放課後

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(2)
 
 ゼミが始まった。
 涼子、和枝とは、よくランチなどするようになったが、基本的に1人でいること
が多いのは相変わらずの佐々だ。
間下も含め、名前だけ挙がった菅沼ゆかりも同じこの“空間次元理論”ゼミ生で
ある。
「――しっかし、こんな難しい理論取って論文書けるのかねぇ、あたしたち」
と涼子。
「う〜ん、まだ発展中の理論だからなぁ」と葉子。
「だから面白いんじゃないか」と間下。
「だけど俺を頼りにしないでくれよ」と少々オツムには自信のある彼は言う。
「まぁしょってるわね」と和枝がまぜっかえすのも、先般、習った定理が、どうし
ても現在計測中の数値と合わないため、唸ってる最中だからだ。
 葉子がこの講座を取り、論文をこれにしようと思ったのは理由がある。
――この理論の検証データのもとになった数字は、ヤマトとアクエリアス艦が
収集したものだからだ。もともとの理論の発想そのものが異次元銀河と二重
銀河の衝突にある。
実際にその現場を見てきた者にとって、これが数値として検証されていくこと
への興味は、ほとんど贅沢ともいえる喜びだ。
極秘の部分もあるから、他所ではまったく見ることのできないデータを此処では
見ることもできる。
こっそりと同級生たちには悪いと思いながらも、自分だけの楽しみなのである。
もちろん、応用できてこその定理なので、これが地球から観測できる他のデー
タに当てはまるかどうか――その辺りはまだ実証されきった理論ではないだけ
に、新たな発見や発明が生まれる可能性もあった。
担当教官は――有坂優子助教授。つまり、ヤマトの惑星探査に同行した全天球
レーダー室長・有坂修室長の妻である。もちろん彼女は佐々のことを知っていたが
面識はなく、此処で初めて逢った。必要以外は伏せてくれと軍からも厳しく言われ
ている様子で、葉子は1学生としての立場を維持している。

「でも、葉子って不思議だよね、どういう頭してんのか」
目の前のデータをひたすら共有で使っている検証用のコンピュータに打ち込みな
がら涼子が言う。
「うん?」とそれをチェックしていた葉子が顔を上げて。
「そんなに天才、ってほどだとは思われないのにさ、妙なことよく知ってるじゃ
ない」と涼子。
――仕方ないよ。現場で見たことは知ってるだけなんだもの。
「その分、基礎がずたぼろ」と葉子は返して。
大学まで知識を積み上げてきた学士たちと異なり、葉子の知識は必要と思われる
部分を積み木のように積み上げただけの実践的なもの。
訓練学校で別科も選択していたためある程度の科学基礎知識は持っていたが、
それもかなり限定されすぐに応用が利くものばかりだ。
「確かに、大学院生なら皆知ってるはずのこと知らなかったりね」と和枝。
「余計な、お世話よ」ぷんとちょっと拗ねるに。
「だからぁ。私たちとお友だちになっててよかったでしょ」
と涼子がまぜっかえす。
確かに、彼女たちに手助けしてもらえることは少なくなかった。
学業は、面白い。戦闘機で宇宙そらへ上がるのとはまた別の喜びだ……卒業したら
真田さんとこに配属してもらおうかな。半ば本気で考えてみる佐々である。

 菅沼ゆかりは美人で真面目な娘だった。
 ただ最近様子がちょっとおかしいのよね、というのは。
間下仁志と付き合い始めてからだという。ベタ惚れ、というのか、追っかけまわし
てゲットしたというのか。
(地球も平和になったな――)というのが佐々の想い。
 だが。
 平和だろうと、戦争中だろうと恋は生まれる――それは身をもって知っていた。


