此処ここから…


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 「おめでとうございます」
シャンパンのグラスを片手に、ゆるりと2人を見上げる土門に古代はこれ以上
ないというほどの優しい笑顔を返した。それもそうだろう、古代にとって土門
は一番弟子ともいえる男だ。艦長として最初に勤務したヤマトでの、最後の後
輩――そして命のせとぎわで自分たちを守ろうとして……生還したことは、多
くの部下や同僚を失い、数々の傷を負った古代にとって何よりもの救いであり
プレゼントだったのだ。
「土門くん……ありがとう」ユキの声もこころなしか潤んでいる。
パシャパシャとフラッシュが炊かれる。
 事情を知る多くの人々が見守る中、2人はさざめくように来賓の間を縫って
歩いていた。

 隅の方に、少し場違いかなというような集団がある。軍関係者や財界人、マ
スコミ関係者の大勢いる華やかな中、萎縮するように柱のひとすみに固まって
いる。が、遠慮なく料理はいただいているようで、なかなか逞しい人たちであ
る。
 「古代〜っ!」「おう、進、嫁さんどーぞよろしくっ」「こっちこいよー」
「ひゃぁ、もう凄い華やかでびっくりだぜ」「おうおう、地球の英雄」
「進く〜ん、こっちよ」
口々に騒ぎながら。男も女もいた。
ユキがそこへ近付くと、古代は「小中学校の同級生とか幼馴染連中」と紹介
する。「まぁ、三浦半島の…」「…あぁ」
日本で最初の遊星爆弾の被害にあった地域だった。
だから生き残りはわずかなんだ――だからこそつながりも深い。長い間、顔
見せにも帰れない俺のことを、今でも大切に思ってくれる。
 「ユキと一緒に行こうにもなかなか皆の集まる機会がなくてね…だから、
無理やり来てもらった」と笑う古代は少年に戻ったような笑顔を見せた。
 田舎の友人たち――孤独に思える古代にも、そんな仲間がいたことを、ユキ
は最近になって知っていた。そしてその仲間たちにもやはり、かわいがられ、
心配されているということを。そこにいるのは、地球の英雄でもヤマトの古代
でもない、内気で平和主義者で優しい正義感の強い少年だった、古代進という
男の、仲間たちなのだ。
 それにしても、噂や写真以上に美人だな〜。進、おめぇ本当に果報もんだぜ。
口は悪いが温かい人々……中心産業が農漁業の村だった彼らは現在、補償を
受けながら地球の環境復興のために尽力しているという。
「おれったちの生活もかかってっからなぁ」
「あなたたちの子どもが生まれるくらいまでにはね、海に魚が戻ってこれるよ
うにしたいよね」「がんっばっぺー」
わはは、と豪快な笑い声が湧いた。


 司会が立って明かりの色が変わった。
そろそろだな、と古代はユキに見返り、この人たちのいる場所でそれを聞こう
と思った。――全滅させられた地域の、仲間たちと。
「さて、ここで祝辞をご紹介いたします――」
司会の中盤は南部が受け持っている。どこにいってもそつなくそういうことを
こなすやつだということと、話術の巧みさで。
「……沢山のメッセージが、地球上のあらゆる地域、また遠く宇宙の彼方から
も寄せられています。すべてをここでご紹介することはできませんが、それは
軍広報のウェッブで特設ページを設けこのあと公開いたしますので、ここでは
一部をご紹介いたしましょう」
(なにっ! ……そんなの聞いてないぞ)
と古代はユキを見るが、彼女はくす、と笑っただけで諦めた。
「ではまず、地球連邦政府からの祝電を披露します。
『常日頃からの、私心なきお二人の任務に忠実なる精神と、わが地球連邦のた
めの尽力には多大な感謝をしています。この善き日、御2人のさらなる幸福と、
より輝かしい未来への一歩として、心よりお祝い申し上げます――地球連邦政
府・大統領××』」粛々とした拍手が送られた。
 「さて、どんどん行きますね。お、つぎは冥王星基地からです。
『――長すぎた春、もやっと年貢を納めるというので帳消しにしてやる。俺た
ちの女神を獲っていくツケは、幸せになることで許してやるぞ。古代進&ユキ、
万歳! これからも、ついていくからな! 冥王星基地、同期一同より。』
なるほど〜、古代さんだいぶ恨まれてますな」会場の笑いを誘う。
「アルファ・ケンタウリ――これは司令長官から『結婚式直前の花婿を拉致し
て、花嫁にはまったく申し訳ない。』という付記が付いておりました。
『長き春の喜びも今日この日に勝る日はなく――』・・・」
 それからも数々が読まれた。面白おかしいのやら、真面目なもの、定型のも
のもあったが、皆、心から2人の結婚を祝っているものばかり。
古代艦が立ち寄る辺境の中継基地などからも温かい言葉が寄せられていた。

