此処ここから…


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 宴もたけなわ。

 中央スクリーンと壇上では南部と相原が、『古代進と森ユキの愛の歴史』と題
したスクリーン映像を流している。ショット写真も組み合わされた力作だそうだ。
 「長年、行動を共にしたわれわれから、お2人の軌跡をご披露いたしま〜す」
「記録を続け、努力の結果のドキュメンタリー、さて、古代進と森ユキ愛の軌
跡!」
「子どもの頃の成長の記録は幼馴染・ご親族の皆さまにご協力いただきました」
「制作は、通称・第一艦橋お騒がせ三人組、南部、相原、太田でしたっ」
3人がわいわいとマイクの前で叫ぶ。――それぞれ偉いヒトのはずが、そんな
ことは誰も気にしない。“古代進とユキの友人”になり切っている。それがその
まま中継されてしまうのはいいのか、という話もあったが、そんなことに頓着
する面々ではない。
 会場からは時折爆笑が響き、盛大な拍手や、画面に見入る人々の姿が見られ
た。
 だが、それは透けて見える地球の戦いの歴史でもあり――今は亡き人々が
共に画面を飾る。
「山本…」「おい、加藤隊長だぜ」「鶴見だ、鶴見」
「宮本さん、わっかいー」
「島さんよ……」
「徳川機関長っ。おやっさんだ…」「…沖田艦長」
「うわっ、イスカンダルだ……きれーだなぁ」
さすがにイスカンダルの映像が写ったときはあたりはシンとした。相原と山本
がそれぞれ撮ったものだそうだが、ブラックタイガーで上空から撮影されたと
思われるものもあり、これが個人映像として残されているのは貴重だというほ
かに、多くの人のまた涙を誘った。

 四郎は、横に立っていた葉子が、ぎゅ、と腕を掴んだのに気づいた。そっと
肩に頭を寄せてくる。目はスクリーンに吸い付いたままだ。
その背にそっと手をやって、軽く抱いた。
(兄さん……。島さん……)
四郎も見続けている。若く、明るく。戦いの束の間ではあったが、確かに青春
の只中、というような兄たちの姿がそこにあった。
 艦内でのパーティ=人気投票のセレモニーや、隠し撮りした2人のキスシー
ンとか(会場にキャーっという歓声が沸き、ユキは真っ赤になってブーケの中
に顔を埋めた)、正装してガルマン帝国に招かれる2人の姿。また艦橋での指
揮シーンやダンデムでのコスモ・ゼロ搭乗などもあり、30分以上もある大作
だったが、
「相原、お前商売替えして映画監督にでもなれよ」という野次が出たほどの
デキである。それは地球の、一つの歴史ともいえ、それはひいては、この2人
が歩んできた歴史がそのものだったということにも直結するのだ。
――そして。軍の記録から抜いたものに違いなかったが、ただ1艦、最後の出
撃をするヤマトの姿もあった。そしてその後は一転して秘書官のユキと、惑星
での進のスナップ。元乗組員たちの旅行で最後となった。



(10)


 古代とユキは再び会場をゆっくり回り始める。
それに、四郎と葉子も合流し、警備を続けながら共に挨拶に回った。
共通の知人も多い――火星や月から駆けつけた仲間や、他地域に赴任している
メンバーもおり、2人にとっても懐かしいメンバーが続いた。
 「おーお前もいよいよだな」
相原も仲間に声をかけられる。照れながらも、丁寧に挨拶していくほどには、
相原も世慣れてきたのだろうか。覚悟は決めているとはいえ、その手続き世間
との付き合い、身の処し方を考えるとおいそれと結婚に踏み切れない気持ちも
わかった。だが準備も進んでいるという話もちらほらは聞く。
「艦長に続いて副官か――お前、真剣におっかけだな」「ねぇ古代さん」
そんな声もかかるほどに。
 「お幸せにね」「森さん、もう今日はむちゃくちゃきれいですね」
ユキに対しては誰もがその美しさを褒め、笑顔で喜び、その幸福の恩恵に預か
ろうとした。あちこちで賞賛の声があびせられる。
「ユキさんーホントにきれいですっ」
目がハートになっているのは秘書室の部下たち。
ふだんのキリっとした姿も素敵だが、古代の横にいるユキは何物にも増して
輝いているように思い、また仕事で接することがあるとはいえ、古代進にこれ
ほど間近に見合うわけではない。そのりりしさにぽおっとする女性陣は続出だ
し、絵のような一対に卒倒しそうになるのも若い乙女たちなら当然かとも思わ
れた。古代に対しては口も利けない者もいる。
「あなたたちもね、すぐよ。また、よろしくお願いしますね」
「いつも世話になるな。今後ともよろしく」
古代ににこやかに微笑まれ握手を求められると、紅潮した顔のまま、口もきけ
ずにぼおっとしてしまうのだった。

 「おう、お前たちもそろそろじゃねーのか」
背を叩かれたのは、月基地火星基地の溜まりを訪ねた時。
「佐々、お前も女だったんだな」四郎の部下である空間騎兵隊員・森本の口の
悪さにつかまって、「よけーなお世話」と返したが、皆が見惚れていることに
四郎だけが気づいていた。ちょっと――いや可也、自慢なのだが、それを読
まれてもあとあと立場がないというわけだ。
「古代艦長――おめでとうございます」
面識はないが、共闘したことはある。日ごろから尊敬していることを隠しもし
ない森本を、四郎は古代に紹介した。「――いつも加藤がお世話になっています」
まるで兄のような挨拶に、皆が微笑んだ。ヤマトの連中は家族みたいだな――
中でも古代と加藤の関係は特別ともいえた。「いえ。隊長は素晴らしい人です、
それに貴方も。本当に、お幸せになってください、奥さんも」
ユキとちゃっかり握手してしまう森本である。

