>KY100・Shingetsu World:古代進&森雪百題 No.61




故郷ふるさと


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 「古代――僕だ、覚えていてくれるかな」
それまで隅の方に座っていた父子がいた。話が途切れた処で寄ってきて、声をかける。
村山奏むらやま かなで――で、わかるかな」
「!?」これもまた驚きだった。目の前にいる、がっしりした体格の頑丈そうな男。 実直そうだが意思の強そうな目の硬骨漢が、あの、いつも図書館の片隅で本を読んでいて、 ひょろひょろしていたメガネ少年か?
「奏……くん、なのか?」
「あぁ。ススム。元気そうだな――活躍は知ってる」
 膝をついて座り、グラスを持つと、
「俺は酒はダメなんだ、飲めなくて」と言いながらちょっと邪魔するよと言った。
 「――僕は此処にいるわけじゃないんだ。ちょうど、これの(といって後ろの息子を振り向いた) 進級で戻ってきててね。古代の噂を聞いたから、是非逢いたくて、来た」と言った。
「どうしてたんだ?」あまりの変貌ぶりは咲夜にも劣らない。いやだが、 あの遊星爆弾飛来以来、地球のすべては変わってしまったのだが――しみじみ思う。
「僕のことよりもまず、息子こいつが是非逢いたいというので、 失礼を承知で連れてきた。挨拶させてやってくれ」
あ、あぁ? と古代は後ろで堅くなって正座している息子を見た。――中学生くらいか?
 「奏の息子さんか?」「あぁ」と顔がほころんだ。「といっても養子でな。亡くなった兄の子だ」
それはそうだろう……結婚が早かったんだなといっても年齢がさすがに合わないと思う古代である。
「女房は――アレで亡くしてな。一人息子だ」「?」
「アレってのは……地上占拠ん時だ。俺はちょうど九州エリアにいて――間に合わなかった」
此処にも犠牲者がいた。
 もじ、と頭を下げた少年はやおら緊張した表情を上げると、「古代艦長っ!」と言った。 いきなりの緊張した若者の声に、一瞬、周りの目線が向いた。が、こういう仲間たちだ。 気を利かせて聞かないふりもできる。すぐにざわめきはもとに戻る。
「――ぼ、……私は。来年から訓練学校の予備役に入隊します。古代さんのような、 立派な宇宙戦士になるのが、夢なんですっ」
「名前は?」穏やかながらきっちりした口調で古代は訊ねる。
「はい――村山、和音かずね。14、になりました」


 14歳――戦時中の古代自身が宇宙戦士訓練学校へ入学した歳。いま、 その年齢で訓練学校へ入学してくる者は少ない――高校へ行けない専門学校生、 宇宙へ早く出たい目的意識の強い者、もしくは防衛に燃える若者……二極分化しつつあり、 今後の有用な人材を育てる意味でも、もとの防衛学校と若年から入れる専門コースの併設に戻そう、 という動きが出ている。
 古代自身もその考えに組しており、だが入り口を閉ざすことにも反対していた。
 「そうか…」古代は少し眩しげに少年を見た。「――決意は固いのか?」
彼と父親を眺めやる。“親子”というにはそれでも無理のある年齢というような気もしたが、 当人たちは気にしていない様子だった。
「はい」「……そうだ」2人が答え、また古代は
「そうか」と言った。がんばれ、でも、しっかりやれよ、でもなく。


 「――和音くん」「はい、なにか」
「――俺は、君に憧れられるような男ではない」
「古代さんっ!」「古代、何を…」
「……俺は、多くの人を手にかけた。地球を、護るということはそういうことだ。 軍人になるということは、そういうことだ。今の地球は平和だと思われているが、 宇宙には多くの脅威がある」
「わかっています」彼は気合の入った表情でそう言った。
「――いや、わかっちゃいないよ」穏やかに、古代は続ける。「……俺たちは、 この正月が終わったら、外周艦隊として本格的な太陽系の守護に出る」
こくりと彼は頷いた。目が憧れで輝いているのがわかる。拳を膝の上でにぎりしめていた。
「……誰かを目標にするなとは言わない。それが、俺という虚像であっても仕方ない、 とは思う。そのイメージが確かに希望をもたらした時期がある。俺たちが沖田さんや、 兄の古代守たちをそうしていたように、な。だがね」
 古代はじっと和音を見つめるとその両肩に手を置いた。
「――自分の理由を見つけることだ。自分が宇宙に出、何と戦うか。何を護るのか。 何を求めるのか、ということを。そうして、楽しみたまえ、君はまだ14歳なのだからな」
「そんなっ。私は、地球のために――」
いいや、と古代は首を振った。
 その頭越しに奏と目が合う。父親の方は、古代の言いたいことがわかったようだった。 感謝の目を向けた。「ありがとう……古代」


 同級生や周りの子弟から、古代に憧れて宇宙を目指す者はけっして少なくないのだと、 一計も話題に加わってきて言った。此処に残ったのは、故郷を護りたい、というのの一つの形。 家族も大事、だからいつでも帰っておいでよと女丈夫の麻由美が言う。
 村山奏自身は、宇宙工学の技術者なのだそうだ。上級学校へは行かず、 大工のようなことから始めたらしい。もともと勉強は好きで、 細かいことをつめるのも好きだったのは古代も知る通りだったから、 あとは現場で鍛えながら少しずつ資格を得て、宇宙にも出たのだといった。
 「月基地にしばらく居た――そこにお前の息のかかった連中がわんさといてな」
はにかんだように奏は笑った。
「……古代進ってやつが、どれだけの男か、改めて驚いたよ」
 月基地――それは加藤三郎や山本明の力なのではないかと思った。あいつらと、 その息のかかった後輩たち……ほとんどが鬼籍に入っているが、それらがどれだけ俺と、 一心同体だったことか。古代は少し目頭が熱くなる気がして、目をしばたいた。