 「さて」南部が言って、明かりが若干落ちた。
「進行スケジュールにはありませんが、ここで2種類のメッセージをお届け
いたします」 え? あれじゃないのか。進とユキも驚く。
「ここにありますのは、すでに亡くなった方の2通のメッセージ。
お2人のことについて触れられているものをご紹介します。それぞれの遺言
を託された方からご許可を得て、拝借して参りました。――にぎわしい
この場にふさわしいかどうかは関係者一同話し合いましたが、彼らは私どもに
はもちろん、主役の2人にとっても大切な人間です――なのでぜひ。ここで皆
さまにもお祝いの言葉としてお伝えしておきたいと思います」――南部の珍し
く真面目な声が響いた。
 「一通は、古代守さんの遺品の中から、最後に部下であった北野哲を通じて、
長官の下に預けられたものです」
『進――俺は最初に地球に戻って、あの小さかったお前が、こんな素敵な婚約
者と出会っていたことに驚いた。』相原の声だった。
『優しくて、包容力があり、知的で。
確かにユキは美人だが、彼女の美しさなどというものは、その美点から考えれ
ば、微々たるものだ――それにどうやら進。お前にはもったいないことに、
ユキはそんな素晴らしい女性であるにもかかわらず、お前にベタ惚れらしい。
 そしてユキ――俺の無茶苦茶な要求をものともせず、唯々諾々として秘書と
して働く君は、最高の同僚であり部下であるし――また、宇宙に上がったまま
帰ってきやしない弟にとって、どのくらい大切な女性ひとであることか。
――無事でいてくれ。2人とも、そしてこの危機が去ったら。
明日の地球を作るのは君たちなんだ。
 兄として、君たちが一緒にいてくれることは、何よりも幸せで素晴らしいこ
とだ。たとえこの戦いで自分の命が失われても、君たちだけは未来を築いていっ
てくれることを、祈る。そのために、地球は必ず守るからな。
――互いを大切に。そして、ありがとう』
 まるでそこに守がいるような気がして、彼を知っていた多くの参列者の間か
らすすり泣きが漏れた。
「――そしてもう一通」南部が続けて言った。「短いものです」
「……『ユキを幸せにしてやれ』
(島っ!)
古代はその声が聞こえたような気がして、そんなはずはないのに、スクリーン
の司会者の方を振り仰いだ。――そんなわけはない。手紙を読んでいるのは、
確かに相原である。
『……お前たちは、互いを見つけた。一緒にいることが必要で、自然だと思う
ようになったのはいつのことだっただろう。覚えているか? 俺たちが企画し
て、イスカンダルから帰ったヤマトの中で婚約式なんかやったよな。
地球の未来は、お前たちの子どもが作っていく――
ユキ――綺麗で大事な、俺のもう1人の親友。
確かに最初は惚れてたけど……あいつはあんなやつだけど、良いやつで
君さえいてくれればたいしたやつだ。2人で、幸せになれよ。俺もがんばる
からな』
ディンギル戦で殉職されたお2人の親友・故島大介副長のメッセージです。
最後の戦いの最中さなか、書かれた日誌の中に残されていました。
最近、見つかりましたものです…」相原の声も静かだった。
古代たちだけではない――よく涙もろい相原が泣かずに読めたと思うが、
そのあたりは通信班長の職業意識で押さえ込んだのだろう。
――会場中に、在りし日の島大介を思う嗚咽の声が響いた。


 
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