放課後

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 連邦大学の食堂は、軍食堂に近いくらい設備もよく広くて明るい。
どこの国の人間でも、場合により異星人でも許可さえ出れば歓迎される場所だ。
料理も悪くない――どうやら幕之内キャップが最初のメニューを作ったらしい
が…。そのくらい立派である。
 だが、古き善き学生食堂の雰囲気も持っている、なかなか素敵な場所だった。

「こっちこっち」
ちょっと疲れてて、あまり動きたくないんだ、と佐々は正直に言って、ゆっくり
行かせてもらう。席を先に取っておいてくれた内藤と、さっと立って注文に並ん
でくれる杉原。体調悪いなら座ってなさいよ、と促してくれて
「あ、A定頼みます」と言って小銭を。
カードを渡すわけにはいかなかった――特別な身分を証明しているIDガード付き
の特別証だから。実は佐々の通学は、軍=職場からの“派遣留学”でもある。
だから休職とはいえ、軍属のまま――有事の際はそのままの階級章で指揮・
現場に出る義務と権利を持つ。(それで復職後も――単なる1戦闘機乗りを
やらせてもらえるのかどうか――そんなことは佐々は知らない。)
 「あらぁ、いまどきお金持ち歩いてるなんて珍しいのね」と内藤が言った。
「そお、変?」と佐々が言うと。
「懐古主義者だと思われるわよ――」
懐古主義者、というのは最近勃興している新興宗教のような政治団体のような
一派である。ヤマト以前――ガミラス以前の地球に戻ろう――その魂を受け
継ごう――結局は、何度も絶滅寸前まで痛めつけられた地球は現在、平和的とは
いえ旧日本軍を中心とした軍事独裁政権のようなもの。それに反対する勢力は
いくらもあるが、その、ごく庶民的で平和的な一派であるといえた。

 若い娘たちは太るのは気になるらしいが、お腹も空く。
頭を使ったり動いたりすれば余計で、必然、ランチ選びは重要なポイントだ。
「杉原さん――」
「涼子って呼んでよ。貴女がイヤじゃなかったらね」と杉原が言う。
「りょ、涼子? …えぇ、はい」
「私は、和枝よ」
「はい」となんだか畏まるに。
「年は上だけど同級生だから、葉子、でいいのかしら」
佐々は少し表情を緩めて
「うん。皆そう呼ぶから。――職場の仲間は皆、年下だけど」
 何故私に声をかけたんだろう? ――仕事柄、狙われることも裏に意味があっ
て近づかれることも稀ではない。だが、彼女たちはどうやら佐々の素性を知らない
らしいし、そういった意図は感じられないのだ。
――感じるのは純粋な“好意”である。
彼女は少し幸せな気分になって、くすりと微笑むと
(こんな気分は中学校の時以来だな――)
と思った。だけれど、この娘たちは、気にならないのかな?
「顔の、傷――」
と佐々が切り出すのを、ちょっとドキっとした顔をして2人とも目を見合わせ。
「あ、あら。そんなの気にならないわよ」
「慣れてしまえばね。――あんな酷い戦いだったもの」
 実際に戦場に出てついた傷だとはわからないだろう――素人には。しばらくは
マスクで顔を覆っていたが、講義中は外すこともある。やっぱり鬱陶しいから。
「…うん。ガミラスの時に、銃弾と…大火傷してね」
「え、じゃぁご家族は?」
「あぁ――父が生きているけど。母は死んだの」
 正確にいえば、その時に死んだわけではないが――戦ってついた傷だ、とは
あまり言いたくなかった。
此処にいる時は単なる学生でいたい――それは、学問の自由を保障されている、
学生という身分の、そして14歳から訓練学校で宇宙で戦うことばかりを願って
生きてきた葉子の、初めての時間かもしれなかった。
「あ、あら。ごめんなさい――」
「酷い戦争だったものね」
「私も服の下だけど放射線病のあと、あるわよ」
と涼子が言って。――それでか、彼女が和枝より一つ年上なのは。
療養しなければならなかった、ということだ。
 ここに来ている学生たちだって、知人の一人も大戦で欠けてないなどという者
はいない。連邦大学そのものも、多くの講師や学生の喪失で、数年間、機能が麻
痺した。だが学問の火はすべての宇宙時代の生命の源でもある。
軍のバックアップも受け、また逆に情報も提供しながら、辛い時代を生き抜いて
きた――それが現在の、地球連邦最高学府であるこの地球連邦大学なのだ。
「貴女たちが気にしないでくれるといいけど――でも、気持ち悪いものは悪い
よね」
と佐々は笑って。だがその声にかげりはない。
「気にしてないようだから貴女が。それだけでも偉いわ」
「そうそう」
――気にしてられる商売でもなかっただけだけど。

