放課後

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= Epilogue =

 セキュリティモニタに見慣れた背の高い姿が映る。
佐々はつと立ち上がった。
 「あ、葉子、ご帰還?」
「そう――」となんだかちょっと落ち着かない。
さして広くないリビングにわいわいと居るのは同級生たち。
初めて訪れる官舎に皆少し興奮気味だ――官舎だからって普通の家と変わらない
だろう? 狭いし――と佐々が言っても。それでも見たいものなのよ、知らない
世界のことだからね、と涼子にまとめられてしまって。
 同級生たちが寄ってたかって息子を構うので、大輔はとてもご機嫌だ。
 きゃっきゃと愛想を振りまいて、今からこれじゃ将来(さき)が心配だよ、と母は
思う。思いっきりプレイボーイにならなきゃいいけど? まぁもっとも。今日は
男子もいるけどね。

 立ってリビングを出、玄関に佐々が行ったのを見計らうように和枝が言った。
今日はいつもの4人のほか、山之下明や都島悟といった間下の別のゼミの仲間も
一緒だ。6人――佐々を入れて7人も入るとさすがにちょっと狭い。
「赤ん坊がいる家って独特よね」とうっとり和枝が言う。
女性陣はやはり結婚や子どもへの憧れがあるのだろう、なんだかぽわんとしてい
る。ゆかりは間下をちらちら眺めているし。
「俺、なんだか落ち着かねぇ」
と言うのは朴訥な都島。ははは、と皆が笑うが
「葉子遅いわねぇ、どうしたのかしら」
と和枝が立ち上がって玄関へ行こうとするのを
「やめなさいよ――」と涼子が止めた。
なんでよ、とドアを開けた途端――。
 固まって、後ろ手にドアを閉めると赤い顔をして戻ってきた。
 月基地へ――短いとはいえ三日ぶりのご帰還。玄関を入った途端、いつものよ
うに腕の中にすっぽりと包み込んで抱きしめて――そのまま、いつものように
キスしてしまった四郎である。
葉子は葉子で、お帰りなさい、となんだかとても嬉しくて。
無事だった−−命を永らえ愛人の処へ戻れたことを、たとえ短い期間でも、地球
の外から還ってきたその時には。
腕の中にくるみ込み、お互いの体温と存在を確認するまで、何度かの口づけを
繰り返す。それを確かめるいつもの二人の−−。
 和枝はその熱烈な抱擁シーンをまん前で見てしまったわけで。
 恐る恐る、ドアから覗き込んだ面々も、まだ熱烈な再会シーンを目の辺りにし
て一気に毒気を抜かれてしまった。

「あちゃー」
「やるねぇ」
「すっげ」
「俺、もうだめ」
え、どうしたの? とドアを開けて戻ってきた葉子に一斉に注ぐ視線。
――気づいて。あ、見たわね、と。顔が朱くなる。
「どうした?」と後ろから顔を出した背の高い姿に、一斉に緊張して。
佐々を知らなくとも、ヤマト元戦闘機隊長・加藤四郎の名は有名である。ものの
本にも載っているし教科書にすら顔写真入りで載っている。まだそれから数年。
まるで同年代の彼らにしてみても、その歴史的英雄を目の当たりにし、改めて
様々な思いにとらわれる同級生たちなのだ。
 「いらっしゃい――いつも彼女がお世話になりまして」
玄関を入った途端の物凄い靴の数に驚いた四郎だったが、同級生といえば訓練
学校のむくつけき連中しか知らなかった彼にとってみれば、学士たちの会合と
いうのは逆に興味深々のものだ。――だからといって、どちらもさして変わる
わけではない、というのは両方を知っている佐々の感想。
 「加藤、四郎です」とペコリとお辞儀をして
「あ、お邪魔してます」
「こっちどうぞ」
「大輔く〜ん、パパのお帰りよ」とこれは大輔をあやしていた和枝。
 だぁだぁと子どももわかるのか大喜びではしゃいで、それを四郎は受け取り
抱きかかえた。
「大輔〜、いい子にしてたか? ――そのうちお前も月に行こうな」
と破顔して語りかける姿はすっかり良いパパ。
 アイスティの追加を持ってキッチンから出てきた葉子は、その大輔を受け
取ってベビーベッドに再び寝かせると
「四郎――」と少し真面目な目をして、間下を見た。
「揚羽の――従兄弟の。間下仁志くんだ」
 四郎の顔が翳る。
すっと立ち上がり、近づいた間下を、なんとも言えない目で見て、そして。
頭を下げた。何も言わず。
間下も、潤んだ目でそれを見て――手を差し出した。
「武を――最期まで、ありがとうございました」
「いや――何もできなかった」顔を上げて、目を見返して。
 キレイな目の男だなと間下は加藤四郎をそう思った。
「彼は、揚羽の直属の上官だった」
まぁ座ってといいつつ自分も腰をかけながら佐々が解説した。
「四郎が戦闘機隊長で、揚羽は副官だった――だから私の上司にも当たる」
「なぁにが上司だ、教育して殴って鍛えてたのは、だれだっけ?」
とつつくので
「あ〜、バラしたら、やだ」と佐々は言って。
「せっかく、大人っぽくて優しいお姉さんしてるのに」と拗ねてみせる。
「もうバレてるって」と四郎が言うのを受けて、皆どっと笑った。
 子どもを見たいとか、官舎に一度入ってみたいとか。いろんな理由がある
が。様々な機密に阻まれて手続きも必要だったけれど、同級生が訪ねてくる
というのは二人にとってもとても新鮮だった。
 皆、子どもを温かい目で眺め、雑談から討論になり……楽しい宵は更けて
いく。


   夜。
 大輔はぐっすり眠ってしまい(今日は興奮したのか、本当にぐったり寝てしまっ
た)二人だけになって、四郎が。
「大学行って、これだけでも、良かったかもな――」
「うん……あたし、幸せだな」
とにっこり微笑む相手に、四郎は優しくキスをした。
「僕も幸せにしてくれる?」と言って。
いいわよ、といってゆっくり深く口づけて。
――月も遠いなと思った四郎だった。

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【End】
綾乃
――11 Apr,2006
 
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