此処ここから…


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 「やっぱりユキさんてきれいね〜」
乙女たちの感傷はやはり花嫁に向く。
 南部美樹たち一党は、どうしてもその憧れでぽおっとしがちで、だがかっこ
いい人々をチェックするのにももちろん余念がなかった。
「ねーねー、美樹。あの人はあの人は?」
「……あぁ、土門さん。素敵よねー、でもだめよ、体壊してらして、やっと
復帰されたところらしいわ」
「土門……って土門竜介? 太陽の英雄じゃんっ! フェニックスって言われ
てるんでしょ? 若〜い!」「えーでも全身サイボーグだって…」
「でも素敵よ」
若い娘の情熱には限りがない。
 「ねーねー、あの方…」山之辺美潮が差したのは野々村である。
「オリエンタルな雰囲気…」
山本明亡き今、野々村サジオが抜群の美形であることを否定する者はないだろ
う。浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。黒曜石の瞳は静かに燃えているようで、時
折見せる笑顔は若い者も年長の者も女性たちの視線を引いた。
「ご一緒にいらっしゃる方も素敵じゃない?」
これは北野哲をいう。北野は同期三人組を離れて航海班関係者と一緒にいた。
北野も野々村も独身であり、数人で固まっている航海士組。その仲間たちが
一堂に集まっているのはなかなか絵になる眺めである。
こっそり写真撮ってるし…。でもすごいー美形ばっかだわ★と美樹。
 だが夕月佳織は「やっぱり真田副長官よね〜」
と真田&リエのカップルに目線を送っている。
「おじさん趣味ねぇ…それに奥様持ちだし?」
「でも、若い人よりだんぜん素敵」――お嬢様たちは基本的に年上に弱いらしい。
 やっぱり一番素敵なのは花婿の古代さんなんじゃないだろうか、それに四郎
さんも素敵よ。――そう思う南部美樹である。


 「ここでご挨拶をいただきます」
防衛軍長官、上官である結城参謀。訓練学校の元教官、寮監や上級生。数人の
人が挨拶に立った。三浦の幼馴染たち、ユキの看護仲間、そんな友人代表の挨
拶が続く。
長いものも、短いものもあったが、どれも感動的なもので、心から古代とユキ
の結婚を祝い、その尽力に感謝し、そして仲間として行く先に幸あれと祈るも
のだった。

「さて、いよいよウェディングケーキの入刀、といきたいのですが」
南部の声が響いて、わぁっという声。
「その前に、一つセレモニーを行いたいと思います。花嫁、花婿、こちらへ」
アール状に段になっている階段を再び少し手を取りながら上る。
その所作さえも美しく、見とれる会場の人々なのである。
 一段高い処にがらがら、と引き出されたケーキは背の高いもので、それが中
央に据えられ、天井の二方の上方から飾り紐が下げられ、中央に下りた。
それだけでもわぁっという声。
 その中央に、静かに歩み上った2人の目の前に、引き出されたのは。

「あれは?」四郎が葉子に聞いた。司会は南部に任せて、相原も横にいる。
このアイデアは古代自身から出たもので、ユキも、また周りの幾人も賛成した
ものだ。
「鐘よ――見たことあるでしょう?」「まさか……船の」
「そう。シップベル」笑顔ながらも、真剣な顔になり、前を向く。
 『――ご覧の通り、これは鐘です』
会場がざわめく。古代が口を開いた。ユキと顔を見合わせ前に出る。
『古代進は――宇宙艦乗り――とはいえ、船乗りの端くれです。これから2人
でこの先長い人生の航海の無事を祈り、また、この響きが――今、此処にいな
い仲間たちへも、届けば、と思います』
 掲げられたシップベルに2人で手をかける。
セレモニーだから……カメラを抱えた多くの人々が回りに寄った。
2人は顔を一瞬見合わせて、そして真剣な目つきになると、紐を引いた。

 カンカン、カンカン、カンカン、カンカン…。

 「八点鐘だ……」
誰がともなくつぶやく。「おー、当直、交代だぞ」
誰かが言って笑いがさざめいた。
 30分経ったという合図が単独の鐘の。そして2回が1時間。その2回ずつ
の合図が4回――8回鳴らされる八点鐘は、当直交代の合図である。
現在、宇宙艦隊ではその習慣は行なわれていなかったが、4時間ごとの当直と、
シフトをずらすための折半直*は取り入れられている艦が多い。ヤマトでも、そ
して古代が艦長を務める艦でも伝統的にそう行なわれてきたため、その場にい
る多くがその意味を知り、うなずいた。
また、涙ぐむ人もいる――。
(兄さん……サーシャ。聞こえるかい? …島さんも)
四郎は胸の中でつぶやきながら、その音を訊いた。
 時間にしてわずかなことだっただろう。
しん、と静まり返った会場の、高いドームの天井に、まるで教会の鐘のように、
その音は響いた。静かに、人々の胸に。空気にしみていく。
 鳴らし終えるとにっこりわらってまた、2人は顔を見合わせ、会場は沸く。
再びフラッシュが炊かれた。

 ウェディングケーキのカットはあっさり行なわれ、そこからサーヴの人たち
が一斉に1切れずつのケーキを各テーブルに配る。
「ユキさんの手作りです。――こんな分量を、と思われると思いますが、その
あたりは、防衛軍秘書室のチームワークを味わってください」
 「えー手作りかよ、食っても大丈夫かな」「なんですってー」
というような騒ぎが一角から起こった。そんなものも飲み込みながら、見目美
しい白いケーキが目の前にサーヴされる。
加藤四郎と佐々葉子も、それを受け取り、手に持ったシャンパンのグラスを置
いて、さっそく口に運んだ。
「これ、旨いよ」「そーね。へぇ、一流のパティシェみたい」
 「――うん、さすがだ。レシピの作成は、志朗なのよね」
嫣然、という雰囲気で後ろから朝倉リエの声がした。
「工作だけじゃなくて料理でも食えそーだな」
驚いて振り向く面々に、真田がニヤリと笑って言った。
真田さん真田さん、作るものなら何でもできるといったって、あんまりです、
と笑う相原、佐々、加藤である。
「まぁ作ったのは本当に秘書室の一同だ。ユキが指揮してな。…俺は頼まれて
レシピを提供してやっただけだからな」
それでもー、と思う(真田に比べれば)凡人な面々である。




 
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