 「ねーねー」
入力作業とこの日の検証がけっこう早く終わったので、放課後。
その日は少し時間があったので研究室の近くにあるカフェでお茶する女性3人。
――案の定、間下と菅沼の姿はない。
「葉子って彼氏いるんでしょ」と和枝が訊く。
 何度もの大戦を潜り抜けた地球。恋人が居ても、その命が失われなかった者
もまた少ない。
子どもが減ってしまったこと、それと明日の命への不安から結婚年齢は下がる
傾向にあったが、この大学の中はまるでそんな雰囲気がない。
夫婦で通っている者や、子連れで来る者(託児施設があった)、葉子のような
学士入学者――戦争で勉強が中断されたものや特別徴収を受けたもの――森
ユキのようにが戻ってきて研究生活に入ることもある。だが。
だいたいが大学を卒業した21歳〜23歳(必要な単位が揃っていれば良いので、
早い者は2年ほどの大学生活で大学院へ入ってくる)で入学する者が8割を
占めた。
 最高学府に集う学究の徒たち――現場の研究者や企業・軍などで働く技術者
や科学者たちと共に研究を続ける世界。だが加えて若い者たちの華やかな雰囲
気があった。
「え…えぇまぁ」
と突然の問いに焦って。――今ごろ赤くならなくてもいいじゃない、葉子。
「あら、赤くなった」
「何やってる人?」
…答えられるかっ。空っとぼけて。
「貴女たちこそ、どうなの」
葉子が切り返すと、二人は顔を見合わせた。
「いるわよ――でも、結婚しろって煩いから放ってあるわ」と和枝。
「フラれても知らないわよ」と涼子が。
「いいのよ…」と笑って。
「まぁあのベタ惚れ彼氏なら、大丈夫か」と涼子。
「そのうち紹介するわ」と和枝は。
 「涼子は?」
少し目を落として――「う〜ん、なかなか次を作る気になれなくてさ」
その笑顔にちょっとかげりが合ったのを佐々は見逃さなかった。
「ガトランティス戦で死んだわ――いい男だったんだけどなぁ」
と思い出すように。でもそれはけっして傷ついた顔ではない。
「あ…ごめん」と葉子が言うのに
「言い出したのは私たちだもんさ。それに、大丈夫よ、立ち直ってるから」と涼子。
「あれ以上のいい男ってなかなかいないのよね」と。
 「私の好きだった人も、同じ戦いで死んだわよ」と葉子は言って。
え、と真剣な顔になる二人。
「…ま、でも今のが居てくれたから、大丈夫」と笑ってみせる。
「今度紹介してよ」
「何してる人?」
「……帰ってきたらね」と言うと。
「あ〜わかった!」「なによ、和枝」
「わかったわよ。葉子の彼氏って宇宙戦士でしょう? その亡くなった人も」
 少し微笑んで、佐々はこっくりと頷いて。――このくらいはいいよね。
 今ごろ艦隊は銀河の中央、地球からは約120度角の位置にある新ガルマン
=ガミラス帝国に近づいているはずだ。
艦は荒れ果てた中心部を航行している頃だろうか。
澪を亡くした空間で、あの人は辛くないだろうか。
宙港で彼らの出発を見送ってから1か月半――宇宙は広くて、遠い。
 少し物思いに耽る顔になった。
「いいわねぇ」と和枝。「幸せそう」と言って。
「宇宙戦士って職業としては素敵だけど、なかなか地球に居ないのが困るわ
よね」
「カッコいい人も多いし――エリートとしては将来性抜群だけれど」
「死ななければね」と思わず口を挟んで、ギクリとさせてしまう。
あ、いけない。ここはヤマトじゃないんだ。
 佐々は顔を上げて涼子に尋ねた。
「貴女の彼氏も宇宙戦士だったの?」と。
「えぇ――まだ新兵だったけど。艦隊の砲術士だったの。艦隊ごと――」
「全滅だったものね」
あの決戦を思い出す。
ヤマトがたどり着かない土星空域で――多くの命が散っていった。
悔いの残る戦い――加藤、山本――テレサ、島。
だがほかにどうしようもなかったのだ。
「今の彼氏はよく生きてたわね」というので。
「だってまだ学生だったもの」
え〜っと言って。
「年下!」「カッコいい!」
 あぁそうかと。四郎をあまりそういう風に思ったことは最近はない。
立場が人を作るのか、人の上に立つことが多くまた最初からそのように育成された
四郎たちは、年齢を超越しているところがある。それは古代たちはもっとそうなの
だろうと思うけれど。
「うん……涼子と同じ歳よ。今年23」
「へぇ〜」「なかなかやるじゃん、その男性ひと
「うん…」
また情熱的に口説かれたな、とか言われてぽっと赤くなる。
うん確かにそうかも、など思いながら。北の国まで追ってきた行動力は並みじゃな
い――しかもヤマトの任務を抱えたままで。復興中の地球を背負いながら。
 逢いたくなってしまった。
「あ、あら…ごめん」と和枝が言う。
え、と佐々は驚いたことに。
うっすらと涙ぐんでいたのを自分で気づかなかった。
「思い出しちゃったのね。逢いたいんでしょ」
うん、と素直に頷いて。――なんだか情緒不安定だな。
 それが妊娠しているせいだ、というのに気づいていないのだから相変わらずの
佐々なのだけれども。
 
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