The End of this Load

・・銀の翼・血の赤・・


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Jewell Key



 英の呉れたチョコは美味で、半分くらいを2人で食い、残りは勿体無いから大事にしまっ ておいた。少しずつ食べよう、なんて思うところは少女趣味だろうか?
 俺からももちろんプレゼントはあって、チョコじゃ芸が無いなんて思ったンで、男っぽく ナイフ。どうせ支給品の無骨なサバイバルナイフはイヤでも身につけることになるが、それ は「護身用とお守り」だと言って。装飾の施された、だが実用的なものだ。
――こういうとこ俺ってやっぱ戦闘員だわな。


 それを渡した時のヤツの顔は本当に嬉しそうだった。
 そうしてしばらく刃に映る自分の顔を眺めていたが、やおらそれをスルリと手の甲に当てて スパっと切ってしまったから慌てた。
「な、何を…」
やつは少し顔をしかめただけで、手から流れる血を眺め、それを俺の手に当てた。
 「ほら……俺の血だ。――熱いだろ?」真面目な顔をして。
「ごめん、ちょっと我慢して」
そのまま刃先をちょっと俺の腕に当てると小さな傷をつけた。
其処からもまた血がかすかに流れる――英のほど酷くはなかったけど。
 「ほら――混じるだろ。俺たちの血だ」
「あぁ……」
ぽとり、ぽとりと落ちる血が俺の腕の上で混じり、変色し、そして乾いた筋を作った。
しばらくそうして眺めていた。
「――血が混じるのってなんか神聖な気がしねぇ?」吉岡が言う。「俺、そのくらい、お前が 大事だ。だから、信じて。――お前も、裏切るな」
眞顔で、そう言われた。
 ハンカチを出して、まず刃の汚れを拭い、鞘に収めるとそれから俺の腕を拭き、自分の掌 に巻きつけた。「これでよし、と。――ごめんな、痛かった?」
いいや、と俺は応えて、そのままヤツを腕の中に抱き込んだ。


 英――愛してる。大事な英――。
 あぁ、俺も。好きだよ……至。



 そうしてゆっくりとそのまま気持ちの良いシーツと布団の中に沈み、俺たちは互いの唇や、 肌を求め合った。――柔らかく、幸せな思いで。


star icon


 バレンタイン、という響きを聞くと思い出す。
 その月のたびに積み上げた、何年もの思い出。あの年も、その次の年も――イスカンダル へ向かうヤマトの中ですら。
 そうして白色彗星で戦った年――ついにあいつは帰らぬ者となったが……今でも。2月に なるたび、あの白銀の翼に目を輝かせたあいつと、腕に流れた赤い血を、思い出すのだ。
 あいつの呉れたチョコレートは俺の好物になった。今では息子がそれを呉れたりする。何 故、父がそれを好きなのか話したことはない。「美味しいよね、これ」と言って笑っているが、 そこに何か特別な想いがあることは察しているらしいのだった。


 英――英。
 俺はまだお前を忘れることができない。
 忘れようとも思わない――だけど、1人で生きていくことはできなかった。
 辛くて、寒くて、だ。俺は弱いのかな、笑ってくれよ。



 温かな思い出――体の温もりと、何よりも熱かったお前の血。それを飲み干して、いまの 地球は生きているのだ。お前や、加藤や、斉藤さんや……死んでいった部下たち、先輩たち の血を。
 古代のコスモ・ゼロはまだ現役だ。20年を経て、52型という新型はなかなか良いぜ? お 前ならきっと乗りたがるだろうな……コスモタイガーは廃盤になったよ。だが連中は皆、あ れが好きで、戦艦でだけは継続して使われることになったらしい。金食い虫だけどな。


・・・





flower clip


 「豊橋中佐――入室してよろしいですか?」
元気な声がして、扉の前に1人の女性士官が立っていた。
 今年、本局へ上がってきた若手で、なかなかきびきびしていて能力も高い。ハッキリした、 気持ちの良い女性である。
「あぁ……なにか? まだ終わらないのか? 今日は大事な日だろう」
顔を上げてそう言うと。
「はいっ。ですので、中佐に要件がありますっ」と言う。
「なにかな?」想い出に浸っていたことを悟られたくなくて、俺は努めて冷静な顔を上げた。
「――女子隊員有志からのプレゼントですわ。これ…」
そう言って、素晴らしく良い姿勢のままツカツカと近づくと、その手には豪奢なチョコレー ト菓子が乗っていた。
 「これは…」顔がほころぶ。いくつになっても好意は嬉しいものだ。
「中佐への尊敬と、感謝――それと、ちょっぴり本気も入ってましてよ」
ウインクしそうな勢いで彼女はそう言い、
「これは、嬉しいな。……本気ならね」とちょいとおどけてみせると、
「まぁ、本気な者もいますのよ」
「本気、ならどうすればいいかね」
「――よろしければ、ご一緒に食事を。希望者は幾人もいますわ」と言う。
そうか。……そうだな、たまにはそれもいいかと思う。
「――今日、ということかね? 皆、デートの相手はいないのか」
「ですから」彼女は楽しそうに豊橋の目を見た。「居ない、およびそれよりも中佐の方が良い、 という人間ばかりですの。もしよろしければ。ご都合が悪ければ日を改めていただいても」
「いや、わかった。ありがとう」
ニコリと笑うと、その彼の笑顔は相変わらず魅力的だった。


 「わぁっ! やった〜! 中尉、ありがとうございます」
「嬉しいっ。豊橋中佐、是非是非」
どこから沸いたのか、女性たちが3人。…その後ろから「俺たちもよろしいでしょうか」と、男も2人。
 「嬉しいね……わかった。今日は私がご馳走しよう。チョコのお礼だ」
わぁっという声が上がって、彼は立ち上がり、最初にプレゼントを持ってきた中尉の肩に手 をやった。「――嬉しいものだね。で、何人だろう?」
「この5人、なんですわ。皆、もっと中佐とお親しくなりたくて」
「そうか……了解だよ。ゆっくり飲もうか。美味しい店も知っているからね」
「本当ですか? 嬉しいですわ」
 部下たち、そうして直接のラインでない者も混じっていたが、豊橋至は部屋の明かりを消 し皆と共に廊下に出た。――生きていれば、明るい時代も来る。


 英――其処は静かだろうか。
 寒くはないか?
 俺は、今でもこうやって少しずつ、幸せに、自分のできることをしながら、この先も生き ていく。……お前とまた、出会う日までだ。
 この道の果てに。……何が待っていても、お前と、いつも共に。
 あの時、誓ったように、な――。


 愛してるよ、英――だから、ずっと、見守っていてくれ。




planet icon




 西暦××年、2月14日。
 地球は現在、平和の時を、危うい均衡の中で過ごしていた。
 地上は華やかな夜を迎えようとし――宇宙は、静かに凪いでいる。
【Fin】


――29 Jan, 2009 綾乃
space clip


 
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