 久々に逢う仲間たちと話し込んでいる処へ、ミーハー集団が近寄ってきた。
「そろそろ紹介してよ」と佳織や美潮が美樹に言ったのだ。
 「やぁ、美樹ちゃん……久しぶりだね」
加藤四郎に挨拶し、彼は微笑む。あとの友人たちは、その笑顔にノックアウト
されてしまったらしい。なんだかぽおっとしているので、四郎が困った。
「今日は、学校のお友だち?」
「えぇ…四郎さん。皆さん、興味がおありだって」
ミーハーでお嬢様なのは否めないが、なかなかかわいくて賢い仲間なんだと美
樹は言う。ユキとの共通の知人と話し込んでいた佐々が振り向いた。
「美樹ちゃん――きれいになったのね。…もう19か。今年卒業でしょ」と言い、
握手をする。ちょっとドキドキしてしまう南部美樹である。
「はい」「どうするか決めているの」四郎が言った。
「えぇ……武者修行も兼ねて、就職することに」「え? きみが?」
「そうよ。いけない?」南部美樹もおよそ気が強い。「――商社なんですけど
ね、丸菱電装産業」
え、と四郎はまた驚いた。そこって……「AGEHAの系列ですわ」嫣然と笑った。
また良い度胸だ。「いつまでも守られて、お嬢様でいるわけにはいきません」
にっこり笑ったところは案外曲者なのかもしれなかった。
 「美樹、ってば」
2人が横からつつく。「あ、そうね」
「四郎さん、古代さんも。同級生の夕月佳織と山之辺美潮、織部佐古都さこと
よろしくお願いしまーす。
口々ににこやかな笑顔を浮かべながら四郎に、古代に、そしてユキに挨拶して
いく。


 ふと佐々が顔を上げた。
「――そろそろ、かな」軽くめくばせして、四郎にじゃ、というと南部のいる
スタッフチームの方へ輪を抜けていった。ここで話しててね、といいつつ。
「宴もたけなわではございますが。そろそろお時間も迫って参りました。
――世紀の結婚。地球の新しい未来を象徴するお2人へのお祝いの宴、楽しい時
間は早く過ぎていきます」流暢に、南部の声が響く。
「幸せな2人の姿もそろそろ、見納めとなります――2人はわが地球の平和と
未来の象徴としてその美しい姿を見せてくれたわけですが」一息間を置いた。
「ここで、最後に――大きなプレゼントを。皆さまとわかちあいたいと思いま
す。お2人の旅立ちを祝して」

 高い天井は吹き抜けの明り取りになっており、外からの陽光が差し込む。
バロック式を模した円形の広間は、その多くの柱に支えられ、その向こうにさ
らに空間が広がっている。その境目にあった幕が引かれ、右手に控えるオーケ
ストラから静かな響きが立ち上った。

 奏者の数が半端ではなかった。柱の向こう側をぎっしり埋めるような形に、
ただ静かに音が立ち上がっていった。わかる人が見れば大編成の曲を演奏する
とわかっただろう。そこへ、別の声が響いた。佐々葉子である。
 『ディ・アース・シンフォニー・オーケストラの演奏と、大河昇一さんの指
揮で、マーラーの交響曲第2番より、最終楽章を……』
――微かな明かりに浮き出すような、ブルーと銀のシンプルなドレスに身を包
んで立つ佐々葉子がいた。ざわ、とまた人がざわめく。
「指揮者の大河昇一さんは、今日の新郎新婦、古代進とユキの大切な仲間で
あったヤマトの山本明の、お父様でいらっしゃいます。
コンサートマスターは沢井純一。
はるか昔、第二次世界大戦の最中さなかに、音楽と平和を愛し、人々を愛し、
その中から生まれた賛美の歌を。同楽団附属の合唱団を中心に、一般参加の
方々も参加されています。どうぞ、最後までお聞きください」
 低く、しかし通る声――それを耳にしてすでに涙ぐむ人もいる。
山本明……その名を聞いてざわめく者たちもいる。
古代とユキが真剣に、舞台の下からその楽団へ目線をやり、音に聞き入る姿が
見えた。
音楽は流れていく。
盛り上がり、蠢き……。静謐に、心に深く染み入るように。
決して短いとはいえない曲ではあったが、誰も静聴を求めるわけでもなかった
が、人々はその演奏に、打たれた。
 一瞬のゲネラル・パウゼ(全楽隊休符)のあと、静かに人の声が立ち上がる。
地の底からわきあがるように、低い、静かな合唱の響きが歌い始めた。

 『 ♪――Aufersteh'n , ja aufersterh'n wirst du, mein Herz in einem Nu!
 Was du geschalagen, zu Gott wird es dich tragen!』


 『“復活”**です―― Aufersteh'nアウフ・エアシュテン…。
 すべての死からのよみがえり。魂の喚起。
 古代進もユキも、死を乗り越え、去り往く友の想いを抱え、幸せになっていた
だきたい、と、そう願い、私たちはこれを捧げます』

 音楽が大きくなった。
 「ユキ、おめでとう」
「ありがとう……」
静かに言葉を交わし、頬にもう一度キスして。
親友同士、手をとり演奏のクライマックスに聴き入る。
それぞれの相方は、傍らに立ち、それを優しく包んでいた。

 
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