air icon 攻防・・@イオ基地



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= 6 = 状況、終了!

 ぐいと涙を拭いた奈美は、もういつもの元気娘に戻っていた。
「どうやってこれ、収集するつもりだ?」
「――まかせなさ〜い」
すい、と翼の陰から立ち上がって。
「生け贄になんてしないから、私を信用して? ね?」
ウィンクしてみせる奈美に、不安はあったが……。どこかで終わらせないと、おち
おち外にも出られない。

 『こちら、司令の坂本である!』
奈美は通路のスピーカーを取ると、全館放送を行った。
『――加藤大尉を確保! 休戦交渉の結果、希望者はアプローチする権利を
保持する。ただし、一人30秒のこと。また業務上の理由からホワイトデーのお返
しは期待しない者に限る』
わ〜っ、とどこからか歓声が聞こえた。
 おいおい、だいじょうぶかなぁ……四郎は困った顔でため息をつく。…まぁ、
“生け贄”だけ勘弁してくれれば…。
『希望者は、全天候ドーム付属会議室へ集合。各人、健闘を期待する――なお、
協力いただいた志士たちには、それ相応の報酬を与えること。各監査/担当者
は心して準備・通達せよ』
――やれやれ。立派に指揮官が勤まるぜ、と四郎は両手を広げてその放送を
聞いていた。
(さすが、坂本先輩の妹ってとこだな)
戦闘員になっても、よい線を行っただろう。果敢で、物怖じせず、おおらかで頭
の回転も早い。

 
 奈美は、背後にいる加藤四郎の視線を意識していた。
 うまくいくわけはないんだ。最初から、期待できる恋じゃなかったんだもの。
でも、どこかで、終わらせなきゃ。どんどん好きになって、本当の気持ちも、伝
えないまま、なんて、あたしらしくない。
 このイオで。一緒にシゴトができたなんて、それでも嬉しかった。毎日がやり
がいがあって、そして、新型機のテスト飛行と、それの企画プレゼンをする加藤
大尉は、やっぱり憧れずにはいられないひとだった。
二人だけのそんな時間も、今日でおしまいだ…彼はまた、あのひとのところへ
帰っていってしまう。
 それなら。
 少しの可能性でも。
 少しでも好きでいてくれるなら。これまでの想いと、これからの希望と。

 後悔はしてなかった。
優しかったし。気持ちは無理でも…いま、応えてくれたじゃない? この一週間、
一緒に働いた。同じ目的をもって。それまで失うことはない、これからも。だか
ら、新しい恋を見つけるまで、この素敵な人を好きでいてもいい。もう迷わない
けど。
 皆が彼を好きだから。お祭りで終わろう。それがイオ基地の私たちらしい、送
別なんだ。

 『…状況終了、1900(いちきゅうまるまる)! 以上っ!!』

 「奈美ちゃん…」
加藤四郎が歩み寄ってきた。
「行こうっ」
手を引かれて、あぁ、と背の高いその姿が横に並ぶ。頭に手を置き、ぽんぽん、
と叩いて。以前のように、まるでもう一人のお兄さんのように。
「走るよっ」
なんだか涙が出そうになったので、駆け出した。遅れることなくついてくる加藤
四郎の、体温を後ろに感じているのはなんだか特別な気持ちだった。
 さよなら、四郎さん。また、逢いましょうね。こんどは、親しい友人として。
大事な、ひと。




 
 ふぅ。
 加藤四郎は、ザックいっぱいに詰め込まれ仲間たちと分けっこしたあと、それ
でも半分近く残ってしまったチョコレートの山を宿舎のベッドの上にどさりとひ
っくり返した。
(これ、どうするかな?)
手紙はさすがに全部受け取った。バッグの背面のポケットにすべて入れてある。
多くは一言と連絡先。

 くすりと微笑んで、胸ポケットにしまった小さなチョコを取り出した。
呉れようとしたのは小さな男性用ペンダントヘッドだったが。たとえ机の引き出
しの隅に放り込んでおいたとしても……それはカタチとして残ってしまうだろう。
四郎にはそれを受け取ることはできなかった。
くるりと包みを剥いて、ぽいと口の中に放り込む。ゆっくりと、ほの甘い香りが
口の中に広がった。
ゆるりと熱で溶ける。そこそこに堅いが、彼はそれを噛み砕かず、舌でゆっくり
と温めるようにした――なんだかちょっと妙な気分だけど。美味だった。
 一粒だけ。
 奈美ちゃんらしいな。
ぴりっと気が利いていて、潔い。
俺は――本当に、迷わなかっただろうか?

 いつも追いかけている年上の人。
そうして一生、俺は、あのひとを追い続け……そしてその先には? あのひとの
見る先には。追いつこうとしても追いつけるはずのない、大切な人たちがいる。
……あの星の海に。
(……)
 彼は立ち上がると特別回線を開いた。
『――地球へ……北米基地内αホテル』
コールはハイパー通信のシークレットに包まれ、自動オペレータに転換され転送
される。自転速度と地球の位置、そして現在の特定点の位置が計算された。
《……お留守のようです。いかがなさいますか》
先方のオペレータがつなぐが、これもコンピュータ音声だ。
『折り返し――特別チャージで。ナンバーは××××だ』
《了解しました……》

 今日はバレンタインだ。地球の裏側で――現在、北米基地はこちらを向いて
いて、偶然にもほぼ同時刻だった。
(どうしてる? きみ)
ベッドに腰掛けた四郎は、疲れの呼ぶそのままに、眠りの中へ落ちていく。

 ぴるる、ぴるる。

 微かな音が部屋の静けさを振動させた。
ちかちかとオペレーション画面が光を放つ。
――あぁ、あれは、折り返し通話だ。どのくらい眠ったのだろう。
薄明かりの中から四郎は、起き上がって、そこに画面の向うの愛しい人の姿を
見た。

Fin

 


 
背景画像 by 「Salon de Ruby」様 

イラスト by 「一実のお城」様 ほか

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