此処ここから…


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 「古代、がんばれよー」「幸せにやれよー」「おーい、こんちくしょー」
様々な声に送られて2人は会場を出てくる。
正目玄関はやはり石段になっており、一足先に流れ出た女性陣でそこは埋め尽
くされていた。
(ブーケってそんなに欲しいものなのかしらね)
四郎の隣に並びながら葉子はくすっと笑う。
(そうなんじゃないか? 葉子さん、なんならもらってくればいいのに)
(いやよ、とんでもない。友人の結婚式でそんなことできるもんですか)
 ??? 微妙に論点がズレているような気がするが、気のせいだろう。
 2人はこのまま荷物を預け、短い新婚旅行へ出かけるのだ。
「どこ行くの? 月−火星ライン周遊観光?」「スウィートルームでラブラブも
いいよねぇ」勝手なことを言っているが。
「休暇まで宇宙に出たいものですか。地球の片隅でゆっくり、するのよ。ねぇ?」
ユキの応酬にあちゃ、の仲間たちである。
古代は笑っているだけである。
「ユキ〜、ブーケをっ!」友人らしき女性から声が飛んだ。
「えぇ……」と笑って古代とまた顔を見合わせて微笑みあう。
振り返ると後ろに控えていた佐々と藤堂晶子が籠を渡した。そこには同じよう
な小さな花束がたくさん詰められていたのだ。そして手にしたブーケもその場
でリボンを解くと3っつくらいの小さな花束に分解し、箱に一緒に入れる。
 「さぁ、ユキ」佐々が渡す籠に手を入れ、ユキはそこから花束を投げ始めた。
手を伸ばし、祝福された花嫁の花を受け取ろうとする女性たち。
「皆さま、今日は本当にありがとう。――皆様にも、幸せが訪れますように」
そういいながら、ユキの手から花たちは、女性たちの手に受け取られていく。
全部で40〜50個ほどもあっただろうか?
……ほしがる人が多いだろう、そういう予想をした時に。1人に渡すのでなく、
多くの人に幸福を。そして共に歩いていきましょう、ユキはそう考えたのだ。
同じ花――同じ色のリボンで。
女性たちは明日の夢を見る。
 ユキらしいね、と葉子は笑い、そんな親友を誇りに思うのだった。

「お父さん、お母さん、留守中よろしく」古代はユキの両親に頭を下げ
「パパ、ママ。楽しんでくるわね。今日は本当にありがとう」
母親に抱きしめられながら、ユキの笑顔は明るい。
「皆、ありがとう」車の傍らで立つ南部、相原、太田、加藤、佐々、坂本らに、
古代は感謝して。横にいた真田&リエ、佐渡、土門に深く一礼をした。
 「では、行ってきます」
2人を乗せたエアカーは古典的作法に乗っ取り、たくさんの缶が後ろにつけて
ある。だが、セキュリティー上、さすがにオープンカーにはできなかった。
VIP並みに後続に2台、先導に1台、黒塗りのガード車がつき、上方にもヘリコ
プターが飛んだ。
「大丈夫ですから――仮にもヤマトの古代、そのくらい自分で護れますから」
そう固辞する古代に、周りが逆に大騒ぎになりせめて空港まで。それもセレモ
ニーとして受けざるを得なかった。

 古代進とユキのパレード車は、沿道にも人が並び、見送った。
彼のことをまったく知らない人たちにも。古代進とユキの名は知らぬ者がない。
多くの人に祝福されながら、出発する2人。
 終わり近く、ユキが挨拶をした。
「宇宙の神様は私たちから多くの者を奪い、大切なものを進さんも、私も、た
くさん失いました。それはここにいらっしゃる皆さんのどなたもが、そうだろ
うと思います。でも、神様は私たちに互いを与えてくださった。――これから
も2人で、互いの命を大切に生きていきたいと思っています。そしてそれだけ
ではなくて、古代進という人が、私だけのものではないことも、だから私の精
一杯で護るつもりです」
そのユキの目をまた覗き込み、前を向いて進が続けた。
「此処から…。また何度目かの出発になるでしょう。この航海は終わりがない
……いつか宇宙に本当に平和が訪れるまで。私たちは互いの港となり、そして
宇宙そらを飛び続けます。亡くなっていった者たちの心も忘れずに。本日は本
当にありがとうございました…」
 此処から――。
彼らはまた旅立つ。2人が舵を取る航海――ただ、その航海には道連れがいる。
愛し、愛され――その喜びは周りを幸福にするだろう。それがひいては地球の
未来を作っていくのだ、とこの日、古代進とユキは、そう改めて信じた。



 空港で皆と別れた2人は、予定の飛行機をキャンセルしている。
小さなローカル便を手続きし、本当に手荷物だけ持って。
――どこへ旅したのだろう。ゆっくりと。もうこの先はないかもしれない2人
だけの静かな時間を過ごすために。

 西暦2204年。古代進、森ユキ、結婚。18歳、2219年の出逢いから5年。地
球は今、平和な真の意味での宇宙時代に向け、新たな転機を迎えていた。

Fin
綾乃
−−08 Mar,2007 脱稿



 
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