空は蒼、地球は碧。


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= 四 =



 その危惧は思わぬ形で現れた。


 火星空域に向けてのワープ実験が行なわれた。その直後に艦載機別働隊が合流することにもなっており、 失敗はできなかったタイミングである。何かがわかっていたわけでも、計画的だったわけでもないと思う。  山本は、自分が不思議な立場でいるなと感じている。隊長の加藤三郎や班長の古代進から 何かと情報を与えられる立場にいたことも確かだし、何かとフォローする立場にもいた。
 そんな山本の目から見れば、テスト計画はあったにせよ戦闘宙域を抜けながらの、 すべてがぶっつけ本番の危うさを抱えていたし、そのヤマト本艦の性能すら、 建造に最初から関わったといわれる真田工場長や徳川機関長ですら、すべてを把握していたわけでは ないのだろうと推測できた。
(もっともそんな気分は漏らさなかったが……若い連中の不安を煽るだけだ。)
 思えば前途多難の発進である。謎の敵のミサイルに直撃され、それを打ち倒しての土中からの発進だった。 ――波動エンジンの力量がどれだけのものかは知らないが、どえらいものであることだけは確かのようである。


 そうして、月から火星へ、最初のワープを行なうことになった。


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 前人未到の実証実験であり、期限内にこの旅を完遂すること必至であるとすれば、 この一時に旅の成功がかかっているともいえた。その操舵を握る若き航海長の緊張たるや 如何ばかりかとも思う。ヤマトの命運はこれにかかっているのだ。
 だから、その直前に謎の敵が攻めてきたからといって、秒単位でセットアップされた 未知のエンジンを止めるわけにはいかなかった。


 『いいか、20分以内に仕留めて離脱する。艦に戻る――遅れたら置いていくぞっ』
古代がインカムを付けながらそう言ってカタパルトのゼロに滑り込むのに、初出撃になるBT隊は 緊張しながらも張り切って
「おうっ!」「了解」と答えて次々と艦底を離れていった。
 山本明はBTに騎乗し、古代の隊をまとめて先鋒を切った――途中から古代のゼロは指揮機として 位置を変えたためだ。


 敵機の光弾飛び交う中を無尽に走る――出発してすぐに一度演習を終えていただけというのに、 ヤマトの新米タイガー乗りたちの俊敏さは舌を巻く働きだった。
(こりゃそんじょそこらの連中じゃねーな)
火星から合流するはずのベテラン部隊はまだ着艦しておらず、現在は2隊のみだ。
 「ようしっ、戻れ。あとは放っておけっ」
そう叫んで山本は反転しようとした処をレーダーの死角から襲ってきた伏兵に穿たれた。 咄嗟に反応した――はずだったが。
(しまった!)
ゼロとBTの微妙な差異と、宇宙空間の歪んだ方向感覚に体感が一瞬だけ狂った。
 ガクン、と軽い衝撃が来たと思い、ひやりとして咄嗟に計器その他を確認したが、 幸いにも大過無し――いや。だが……。


 スピードを上げるための推進バルブを片方ヤってしまっていた。機体のバランスが取れない。 慣れた機体なら片翼でも短い距離なら飛べる自信はあったが、ましてや着艦は急がなければならず、 さらに山本機は最後尾だった。
 『――山本先任っ!』
『大丈夫ですか』『山本ぉ、ついてこれるかぁっ!?』
 インカムに流れ込む声を拾い何とか体制を立て直そうとする耳に本艦からの無常な声が流れた。
『全機、帰還せよ。本艦はワープ準備に入る――繰り返す、帰還せよ』
「俺に構うな。――大丈夫だ、先に行けっ」
間に合うかどうかは紙一重。わずか数十秒、遅れても置いていかれるのだろう。
 『おう、全員とっとと帰還して格納庫にふんばれ』加藤隊長の声がした。
『早く戻れっ、後ろ、遅れるな』
その声を聴きながら、さすがの山本もこれまでか、と諦めた。――諦めかけた。