 
 「貴女たちは、大学から一緒なの?」
葉子は目の前の明るい二人に興味を持った。
「えぇそうよ。もう腐れ縁っていうか」
と涼子が言えば、和枝も
「選択科目も何も同じ。最終的に目指してるところは違うけど何だかずっと」
「あともう一人、菅沼ゆかり、ってのが居るんだけど」
 ちょっとキレイな娘だろうか。よく3人で居るのを見かける――と、その気
になれば40人程度の学院生など記憶するのは造作もなかった葉子である。
「黒髪美人の人?」とそれを正直に言うと。
「貴女に美人と言われても、どうかしら」
え、と佐々が聞き返すに、葉子って、キレイよね、と聞き馴れぬ言葉。
 そ、そうかな? そんなこと気にしたことはないけど。
モテたでしょ、若い頃−−って今でも若いか。
 美人ってユキみたいのを言うんで、顔に傷があって化粧もしないで宇宙
飛び回ってる女にそんなこと言うかな普通?
そりゃ確かに昔から男にはよく口説かれたけど――大抵張り飛ばしてきたし。
そうしなかったのは加藤兄弟と山本と酒井だけか。
四郎はそんなこと言ったことないし、それに惚れてくれたわけじゃ、どう考えて
もない。だって、最初に口説かれたの火星上空の訓練飛行の真っ最中だもん
なぁ。あいつにしたって怒鳴ったり張り倒した覚えはあっても、うっとり口説
きあった覚えはない。いきなり―××だったし――私、やっぱりヘンかも。
なんか皆、ちょっとヘン。怖がられてた私にこうやって寄ってくるし。
 「失礼かもだけど、雰囲気美人よね」と和枝がまぜっかえす。
顔の傷もそれを邪魔するほどではないと女の私は思うけどなと涼子が言って。
男は気にするでしょ、と葉子は返し、そうかもね、とまた和枝。
 黙ってしまった佐々を、二人はくすりと笑いながら見て。
「葉子って、もしかして純情?」
「あ、いや――それなりに、男は…」
といつもの口調になりそうになって、あわわ。男ばかりの戦闘機隊にいると、
感覚がおかしくなる。ふと赤くなって涼子は
「――まぁそうよね、葉子ならモテるわよね」慌てて。
「そ、そうじゃないの――職場が男ばっかりだったから。仲はいいけど、皆、
友だちで、仲間だから――」
あらら、と二人は笑う。

 いえね。
 数学だの物理だのやる女って硬いの多いじゃない? こんな時代だから、誰
にでも、どの仕事にも必要だというのにね。だからあたしたち3人、普通の女
でいたいのよね、と。なるほどね、女性らしい柔らかさを失っていないところ
は、親友・神崎恵美を思い出す。そういえば、久しぶりに連絡を取って、惑星
学基礎の講義をさせてしまったっけ――あは。

「あら」
と涼子が、葉子の肩越しに入り口の方を見る。その目線の先には、1人の男子
学生が立っていた。
葉子も和枝も振り向いて――誰かに似ている。
 それが誰だかはわからなかったが、とても懐かしい誰か。
間下ましもくん、どうしたのこんなところへ」
「あぁ――ゆかりを知らないか」
「あら、一緒じゃなかったの?」と涼子が。
「…うん、怒らせちゃってね」と少し困った顔をするのに。
その印象を見て、佐々は誰に面差しが似てると思ったのかわかった。
 「ここ、座っていいかな」
少し頬を上気させているのは、佐々を見たからだ。どうぞと3人が促すのに。
「飯は食ったからお茶だけ」とアイスコーヒーを運んできて再度座った。
 「佐々さん、ですよね。僕は間下ましもといいます。お見知りおきください」
ずいぶん大人びた挨拶をする子だなと思う。
「間下くんは凄いのよ、葉子。飛び級を重ねて大学なんて2年で出ちゃった
から。まだ21歳の天才くんと呼ばれています」と和枝が少し茶目っけをもって
紹介した。
「私は逆に、やっとこの年になって大学に来ることができた、27歳で少し上だ
けどね。佐々葉子です、よろしく」
はっきりと、静かな声で言う葉子に、女性2人も驚いた。
 「へぇ――長いセンテンスもしゃべれるのね」
「どういう意味それ?」
「だって、葉子って静かなんだもの」
「お前たちみたいにかしましいのとは違うさ」と間下が言い
「ひどいっ。ゆかりに言いつけてやろう」と和枝も言った。
そんな様子を、微笑ましく頼もしく見る佐々は――(やっぱり、若いなぁ)と思う。

