ただ、大切な想いは、汚してはならなかった。自分のものも、相手のも――そ
うして、遠く離れたあのひとのものも、だ。

 ゆっくりと腕を掴み、体を起こさせて、四郎は涙で汚れたその目を覗き込んだ。
「悪かったね……きみ。僕が気づけなくて」
ううん、と奈美は首を振った。
「言っても仕方ないし、嫌われたくなかったし。……お兄ちゃんみたいで、友
だちとしても好きだった。恋人にしてくれ、なんて、言えなかったんだもの……」
最初から。
「化粧直しておけよ、“司令”」
あ、と彼女は慌てた顔になった。「……これ」
 胸ポケットから小さな飾り物を出す。
「貰っちゃくれないわよ、ね…」
四郎はその小さなペンダントヘッドを見た。「ごめん…」
くしゃ、と彼女は小首をかしげて笑った。
「これなら、いい?」と小さなチョコレートを。
「あぁ」四郎は微笑んだ。
 「見つからないうちに行けよ」「そうね…」

 
背景画像 by 「Salon de Ruby」様 

記事中アイコン by 「一実のお城」様、「Kigen」様 ほか

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