 先鋒の敵は蹴散らしたが、ヤマトが消えれば近くに基地も惑星もない――最も近い月まででも この出力で戻るのは無理だろう。なによりもその前に、 追いついてきた敵機の餌食になるのは目に見えていた。
 機体のコントロールが訊かなくなっていた――何故かふと、間近でみた古代進の顔が浮かぶ。 ――意思の強そうな、瞳。暗い情熱を秘めたような、眼差しの奥には何があったろう。 そうして特徴のある声と、ぼさぼさの髪。
(なぜこんなこと思い出す?)
我ながら笑いそうになったが、頭も手足も生き延び、戻るために必死で、 それとは別に何かがそう思わせたのだろうか。


 煙を上げながら落ち行くブラックタイガーの目先にヤマトが見えていた。
『――ワープ、●分前』無情に響く声は、山本にとって死への秒読みだった。
「――俺に構わず、行け」
まだ切れていなかった回線に怒鳴り返すと、それでも山本は操縦桿を建て直し、 機体をコントロールしようと無駄な努力を続けた。


 その時、雑音とノイズに混じってインカムに、明るい強い声が飛び込んだ。
『山本っ!』
(古代!?)
まさかだった。古代は先に戻ったはずだ。 いまごろは艦橋でワープの指揮を執っているのではないのか? ヤマトがぐいぐいと近づいていた。
『――諦めるなっ!』
「古代、無駄だ。機体のコントロールが訊かんっ。俺に構わず…」
蹴散らしたはずの敵の気配が迫り、また横を敵爆撃の光が穿っていった。
「ヤマトもキケンだ。構わず、行けっ!」
 そう言いながらも、本能は生き延びようとするのだ。
なんとかたどり着きたい。時間内に。もう少しなのだ。


 ――艦底の口が見えたが、着艦口が揺れ、進入角度が得られなかった。
『諦めるなっ。もっと右だ、右。――今度は左、少し上に。よし、そのまま突っ込めっ』


 何も考えていなかったと思う。古代の声に導かれるままに、山本はそれに全神経を預けていた。 最後は言われるままに格納庫に飛び込み、その途端、機体は横に向けて急停止し、 ホースを持った整備員が走り寄るのと、固定のため飛び掛るのも同時だった。
 壊れかけたフードをあけコクピットを飛び降りると、古代が抱きとめ引きずられるように抱えられた。
「――よく戻った。山本」
その一言で十分だった。
「ありが、とう…すまん」
ぽん、と肩を叩くと、「そこ固定柵で体固定しろ。部屋まで戻る時間はない」と言い捨てて自分は
『ワープ×秒前』
と響く声の下、すでに明かりの色の変わった艦内を猛スピードで艦橋へ戻っていった。
 途中でワープ突入とでもいうことになれば何が起こるかわからない。古代進は、 第一艦橋にいなければならなかったのに――。


 顔を上げ、ヘルメットを外しただけでその場の数人と作業ポッドの椅子に体を固定する。 整備士の何人かと最後に飛び込んだ幾人かの顔が、煤けたまま山本を見、ニヤと笑ったり、 良かったなと言った。中には泣きそうになっているやつもいたが、すでに“ワープ” というものの緊張に顔の引きつっているのもいた。


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 艦内に闇が降り、体がどこかへ引っ張られる気がしたのはそれワープが始まったからだっただろう。 苦しい――息もできないような気もしたが、そうでないような気がした。 すぐにカッと目を見開いた。今しがた経験したばかりの刹那が、 脳裏にフラッシュバックのように蘇り、宇宙の暗闇と閃光、そしてオーケストラのサウンド のようなものが光と共に頭の中に降った。それに包まれ、体を失ったような気がしたが、 思わず手をみると陽炎のようにゆらめきながらも手は其処にあり、 だが自分の意思で動かすことはできなかった。
 (!!!?)
一瞬だった。
 ――先生……。
 忘れていたわけではない。刹那、体の底に刻み込まれた大切な人の印象が涌いて、消えた。 それは、宇宙と同義だった。
 そうして意識のある最後に見た顔は――。


 気づいた時には皆、気を失っており、山本とて例外ではなかった。顔を上げてみると 通常空間に戻ったヤマトの艦内は、うぃ〜んうぃ〜んという音が鳴り響く格納庫だった。




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