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 「また来いよ、ススムっ」
「古代くん、元気でね」「応援してるぞっ」
「いつでも魚食いに来てくれよな。もっともっとキレイな海にしといてやる」
――実際、此処を離れても海洋環境の研究にまい進している同級生なんかもいるのだときいて、 生き延びた連中のしたたかさと温かさに古代は改めて“故郷”の懐かしさを胸に刻むのだ。


 遠い距離ではないが車を呼んでくれた店の人に礼を言いながら、送りに出た一計、咲夜、 奏に進は「またな」ときれいな笑顔を向けた。
「逢えて嬉しかった」「ススム、お前の仕事。本当に大変だろうが、皆、本当に感謝してる。 がんばれよ」「同級生の誇りだ」「いつでも帰って来いよ」
口々に励まされ、感激屋の多い連中は皆、泣かんばかりだった。
――「古代、俺はたぶんそのうち会うこともあるだろう」奏が言った。「いちおう、 軍と仕事してるからな。逢えたらそんときはよろしくな」「こちらこそだ」
訊いてみたら奏の工作所は、進のふね・ アクエリアスを建造したMISIO工機でOEM技術を提供していたのだ。
――それに、息子かずねともそのうち会うのかもしれないな、 と少し嬉しい思いで進は思った。


 「……ありがとう」
古代は幼馴染たちの手を握りながら、身体の底から沸いてきた何かに包まれ、どこか芯の方にあった、 堅いものが溶けていくような心持になっていた。…酒の所為ばかりでは、あるまい。
「みんなが頑張ってくれているから――俺は宇宙に居ても、平気だ。此処は、俺の。 故郷ふるさとなんだな…」
「当たり前じゃないかっ」どん、と背中を叩かれて、古代はげほっと咽た。
だが気持ちは温かい。送りに出た3人の声もちょっと潤んでいるような気がするのだ。
「絶対に! 地球は、危ない目に遭わせない、約束するよ」古代は生真面目にそう言った。
「おう、あてにしてるぜ」
「だけど、無理すんなよ、お前一人が負うことねーんだからな」
少し心配顔の友人たちの日焼けした顔を眺めながら、古代は頷く。
 尽きない名残を置いて、車に乗り込む古代たち一家を、友人たちは姿が見えなくなるまで、 見送っていてくれた。


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 「おい、ユキ――だから言ったのに」
くてっと酔っ払ってしまったユキを抱えて、
「ねぇ、まぁま。どうしちゃったの?」心配そうに父親を見上げる息子に笑ってみせながら、
「ママはな。少しはしゃぎすぎちゃったんだよ。な、帰ってゆっくりしような」
「うんっ」
 守は来ていた息子娘たちの面々の中では最年少だったので(同い歳は何人かいたが)、 皆にかわいがられ、こづかれたり遊んでもらったりして、けっこうご機嫌だった。 庭を駆け回って遊んだり、小母さんたちにお話を聞かせてもらったりして、皆。 「お父さんの若いころそっくりねぇ」「キレイでいい子ねぇ」と言われて自尊心も大満足。 すっかり良い気分なのである。だからお母さんが眠ってしまっても、まぁいいかと、 子どもながらの鷹揚さで考えている。パパもなんだかとても嬉しそうだしね。


 「……ねぇ……素敵な人たちね」
古代の肩にもたれて眠っているとばかり思っていたユキが、ささやくようにそう言った。
「なんだ、寝てたんじゃないのか?」古代の声は優しい。
「ん……いい気持ち。なんだか、嬉しい…」
「あぁ――日本一の仲間で幼馴染の連中だ」
「……」答えがないと思ったら……すやすやともう眠っている。
 彼はくすりとその妻の髪を撫で、ふぅとエアタクシーのシートに身を沈めた。 これも疲れて寝入りそうな息子の頭に大きな掌を置く。
「……守。お前にも“故郷”があるんだ。父さんの仲間は、お前の仲間でもあるんだからな」
「うん…」まもるは目をこすりながらきょとん、と起きて、言った。
 「今日のおじちゃんたちも、おばちゃんたちも、好き。……僕にもいるよ?  南部のおじちゃんとか、相原のおじちゃんとか、佐々のおねーちゃんとか……みん、な…」 そのまままた眠ってしまった息子を進は温かい目でみやった。


 今日一日は、この思い出と、温かい故郷ふるさとに浸っていよう。
 皆、それぞれ逞しく生きている。俺が宇宙へ出っぱなしでいても、この大地と海を護って、 生きて、死んでいく仲間が、確かに此処にいる。
 ――それは古代にとって、何よりも確かな足許の感触のような気がした。


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 A.D.2208年――地球はまだ激動の時代を終えていない。
 地球防衛軍太陽系外周第7艦隊司令・古代進。冥王星以遠へ向け、旅立つ日は、 数週間後に迫っていた。


【End】
綾乃・拝
――May 2010〜01 Jan, 2011
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