 「あ、そろそろ行かなきゃ」と葉子が慌てて時計を見て立ち上がる。
「え? もうそんな時間?」と涼子も慌てるのに。
「違うのよ――学士入学だから。少し大学の講義も取らないといけないんだ」
と葉子は言って。
大学院の講義だけで単位は足りる。
だがその基礎理論の下にさらに概論がある場合は。できれば大学の講義も取って
おきたい。理解度が深まるし、またそれは許されるので――時間さえ合えば。
「あぁなるほどね――まったくよく勉強するわね」と涼子が言い
「え、だって」と葉子は返し。
「私、学校へは2年しか行けないんだよ。最初は3年まで延長可だったんだけど、
どうしてもあまり穴を空けていられなくてね」
と言った。休職は1年半まで。あとは時短で論文の時期を乗り切り、もう1年行っ
てもいいが、地上勤務は必須のこと――そういわれた。
数年経ったといっても、防衛軍の人手不足が解消されたというわけではない。
特に佐々たちのように実戦を潜り抜け、知力もあり、そして後進を育てる実力ちから
持った者は――最後の1年は訓練校教官との兼務になりそうだな――子ども産む
だけでも大変そうなのに、できるのかな、とため息をく佐々でもあった。

「だから、急いで取れるものは取ってしまうの」
「なんだか大変そうね――何の仕事なの」
「……」さすがにそれは言えない。
 「やめなさい、和枝」と涼子がさえぎって。
「ここに居る間は皆、学生。身分も、立場も関係ないじゃない? そこが連邦大学
の素晴らしいところだわ。――だからせいぜい、よく学び、よく遊び、ましょうよ」
「ありがとう――そうさせてもらう」
どうもありがとうと佐々は言って、お先にと食堂を辞し、大学校舎の方へ向かった。
 波動理論――実践でさんざ利用した技術だけれど、これが徐々に解明され、基礎
理論だけでもが一般化されたのはごく最近のことだ。
別名――真田〜沖田理論。
そう呼ばれているのを誰もが知っている。個人の名が、けっしてこのような技術や
理論に冠されることはない。だが、ヤマトの初代艦長で一流の武人、そして宇宙
物理学者でもあった沖田十三と、人類史上初めて他星の技術を応用して波動砲と
ワープを成功させた科学者・真田志朗。この2人の偉業を記念し、影では彼らへの
尊敬を込めそう呼ばれている。
 大学院で学ぶほどの精緻な方式はまだ得られていない。
だから概論だけ――考え方だけ。だけれどもぜひ、これは学んでおくべきだと佐々
葉子は思った。

 ほぉ、とため息をついて、和枝は。
「どうした?」と涼子が言う。
「はぁ、やっぱ葉子って素敵よね」
女が女に憧れてどうすんのよ、と涼子が言えば
「いや、そんな雰囲気あるじゃない彼女」
年上だしさ、そのうちお姉さま、とか言って集まるやついるわよきっと。
と怪しい予測を。
 「間近で見るとキレイな女性ひとだな――」
間下がため息をつくような様子でそう言う。
遠くから見るとさ、やっぱり顔の傷に目がいくんだよ。よく見るのも失礼だし
さ――でも、近くで居るとドキドキしない? と言って。
「なんか雰囲気がさ――大人なんだよな。明るいんだけど、どこかに翳りがあって。
でもそれを表に出さない感じで。淡々としてて、静かで」
おいおい、と涼子は思う。間下、それちょっとヤバくないの。
ゆかりが聞いたら怒るわよ。
 「俺、別にゆかりと恋人同士ってわけじゃないぞ。今、ほかに居ないから、付き
合ってるだけで」と間下は不服そうでもある。
「あぁ?」と和枝は。「あんた、それ、本人の前で言えんの?」
「あぁ。最初に言ったし、聞かれるたびに言ってるぜ?」
「あ、それだ。ゆかりの原因」と涼子が。
「ここにゆかりが来なくてよかったよ――葉子と話してるとこなんか見られたら
絶対、キレるって、あれは」
「なんせベタ惚れだもんね――」と和枝が茶化すと。
「勘弁してくれよ〜。だけどあいつ、本当に好きなのか、わからないぜ」と。
俺にくっついてるブランドが好きなのか、俺が学年一の天才といわれるから好き
なのか。俺だってそうそう付き合いきれないさ、と。
 だが間下が考えているのは菅沼ゆかりのことではなく、佐々葉子のことだった。
 静かな迫力――空気に溶け込んでしまうようでいて、その存在感と、柔らかさ。
時々見せる鋭い思考。年上の、美しい女性ひと――憧れない方が、ヘンだよな。

 
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