「古代――僕だ、覚えていてくれるかな」
それまで隅の方に座っていた父子がいた。話が途切れた処で寄ってきて、声をかける。
「村山奏――で、わかるかな」
「!?」これもまた驚きだった。目の前にいる、がっしりした体格の頑丈そうな男。 実直そうだが意思の強そうな目の硬骨漢が、あの、いつも図書館の片隅で本を読んでいて、 ひょろひょろしていたメガネ少年か?
「奏……くん、なのか?」
「あぁ。ススム。元気そうだな――活躍は知ってる」
膝をついて座り、グラスを持つと、
「俺は酒はダメなんだ、飲めなくて」と言いながらちょっと邪魔するよと言った。
「――僕は此処にいるわけじゃないんだ。ちょうど、これの(といって後ろの息子を振り向いた) 進級で戻ってきててね。古代の噂を聞いたから、是非逢いたくて、来た」と言った。
「どうしてたんだ?」あまりの変貌ぶりは咲夜にも劣らない。いやだが、 あの遊星爆弾飛来以来、地球のすべては変わってしまったのだが――しみじみ思う。
「僕のことよりもまず、息子が是非逢いたいというので、 失礼を承知で連れてきた。挨拶させてやってくれ」
あ、あぁ? と古代は後ろで堅くなって正座している息子を見た。――中学生くらいか?
「奏の息子さんか?」「あぁ」と顔がほころんだ。「といっても養子でな。亡くなった兄の子だ」
それはそうだろう……結婚が早かったんだなといっても年齢がさすがに合わないと思う古代である。
「女房は――アレで亡くしてな。一人息子だ」「?」
「アレってのは……地上占拠ん時だ。俺はちょうど九州エリアにいて――間に合わなかった」
此処にも犠牲者がいた。
もじ、と頭を下げた少年はやおら緊張した表情を上げると、「古代艦長っ!」と言った。 いきなりの緊張した若者の声に、一瞬、周りの目線が向いた。が、こういう仲間たちだ。 気を利かせて聞かないふりもできる。すぐにざわめきはもとに戻る。
「――ぼ、……私は。来年から訓練学校の予備役に入隊します。古代さんのような、 立派な宇宙戦士になるのが、夢なんですっ」
「名前は?」穏やかながらきっちりした口調で古代は訊ねる。
「はい――村山、和音。14、になりました」
14歳――戦時中の古代自身が宇宙戦士訓練学校へ入学した歳。いま、 その年齢で訓練学校へ入学してくる者は少ない――高校へ行けない専門学校生、 宇宙へ早く出たい目的意識の強い者、もしくは防衛に燃える若者……二極分化しつつあり、 今後の有用な人材を育てる意味でも、もとの防衛学校と若年から入れる専門コースの併設に戻そう、 という動きが出ている。
古代自身もその考えに組しており、だが入り口を閉ざすことにも反対していた。
「そうか…」古代は少し眩しげに少年を見た。「――決意は固いのか?」
彼と父親を眺めやる。“親子”というにはそれでも無理のある年齢というような気もしたが、 当人たちは気にしていない様子だった。
「はい」「……そうだ」2人が答え、また古代は
「そうか」と言った。がんばれ、でも、しっかりやれよ、でもなく。
「――和音くん」「はい、なにか」
「――俺は、君に憧れられるような男ではない」
「古代さんっ!」「古代、何を…」
「……俺は、多くの人を手にかけた。地球を、護るということはそういうことだ。 軍人になるということは、そういうことだ。今の地球は平和だと思われているが、 宇宙には多くの脅威がある」
「わかっています」彼は気合の入った表情でそう言った。
「――いや、わかっちゃいないよ」穏やかに、古代は続ける。「……俺たちは、 この正月が終わったら、外周艦隊として本格的な太陽系の守護に出る」
こくりと彼は頷いた。目が憧れで輝いているのがわかる。拳を膝の上でにぎりしめていた。
「……誰かを目標にするなとは言わない。それが、俺という虚像であっても仕方ない、 とは思う。そのイメージが確かに希望をもたらした時期がある。俺たちが沖田さんや、 兄の古代守たちをそうしていたように、な。だがね」
古代はじっと和音を見つめるとその両肩に手を置いた。
「――自分の理由を見つけることだ。自分が宇宙に出、何と戦うか。何を護るのか。 何を求めるのか、ということを。そうして、楽しみたまえ、君はまだ14歳なのだからな」
「そんなっ。私は、地球のために――」
いいや、と古代は首を振った。
その頭越しに奏と目が合う。父親の方は、古代の言いたいことがわかったようだった。 感謝の目を向けた。「ありがとう……古代」
同級生や周りの子弟から、古代に憧れて宇宙を目指す者はけっして少なくないのだと、 一計も話題に加わってきて言った。此処に残ったのは、故郷を護りたい、というのの一つの形。 家族も大事、だからいつでも帰っておいでよと女丈夫の麻由美が言う。
村山奏自身は、宇宙工学の技術者なのだそうだ。上級学校へは行かず、 大工のようなことから始めたらしい。もともと勉強は好きで、 細かいことをつめるのも好きだったのは古代も知る通りだったから、 あとは現場で鍛えながら少しずつ資格を得て、宇宙にも出たのだといった。
「月基地にしばらく居た――そこにお前の息のかかった連中がわんさといてな」
はにかんだように奏は笑った。
「……古代進ってやつが、どれだけの男か、改めて驚いたよ」
月基地――それは加藤三郎や山本明の力なのではないかと思った。あいつらと、 その息のかかった後輩たち……ほとんどが鬼籍に入っているが、それらがどれだけ俺と、 一心同体だったことか。古代は少し目頭が熱くなる気がして、目をしばたいた。