放課後

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(4)

「目が覚めた?」
と柔らかい声がしてゆっくりと記憶が戻ってくる。ここは?
「医務室よ」と和枝の声。
「倒れちゃったの――貧血だって」と和枝。
「びっくりしたわよ」と涼子の声も追いかけて。
「ごめんね――本当に、ありがとう」これはゆかりか。
 目を開けると、ずらりと級友たちの心配そうな顔が写った。
起き上がろうとすると
「だめよ、まだ寝てなきゃ」と涼子が言う。
彼らの後ろに一人だけ残っていたのか、先ほどの少尉の姿があった。
半身を起こす。
「――どうなったんだ?」
はい、とまだ若い彼は恐縮して。
「あのまま倒れられてしまいましたので、どこか怪我でもされたのかと…慌てま
した」と。
「妊娠してるんだって?」
「ぜんぜん言ってくれないんだもの」
「それで、あんな立ち回りしちゃだめよ」
 「貴女たち――怖くないの?」
と目の前の級友たちを見返して、葉子は。
咄嗟とはいえ、銃で生身の人間を3人、撃った。死ななかったとは思うが、それ
を最大限考慮したとはいえない――体が動き、神経がそうなる――戦闘士官と
いうのはどうしようもない、それが本能なのだと思う。
 戦争は人を変える――仕事だから、仕方ないともいえよう。
だが、こんな平和時に。平和な構内で。私は人を殺そうとしたのだ、平然と。
たとえ彼らを助けるためとはいえ。

「怖いって――犯人を撃ったこと?」と、涼子は言った。
「仕方ない、とはいえないわ」と。
「理解できるふりもしないけれど…それが貴女の仕事なのでしょう?」
この一連の様子を見れば誰にでもそれと知れて。ましてや、突入してきた防衛軍
の隊士に敬礼を受ける身であれば。
「だから貴女は、あの場でできることをした――自分の身も省みないでね。だか
ら、貴女は貴女よ」
「そうよ。葉子」
「……本当に、ありがとう」とこれはゆかり。

 少尉、と葉子は顔を上げた。
「犯人たちは、無事か?」
「はい。二人は腕を飛ばされて、もう一人は頭に怪我を。腕の折れたのが一人い
ましたが、これはこちらが拘束した際に暴れたので……さすがに感服しました」
というのは佐々の咄嗟の判断と戦闘能力を言っているのだろう。
ガミラスと戦い、デスラーやガトランティスと白兵戦を駆け、そしてディンギル
では敵惑星上で本拠地を攻めた。惑星探査の時も、どれだけ勝手のわからぬ他星
の上で、酸素も大気も薄い中、駆け回っただろう。絶体絶命のピンチも、何度も
あり−−そして、還らなかった者も、いる−−。
勝手のわかった学園内で。だからこそ勝手に体が動く。学生たちを一人でも、傷
つけてはいけない−−その時葉子は、ただそこを突破することしか考えなかった。
自分の体のことすらも。
 「もう、大丈夫だ。ありがとう――報告は、、、穏便にしてくれよ」と最後は
ちょっとお願いモードで。
はぁ、とその若い隊士は。
「佐々中尉にお会いでき、お助けできたなんて光栄です――でも、報告しないわけ
には」と首をかしげる。そうだろうなと苦笑して、じゃぁせめてユキには言わない
でくれよというと。
はい、そうですね。参謀室にはご報告しませんから、と笑った。

 退出していく少尉を見送りながら、女どもは姦しい。
「ね、かわいいわね」
「そうね――いくつくらいなの、あの人」
「う〜ん……あれでもけっこうエリートだからな、20か21だろうな」と返す。
 「ふーん、防衛軍ってあんな感じの人たくさんいるの?」
うんまぁね、と葉子は言って。あぁだめだぞ、だけど彼は結婚してるぞと言うと。
「え〜っ! そんなに若いのに」と言う。
結婚年齢は下がっていると言うが危険な任務に就く者ほどそれは両極端に分かれ
る傾向にある。
しない者は30になっても独身だし、早い者は20代前半で結婚していくから。
 「子ども、5か月なんだってね」
「うん、そう。もうじき目立ってくると思うから、言わなくてもね」
なんだかちょっとテレくさい。
「それで、体育とか教練系は全部パスなのか――体弱くて大学行けなかったのかと
思ってたのよね、私」と涼子が言う。
それどころか銃も体技も何でも来いだったというわけだ。
「でも、凄い立ち回りだったわ――迫力」
と少しミーハー入ってますの和枝。
「あんな時によく冷静でいられるわね」
ゆかりは心底恐ろしかったのだろう。
「う〜ん…でもそれは訓練だから」誰でもそうなるのよ、きっと、と佐々は言う。

 「まぁ今日はゆっくり休みなよ」
「お医者様ももう一日くらい休んだ方がいいって」
「え…でも一日やすむと追いつくのたいへんだし」
「いいわよ、ノート見せてあげるから」
「頼りにしてます」
 若い女性たちの華やかな笑い声が、病室から流れていった。


 
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